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同棲編
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しっとりと重なり合ったその場所から僕と透くんの舌が絡み合う音がする。それが耳を震わせ、口腔から体内に響いてぞくんと背中を快感が走り、でも──鼻の奥に届くツンとしたアルファの匂いがより強くなると、突然かつての声と映像が入り混じった。
『見ろよ、こんなに濡らしてやがる』
『あっちもこっちも舐められて気持ちよくなりゃ、突っ込まれてるのがスプーンでもすりこぎでもヨガるのがオメガだ。さぁ何本入るかな』
口には顔も見えない男のペニスが突っ込まれ、乳首はまた別の男にねぶられ、下半身は違う二人組……両足を開かされて煌々とした明かりを当てられ、入れられた冷たい金属の感触と笑い声がして──
思わず透くんを押し返す。目の前から透くんが消え、体の記憶が混濁する。思い出しているのとは違う。いる場所が分からなくなるほど五感を伴ってリアルに蘇ってくる。
「いや……いやだ……もう、いやだ……」
あの頃……決して言ってはいけなかった、その言葉。体がガタガタ震え、拳をぎゅっと握りしめる。
「やめて……!僕に触るな……!!」
拒絶すれば自分の身に起きた耐えようもなく屈辱的な出来事がはっきり現実として認識される。よくも、こんなことを……!!凄まじい怒りが湧いて、どうしていいか分からず膝をついて床に拳をぶつける。何度も何度も床を殴り、それだけでは抑えきれずに激しく額をぶつけ、喉が痛くなるほど繰り返し絶叫して気を失った。
またもや、自分ではまるでコントロール不能だった。ずっとため込まれていたグツグツとしたものが出口を見つけて吹き出したかのようだった。その時に透くんがどんな顔をして何をしていたのか……僕は全く覚えていない。
目が覚めた時、僕は透くんの腕の中にいた。一瞬、何もかもがうまくいって、こうして透くんのベッドの中で微睡んでいるのではないかと勘違いする。あれは悪い夢だったんじゃないかって。
けど、手もおでこもずきずきするし、何より僕の体には誰かを受け入れた感覚がまるでなかったから、あれが現実だって分かった。
抱き込まれた透くんの胸元の匂いを吸い込むと、やっぱりだめだったという慣れた失望が体に沁みて重く沈む。僕は本当に、透くんとは出来ないのかもしれない。この先も、ずっと。
「目、覚めた?」
不意に頭の上に話しかけられて、どきっとした。透くんの声はしっかりと起きていて、横になっているだけで眠ってなかったんだと分かるものだった。僕はすぐにうん、と答えようとしたけど、喉がヒリヒリ痛くて声が出なかったから頷くことで返事をした。
「吐きそう、とかない?かなり強く頭をぶつけたから、それが気になるけど」
今度は頭を振る。もう話して欲しくなかった。透くんからは僕を否定する感情が一切感じられない分、申し訳なさは倍々で増していく。
ところが、僕の罪悪感とはうらはらに、透くんは淡々とした表情で僕を見つめた。
「精神科方面で働く知り合いに聞いてみたんだけど……あんたがトラウマから解放されるには、起きたことがもう過去になったんだと安全な場所で思い出す必要があるんだって」
その口調は、まるで僕が迷い込んだ闇に出口があることを確信しているみたい。
「トラウマの原因になった出来事ってのは、ショックで機能異常を起こした脳によって、時系列でまとめて過去として記憶されずに触覚や嗅覚、聴覚なんかがバラバラに仕舞われてるらしい。そしてそれらは過去になっていないから、どれかひとつがトリガーとなって思い出されるときは今この瞬間に起きていることとして再体験される」
まさにそうだ。僕に起きていることは。聞いてるうちに身の毛もよだつ感触を残す記憶を追いそうになって身震いすると、透くんは僕を胸に抱き入れたままそっと背中を撫でてくれた。
「回復してくれば、その断片が少しずつまとまってくる。あんたが話せそうなら、俺に話してくれたらいい。それが出来たら、今も生々しくあんたを苦しめてる出来事が、やっと過去になるんだと……俺はそう解釈してる」
何度も背中を行き来する温かい手のひら。透くんが僕のことをちっとも面倒くさがっていないことへの純粋な驚きが、じんわり僕を溶かす。
「もちろん、俺に話すのが無理なら信頼できるカウンセラーやセラピストを探すのもいい。ともかく、あんたがひとりで抱え込むことはないんだってこと」
「透くん……」
やっと出せた声は掠れ過ぎてて、透くんが聞き取れるかどうか分からなかった。でも言わずにはいられない。透くんの愛が、切なくて。
「僕、もうだめかなって思ってた……ここにいちゃいけないかもって……透くんを、こんなのに巻き込んだらだめだって……」
「なんでそうなるんだよ。勝手に見限るな」
「だって申し訳なさすぎる……僕は透くんに何も出来ない……」
「俺は自分で何でも出来るからあんたに何かしてもらう必要はないし、あんたはいてくれるだけでいい。けど、俺だって何もしてもらって無いわけじゃない。でもあんたが俺にくれてるものは、あんたには分かんないだろうな」
ほんの少し笑いを含んだ声があったかい。こんなこと、許されていいんだろうか……?本当にそばにいていい……?実感は全くないけど。透くんが言う通り、僕が透くんに何かをあげられているなんて本当に思えないけど……
