それはもう愛だろ

ゆん

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友郎

俺の子犬に手を出すな 1

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 予期せぬ出来事っつーのは当然の事ながら欠片もその予兆を感じ取ることが出来ねぇもんで、俺はこの日もごくフツーに締切明けの開放感を味わいにバナナボートに飲みに来てた。

「岡ちゃーーん!ビール!!まずビール!!」
「はーいよ。なんだ、上がったんか?」
「そーそー。夏希誘ったけどフラれたー」
「お前、友達多いくせに他に誘うやついねーのかよ」

 いねぇんだよ。フィーリングっつーのがあるだろ。そこらへんが夏希は特別で、あいつにはいつだって会いたい。向こうが誘いに乗ってくれる事なんて10回に1回あったらいい方だけどさ。

 まぁだからって落ち込むこともない。出てくりゃそれなりに楽しいことはあるし、すげぇ会いたいやつはいても、会いたくねぇやつはいねえしさ。バナナボートは平日でも結構客が入るから、浅い時間からビールの杯を重ねて、後から来る常連仲間に声掛ければいくらでも浮かれた時間を過ごせた。

 ノリのいい音楽と、旨いビールとつまみと、バカ話で盛り上がれる仲間。最高だぜ。あーなんで禁煙なんだよ……ヤニ吸いてぇ……

 俺はカウンターの左寄り、いつもの席に陣取ったままタバコを出して火をつけずに未練がましく銜え、特に意味はなく入口の方を振り向いた。ドアベルの音がしたかどうかも頭ん中には残ってない。でもそこには眼鏡をかけた男が立ってたから、多分無意識に聞き取ったんだろう。

 そいつはそこに立ち尽くしたまま、おどおどした表情で店内を見回してた。160あるかないかのちっこい男。高校生?ってくらい童顔だけど、紺のスーツと黒いビジネスシューズ、ビジネスバッグっつーこれ以上ないリーマンスタイルだから、素直に受けとりゃ成人、会社員ってとこ。

「いらっしゃい!もし良かったらカウンターへどうぞ」

 岡ちゃんが声を掛けると、男はビクッと反応して、引きつった笑いを浮かべながらカウンターの一番右端へちょこんと座った。ははーん。いわゆるデビューってヤツだな?おもしれぇ。俺は興味を引かれてウイスキーのグラスを上から掴むようにすると、「うーっす」とそいつの隣に移動した。

 そいつはカチンと固まって俺を見上げた。くくく……怯えた犬みてぇ……丸顔でまんまるい目ぇしてさ。

「この辺初めて?つーかもしかして、こういう店自体初めて?」
「は、はい」
「そっかそっか。いーよ。いい選択だよ。この店の客は俺を含めてみーんなイイヤツだし」
「そうですか……」

 明らかにほっとして、そいつはちょっと笑った。かーわいい笑顔でさぁ!

「俺、松下友郎っての。お前は?」

 いつものノリでちょっと前のめりになったら、そいつは微妙にのけぞりながら、「伊集院です……」と口の端を引きつらせた。


「伊集院。下の名前は?」
「……」
「なあ。下の名前」
「……万理央まりおです」

 小声で告げられたその名前を聞いた途端、俺は爆笑した。いや、笑わずにはおられんだろ、これ!いろんな意味で!

「サイッコーだな!!マリオ!!お前チョビヒゲはやせよ!」
「はは……ははは……よく言われます……」

 ちっこいし、丸顔だしさ!もうツボに入っちまって、怯えて背中を丸めてるそいつをバンバン叩きながら笑った。

「コラ、友郎!!お前ガラ悪いんだよ!向こうの端っこで飲んどけ!!……ごめんね!コイツのことは気にせず気持ちよく飲んでってね!一杯目サービスしとくよ!」

 岡ちゃんがニコニコしながら万理央の前に注ぎたてのビールのグラスを置くと、万理央は恐縮したように手と顔を振って「いえっあのっ大丈夫ですっ!」と岡ちゃんと俺に向かって決意したみたいな目を向けた。

「僕……むしろ友郎さんみたいな人に色々ご教授願いたいと思っています!」

 両手拳を握って、頭の後ろにゴーッと音を立てて燃え盛る炎が見えそうな勢い。入ってきた時はびくびくしたくせに……何。ご教授って、もしかしてコッチの道についてって話~??

「なるほどなるほど。マリオくんは大人の男の世界を覗いてみたいと。そーゆーことでいいわけ?」
「はいっ!!」
「いやいやいや……マリオくん。コイツはやめときな。最初っからコイツはハードルたけーよ」
「岡ちゃ~ん!いつも思うけどさぁ、俺に対してちょっとヒドくな~い?」
「ひどくねぇよ。これが人の道ってもんだ」

 岡ちゃんと俺のやり取りを横で見てた万理央が、ぷ、と吹き出して、「岡ちゃんさん、ありがとうございます」と明るい顔を上げた。

「でも、ほんとに大丈夫です。僕……色々あって、変わりたくて。あまりお喋りとか得意じゃないので、友郎さんみたいに話しかけて貰えると助かりますし」

 少しこの場所に慣れてきたのか、多少肩の力を抜いた様子でそう言ってさ。なんかちょー興味引かれたよ。チェリーはメンドくさくて好きじゃねーけど、コイツは面白そう。そう思って俺は持ってたグラスをコイツのビールグラスにぶつけてニカッと笑った。

「オーケーオーケー!手取り足取り色々教えてやるよ!」
「友郎……お前ほんっと節操ねぇな……」
「何言ってんだよ。コイツのご希望だろ?なぁ万理央くん。んー万理央メンドイから、マリって呼ぶわ」
「はいっよろしくお願いします!!」

 俺の方へ少し体を向けて、ぺこりと頭を下げるマリ。そしたらすかさず岡ちゃんが憐れむ目つきでマリを見てさ。

「万理央くん……嫌だと思ったら刺して逃げろよ」
「コラ!死ぬわ!!」
「死ねよ!お前いっぺん死んで来い!」

 そんないつもの掛け合いを、マリは可笑しそうに見てた。笑うと左の頬にえくぼが出来るのが余計ガキっぽい。

「マリ。お前、何歳?」
「えっと、25歳ですけど、もうすぐ26になります」
「ははは 見えねぇ!スーツ着てなかったらこの店に入んのもぜってぇ無理だわ」
「それも悩みなんです……僕、大人っぽい男になりたくて」

 色々無理があるよなぁ。まずちっこいだろ。そのうえ丸顔の童顔。色もなまっちろくて、マジでスーツ着てなかったら高校生だわ。

 けど話聞いてたら、東大の院卒で今は俺でも知ってる大手化粧品メーカーの研究室で働く研究員ときた。すげぇなー!今まで俺のダチにはいなかったタイプ!

 恋愛系はからっきしで、ゲイだって気づいたのはつい最近。そんなことありえるか?って思ったけど、まぁそれがほんとでもウソでも俺には関係ねーし、何より犬っころみたいな雰囲気で一生懸命話すのが可愛くて、それが気に入った。

 だから今夜はマリと遊ぼ~って、早々に決めてたよ。俺にとっちゃあ1足す1が2になるのと同じくらい、当たり前の結果だった。




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