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視線
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権平さんの忠告に周囲を気にしながら過ごしていたけれど、特にこれといって何も起こらずに毎日が過ぎていった。
何も起こらないからといって何も変わらないかといえば、そうではない。
明らかに、人に見られるようになった。
始めは気のせいかと思ったけれど、違った。時々見ている人と目が合う時があったからだ。
目が合ったからと言って声を掛けられるわけじゃない。でもその視線の中に、値踏みの色を感じた。
私が海堂と付き合い始めたからだろうと思わざるを得なかった。
ただ見ているだけの人に「見ないでください」とは言えないし、じっと我慢するより方法がない。
地味にストレス……ただの視線が肌を刺すように感じられる時があるくらいだ。海堂はよく平気でいられる。
一人でいる時だけでなく光流といる時にもそれは感じて、私はしばしば上の空になった。
「真澄?どうかした?」
一緒にランチをしていた光流が、伺うような顔をしている。私は笑って「ちょっと考え事をしてた」とごまかした。
光流は正義感が強くていつも私のために何かしてくれようとするから、余計な心配をかけたくなかった。
夜、時々海堂と電話で話した。
海堂の声を聞くと、閉じ込められていた心がほっと解放される感じがした。
「そろそろ敬語やめない?」
海堂が笑って言う。
「やめろと言われてすぐは、なかなかやめられないですね」
「じゃあ10秒後からやめない?」
「そういう問題でもないですね」
ふざけた会話をするだけで、気持ちがほぐれてくる。
「土曜日、バイクでどっか行こう」
海堂にそう誘われると、バイクなら人に見られない、と一番に考えた。私は視線に疲れ切っていた。
ベージュのパンツに白いTシャツ。キャンプに行ったときと、同じ組み合わせだ。
ちょっとは変えた方がいいかなと思ったけど、前に光流におすすめされたこの組み合わせ以外、何を選べばいいか良く分からなかった。
海堂は同じ服を着ていても何も言わなかった。それどころか、いつでも可愛い可愛いと、可愛いを大安売りしている。
バイクは相変わらず最高で、海堂は目的地を決めず、ただ山道を走った。
思いつきで入って行った横道で樹齢数百年は経っていそうな大きな木を見つけた。ごつごつした樹皮に手を触れ、りっぱな枝葉を見上げると、心の中にわだかまっていた重い熱が、みんな吸い上げられて大気に還っていくようだった。
「気持ちいい……」
深呼吸をし、海堂とふたり、木の根元に並んで座った。
「真澄ちゃんは山に連れてくるに限るな。元気になる」
「田舎育ちなもので」
隣の海堂の目が深く澄んだ優しい色をしていて、どこか懐かしいような、くすぐったい気持ちになった。
寮に帰って来てから、ふと、海堂には私が元気がないように見えたのかな?と思った。
目端の利く男だから、何か気づいたのかもしれない。
お昼時のざわめく食堂の中、その会話に、最初は気付かなかった。声を掛けられたわけじゃなかったからだ。
「いつも同じ服だよね」
「制服かっての」
ピンク色の頭が視界の端で揺れて、思わず目を向けると、きついメイクに真っ黒なネイルの女の子の悪意のある視線が私に向けられている。
範田さんだ。範田さんが仲間3人と、嫌な笑みを浮かべながら食事をしていた。
「ダサすぎ。てか、イタすぎ。なんであの子なんだろ」
「たまにはゲテモノも食べたいんじゃない?」
「ありえる」
自分のことを言われていると分かった途端に、かぁっと体が熱くなった。
トレーを持ったまま、なるべく遠くのテーブルに離れて座った。恥ずかしさと怒りとが毒になって、全身を回っている。
自分では、制服でいいと思っていた。考えるのが面倒だからだ。