枯れてた涙がまた溢れて、僕は彼の胸に顔を押し付けた。自由になる方の手を彼の背中に回して、しっかりとしがみ付いた。何度も水を飲んで溺れかけながら掴んだ手を、もう離さないようにと──
『見ろよ、こんなに濡らしてやがる』
『あっちもこっちも舐められて気持ちよくなりゃ、突っ込まれてるのがスプーンでもすりこぎでもヨガるのがオメガだ。さぁ何本入るかな』
口には顔も見えない男のペニスが突っ込まれ、乳首はまた別の男にねぶられ、下半身は違う二人組……両足を開かされて煌々とした明かりを当てられ、入れられた冷たい金属の感触と笑い声がして──
思わず透くんを押し返す。目の前から透くんが消え、体の記憶が混濁する。思い出しているのとは違う。いる場所が分からなくなるほど五感を伴ってリアルに蘇ってくる。
「いや……いやだ……もう、いやだ……」
あの頃……決して言ってはいけなかった、その言葉。体がガタガタ震え、拳をぎゅっと握りしめる。
「やめて……!僕に触るな……!!」
拒絶すれば自分の身に起きた耐えようもなく屈辱的な出来事がはっきり現実として認識される。よくも、こんなことを……!!凄まじい怒りが湧いて、どうしていいか分からず膝をついて床に拳をぶつける。何度も何度も床を殴り、それだけでは抑えきれずに激しく額をぶつけ、喉が痛くなるほど繰り返し絶叫して気を失った。
またもや、自分ではまるでコントロール不能だった。ずっとため込まれていたグツグツとしたものが出口を見つけて吹き出したかのようだった。その時に透くんがどんな顔をして何をしていたのか……僕は全く覚えていない。
目が覚めた時、僕は透くんの腕の中にいた。一瞬、何もかもがうまくいって、こうして透くんのベッドの中で微睡んでいるのではないかと勘違いする。あれは悪い夢だったんじゃないかって。
けど、手もおでこもずきずきするし、何より僕の体には誰かを受け入れた感覚がまるでなかったから、あれが現実だって分かった。
抱き込まれた透くんの胸元の匂いを吸い込むと、やっぱりだめだったという慣れた失望が体に沁みて重く沈む。僕は本当に、透くんとは出来ないのかもしれない。この先も、ずっと。
「目、覚めた?」
不意に頭の上に話しかけられて、どきっとした。透くんの声はしっかりと起きていて、横になっているだけで眠ってなかったんだと分かるものだった。僕はすぐにうん、と答えようとしたけど、喉がヒリヒリ痛くて声が出なかったから頷くことで返事をした。
「吐きそう、とかない?かなり強く頭をぶつけたから、それが気になるけど」
今度は頭を振る。もう話して欲しくなかった。透くんからは僕を否定する感情が一切感じられない分、申し訳なさは倍々で増していく。
ところが、僕の罪悪感とはうらはらに、透くんは淡々とした表情で僕を見つめた。
「精神科方面で働く知り合いに聞いてみたんだけど……あんたがトラウマから解放されるには、起きたことがもう過去になったんだと安全な場所で思い出す必要があるんだって」
その口調は、まるで僕が迷い込んだ闇に出口があることを確信しているみたい。
「トラウマの原因になった出来事ってのは、ショックで機能異常を起こした脳によって、時系列でまとめて過去として記憶されずに触覚や嗅覚、聴覚なんかがバラバラに仕舞われてるらしい。そしてそれらは過去になっていないから、どれかひとつがトリガーとなって思い出されるときは今この瞬間に起きていることとして再体験される」
まさにそうだ。僕に起きていることは。聞いてるうちに身の毛もよだつ感触を残す記憶を追いそうになって身震いすると、透くんは僕を胸に抱き入れたままそっと背中を撫でてくれた。
「回復してくれば、その断片が少しずつまとまってくる。あんたが話せそうなら、俺に話してくれたらいい。それが出来たら、今も生々しくあんたを苦しめてる出来事が、やっと過去になるんだと……俺はそう解釈してる」
何度も背中を行き来する温かい手のひら。透くんが僕のことをちっとも面倒くさがっていないことへの純粋な驚きが、じんわり僕を溶かす。
「もちろん、俺に話すのが無理なら信頼できるカウンセラーやセラピストを探すのもいい。ともかく、あんたがひとりで抱え込むことはないんだってこと」
「透くん……」
やっと出せた声は掠れ過ぎてて、透くんが聞き取れるかどうか分からなかった。でも言わずにはいられない。透くんの愛が、切なくて。
「僕、もうだめかなって思ってた……ここにいちゃいけないかもって……透くんを、こんなのに巻き込んだらだめだって……」
「なんでそうなるんだよ。勝手に見限るな」
「だって申し訳なさすぎる……僕は透くんに何も出来ない……」
「俺は自分で何でも出来るからあんたに何かしてもらう必要はないし、あんたはいてくれるだけでいい。けど、俺だって何もしてもらって無いわけじゃない。でもあんたが俺にくれてるものは、あんたには分かんないだろうな」
ほんの少し笑いを含んだ声があったかい。こんなこと、許されていいんだろうか……?本当にそばにいていい……?実感は全くないけど。透くんが言う通り、僕が透くんに何かをあげられているなんて本当に思えないけど……
枯れてた涙がまた溢れて、僕は彼の胸に顔を押し付けた。自由になる方の手を彼の背中に回して、しっかりとしがみ付いた。何度も水を飲んで溺れかけながら掴んだ手を、もう離さないようにと──
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