笑顔の向こう側

ゆん

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同棲編

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「じゃあ、僕、こっちにする」

 しょんぼりした気持ちで今いる部屋を選んだあと「寝る時はこっちにくるから、眠くなるまで一緒にいていい?」と、思い切って訊いたら、透くんが「別々に寝んの?」って返してきて──

「えっだって、どっちがいいって……」
「こっちの方が海の見え方は綺麗だけど四畳半。向こうの部屋は六畳だけど庭木の枝が視界に入る。四畳半に2枚は狭いかなと思って訊いたんだけど。別々に寝るならその方が広くていいな」
「えっ一緒がいい!」

 勘違いしちゃった!と思ったけど、透くんがなんかニヤニヤしてたから……

「もー!わざとでしょ!」
「何が?俺はどっちがいいって訊いただけ」

 絶対わざとだ!もう……透くんはすぐこういう意地悪をする。僕より見た目大人っぽいのに、子供っぽい。でも……好き。なんて!改めて考えたら恥ずかしいー!

 頭の中でじたばたしながらビニールケースから敷き布団を出してる透くんを手伝って、四畳半に2枚を並べた。ふかふかの良いお布団は並んでるとなんか生々しいけど、海の見える明るい窓が、かすかな夜の雰囲気をかき消していた。

「これ、もう冷房つけとくか。布が熱吸ってて暑い」

 透くんは隣の六畳間との間にある襖を閉めてエアコンのスイッチを入れると、パッケージに入ったままの新品の敷きパッドを持って階段を下り始めた。

 僕は置いていかれる!と思って慌てて部屋のドアを閉めて階段を下りようとして、急で奥行きの少ない階段を踏み外してダダダンとお尻で3段ほど落ちた。

 透くんがびっくりしたみたいに振り向いて数段戻ってくる。

「あんたはまた、お決まりのように……大丈夫?」
「イタタ……大丈夫」

 手を掴んで立ち上がり、今度は慎重に下りる。いやこの階段こんなに急なのに手すりもないなんてさ。すごいね、昭和の人。透くんはそのまま洗面所の方へ入っていって、これまた真新しい洗濯機に新品の敷きパッドふたつを入れて蓋をした。

「洗うの?」
「なんか新品だと肌触りが嫌だろ。今から洗えば夕方までには絶対乾くし」

 じゃあ海は……? 洗濯が終わるまでお預け……? 僕はそんな顔をしてたみたい。透くんは鼻でふ、と笑って「洗濯が終わる頃に一回こっちに戻るから。海、行こう」と僕の背中を押しながらリビングに戻った。

やった! やっと海!!あと1時間くらいでお昼になるけど、そんなの待ってらんないよね!

 僕はうきうきしながら新品の水着を履いて、ラッシュガードを着ようと頭を通した。ものの……汗でくっついて布地がくるくるーってなっちゃって、胸の上に布地が固まってどうにもこうにも身動きが取れなくなった。ラッシュガードって初めて着たんだけど、なんか着方が間違ってる?どうやったらうまく着れたの?

「透くん……これ、どーなってる……?なんかもう、どうしたらいいか……」

 僕に裸を見せないように奥の和室で着替えてた透くんがひょいと覗いて吹き出した。面白い、とか言って写真撮ってさ。見せてもらったら確かに面白すぎる格好。その後、布のくるくるを直してもらって、ありがとうと振り向いたら透くんのラッシュガードは前にジッパーがあった。

「それいいなぁ。僕もそういうのにしたら良かった」
「あんたは特にそうだね」

 まだ笑いの余韻を口元に残して、透くんが向こうの部屋に戻ってく。一番安いのと思って買ったのが間違い。やってみないと分かんない事って、ほんと多いよね。

 その後、日焼け止めを塗って帽子を被って、電動空気入れで浮き輪を膨らませ、すぐに飛び出して行きそうになったのを透くんに止められて、飲み物とちょっとしたパンとかお菓子を入れたクーラーボックスやら折り畳み式のテントやらを手分けして持って、海側に早く出やすい台所の勝手口から外へ出た。

 もう吸うのも暑い空気があっという間に僕を包む。伸び放題に伸びてる小道の草に時々足をくすぐられながら、でも目はひたすら海を見る。

 海だ!海だ!海だ!深い入り江になっているせいで、左手は高い崖がそびえ立ち、影が落ちる辺りは怖いくらいの深い青。右手は左の崖よりは小さい岩場で、砂浜からは見えない向こう側にさっき家から見えた港があるはずだった。

 緩やかなU字を描く浜にいるのは、僕と透くんのふたりだけ。まっすぐ前にだけ開けた海がむしろどこまでも続く奥行きを感じさせて、僕たちを特別な時間へと誘ってた。





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