子供の頃からその傾向があって、スティーブ・ジョブズが日常生活の意思決定の簡略化のために同じ服を着ているということを知ってからは、太鼓判を押されたような気持ちで似たような服を選んだ。
どれを洗っても組み合わせに困らないし、本当に便利なのだ。
納得していても、それが少数派だということは理解していた。でもほとんどの人は私が何を着ていても何も言わないんだし、どう思われてもいいと思っていたのだ。
まだドキドキが収まらない。
トレーの上のざるうどんは、まるで他人のもののようだった。食べようという気持ちが、どこにも湧いてこない。
振り向いたら彼女らがこっちを見てそうで振り向けなくて、私はもう大丈夫だと思えるまで、ただじっとそこに座っていた。
嫌なことは重なるもので、寮に帰って入口の傍の談話スペースを通った時、そこにまた範田さんの姿を見つけた。これまで一度も会ったことがなかったのに。
範田さんは昼間に見たのとは違う人たちと、ジュースを飲みながらおしゃべりをしている。
私は緊張で体を固くして、足早に通り過ぎた。何も言われなかったけど、明らかに悪意のある笑い声が、階段を上がる私を追いかけてきた。
悔しかった。何を着ようと自由じゃないか。そう思うのに、圧倒的少数派の肩身の狭さが息苦しくさせる。
しっかりしろ。別に何も悪いことはしていない。
例え色んな服を選べたとしても、私は明日もいつもの服を着る。
あんな理不尽なことを言われて自分の服を変えるなんて、そんなのは絶対に嫌だった。
翌日帰宅してきた時にも範田さんたちが談話スペースにいた時、わざと待っているんだということが、やっと分かった。
「どういうセンスなんだろ」
「服だけじゃないって。髪も」
「重い。ダサい。キモイ。三重苦」
高い声と笑い声が、皮膚の内側に無遠慮に入り込んでくる。
息が浅くなり、部屋に入ったらいつもより意識して鍵を閉め、椅子に座ったまましばらく動けない。
昨日は怒りが勝っていたが、今日は少し悲しみが混じっている。
のろのろ動き出し、お風呂に入ってみたけれど気持ちは晴れない。
ここのところ海堂はあまり電話をしてこなくなっていた。以前はほぼ毎日だったのに……と気になっていたけれど、それも言えなかった。
言ったら、毎日かけてと言っているみたいだし、重たいと思われそうで。
きっと忙しいのだ、と自分に言い聞かせて、黙っていた。
大学の方にもあまり来ていないようで、構内で全然姿を見かけない。LINEのメッセージすら来ない。そういうことが重なって、どうしても胸が塞いだ。
これまで表立って攻撃された経験がないから、悪意の毒の回りが早いのかもしれない。
私は悪くないと思っていても、どこであの人たちが見ているかと考えると、自身を隠してしまいたい衝動にかられる。
自分の部屋を出る時、きょろっと辺りを伺ってしまう。
大学とは関係のない場所にいる時でも、つい視線を落としてしまう。
なるべく人気のない所に行くようにしたり、構内のはずれにある大きなケヤキの木を触りに行ったりしてなけなしの安心感を握りしめた。
あともう少しで大学も夏休みに入る。今はその日が早く来るように願って、ただ待つしかなかった。
範田さんたちに目をつけられてから何日目かに、光流から「会いたい」とLINEが来た。
互いの空きコマに待ち合わせをしたら、光流が私を見るなり腕に抱きついてきて、「何があったん?」と真剣な顔で言った。普段標準語の光流が方言になっていた。
「なんか変やん。LINEで聞いても言わんし」
「なにも──」
「嘘つかんといて。なんなん?ウチに言えんこと?」
声に微かな悲しみが混じる。
私は相談しないことで光流を傷つけていると気づいて、下唇を噛んだ。
光流を信頼していないのではない。
ただあのことを口に出したくないだけ。
あの人たちのことを言葉にすることで、確かなものにしたくなかった。
「ごめん、光流──」
「謝らんでええねん。でも真澄が言うてくれへんかったら、ウチなんもでけへんから」
泣くのを我慢している子供みたいな顔をして、光流は私の腕に絡ませた手に力を入れた。
「あんまり、言葉にしたくなくて。私の服のことで、嫌なこと言う人がいて、それで……ちょっと、しんどくて」
「服……?」
光流は少し黙って、突然察したみたいに私に向き直って、両手を握る。
「おんなじのんばっか着てるって言われてんやろ。せやから言うたやん。ウチはアンタが好きやから大丈夫やけどな、そういうこと言うヤツ、絶対おんねやんか」
光流が悔しそうに感情を高ぶらせると、私は、あんなに「人に言いたくない」と思っていたはずなのに……受け止められた感情が出口を見つけて目の縁から零れ落ちた。
光流は私をぎゅっと抱きしめて、「ウチも言われたことあんねん。ダサいコーデって。悔しくてめっちゃ研究したよ」と呟いた。
「ちょい、今からウチの家に来て。服、あげるから。悔しいやん!そんなん、悔しすぎるやんか!」
私につられて泣いてた光流は、涙をさっと拭って、私の手をひっぱって歩き出した。
ジリジリ照り付ける真昼の太陽の下を黙って歩き、大学から徒歩10分の光流の下宿に向かった。
光流はむっとする熱気に押されるように部屋の中へ入り、暑いときは熱いお茶やで!と冷房が効いてくるのも待たず、髪をざっとくくって、コンロにお鍋をかけた。
少しして渡してくれたのは、チャイだった。そういえば好きだって、前に言ってたっけ。
ほんのりショウガとシナモンの香りに、ほっと息をつく。
「戦略が必要やな。真澄はバイトできひんしなぁ……」
あんなにお洒落なんて興味ない、不必要と思っていたのが嘘みたいに、普通の女の子たちが住んでいる世界に私も足を踏みいれていた。
辛い目にあって、ようやく。まるで大人になるための儀式だ。
周りの子たちが何の抵抗もなく滑らかに大人になるのに、私は殻の中で出るのを怖がっている蝉みたいだ。
光流はクローゼットから何枚かを袋に入れて、黒のフリル半袖ブラウスと、黒の小花模様のロングスカートは別に渡してくれた。
「これ、着て。上はウチには大人っぽ過ぎたからあげる。下はレンタルね」
「今から着るの?」
「真澄、色白いからよう似合うわ!はよ着ぃ」
急かされるままに着ると、私の顔にささっと軽いメイクをし、髪の毛をせっせと編み込みまでしてくれる。
「光流、その話し方の方が楽しそうだね」
「あっ忘れとった。興奮すると出てまうねん」
「もうずっとそのままで話したら?」
「あかん。東京モンは関西弁話しとると、なんかおもろいことゆうて~とか言いよるやろ!」
光流がお笑い芸人みたいな大げさな身振りで言うから、思わず笑った。
私の部屋にはないスタンドミラーを覗くと、見慣れない自分がいた。光流は「ちょっと大人の色気が出とる!」と褒めてくれたけど、自分じゃないみたいで落ち着かない。
本当はサンダルがいいのに、と残念がっていたけど、いつも履いてる黒のパンプスでも合ってるよ、とお墨付きをもらって、お互い次の授業に間に合うように大急ぎで大学に戻った。
まだ人の視線は怖かったけれど、光流に勇気の種を植えてもらったのだ。
いつもと違う服を着せてもらった自分は、まるで違う力を持っているみたいで、意地悪なあの人たち相手でも戦えそうな気がした。
何も起こらないからといって何も変わらないかといえば、そうではない。
明らかに、人に見られるようになった。
始めは気のせいかと思ったけれど、違った。時々見ている人と目が合う時があったからだ。
目が合ったからと言って声を掛けられるわけじゃない。でもその視線の中に、値踏みの色を感じた。
私が海堂と付き合い始めたからだろうと思わざるを得なかった。
ただ見ているだけの人に「見ないでください」とは言えないし、じっと我慢するより方法がない。
地味にストレス……ただの視線が肌を刺すように感じられる時があるくらいだ。海堂はよく平気でいられる。
一人でいる時だけでなく光流といる時にもそれは感じて、私はしばしば上の空になった。
「真澄?どうかした?」
一緒にランチをしていた光流が、伺うような顔をしている。私は笑って「ちょっと考え事をしてた」とごまかした。
光流は正義感が強くていつも私のために何かしてくれようとするから、余計な心配をかけたくなかった。
夜、時々海堂と電話で話した。
海堂の声を聞くと、閉じ込められていた心がほっと解放される感じがした。
「そろそろ敬語やめない?」
海堂が笑って言う。
「やめろと言われてすぐは、なかなかやめられないですね」
「じゃあ10秒後からやめない?」
「そういう問題でもないですね」
ふざけた会話をするだけで、気持ちがほぐれてくる。
「土曜日、バイクでどっか行こう」
海堂にそう誘われると、バイクなら人に見られない、と一番に考えた。私は視線に疲れ切っていた。
ベージュのパンツに白いTシャツ。キャンプに行ったときと、同じ組み合わせだ。
ちょっとは変えた方がいいかなと思ったけど、前に光流におすすめされたこの組み合わせ以外、何を選べばいいか良く分からなかった。
海堂は同じ服を着ていても何も言わなかった。それどころか、いつでも可愛い可愛いと、可愛いを大安売りしている。
バイクは相変わらず最高で、海堂は目的地を決めず、ただ山道を走った。
思いつきで入って行った横道で樹齢数百年は経っていそうな大きな木を見つけた。ごつごつした樹皮に手を触れ、りっぱな枝葉を見上げると、心の中にわだかまっていた重い熱が、みんな吸い上げられて大気に還っていくようだった。
「気持ちいい……」
深呼吸をし、海堂とふたり、木の根元に並んで座った。
「真澄ちゃんは山に連れてくるに限るな。元気になる」
「田舎育ちなもので」
隣の海堂の目が深く澄んだ優しい色をしていて、どこか懐かしいような、くすぐったい気持ちになった。
寮に帰って来てから、ふと、海堂には私が元気がないように見えたのかな?と思った。
目端の利く男だから、何か気づいたのかもしれない。
お昼時のざわめく食堂の中、その会話に、最初は気付かなかった。声を掛けられたわけじゃなかったからだ。
「いつも同じ服だよね」
「制服かっての」
ピンク色の頭が視界の端で揺れて、思わず目を向けると、きついメイクに真っ黒なネイルの女の子の悪意のある視線が私に向けられている。
範田さんだ。範田さんが仲間3人と、嫌な笑みを浮かべながら食事をしていた。
「ダサすぎ。てか、イタすぎ。なんであの子なんだろ」
「たまにはゲテモノも食べたいんじゃない?」
「ありえる」
自分のことを言われていると分かった途端に、かぁっと体が熱くなった。
トレーを持ったまま、なるべく遠くのテーブルに離れて座った。恥ずかしさと怒りとが毒になって、全身を回っている。
自分では、制服でいいと思っていた。考えるのが面倒だからだ。
子供の頃からその傾向があって、スティーブ・ジョブズが日常生活の意思決定の簡略化のために同じ服を着ているということを知ってからは、太鼓判を押されたような気持ちで似たような服を選んだ。
どれを洗っても組み合わせに困らないし、本当に便利なのだ。
納得していても、それが少数派だということは理解していた。でもほとんどの人は私が何を着ていても何も言わないんだし、どう思われてもいいと思っていたのだ。
まだドキドキが収まらない。
トレーの上のざるうどんは、まるで他人のもののようだった。食べようという気持ちが、どこにも湧いてこない。
振り向いたら彼女らがこっちを見てそうで振り向けなくて、私はもう大丈夫だと思えるまで、ただじっとそこに座っていた。
嫌なことは重なるもので、寮に帰って入口の傍の談話スペースを通った時、そこにまた範田さんの姿を見つけた。これまで一度も会ったことがなかったのに。
範田さんは昼間に見たのとは違う人たちと、ジュースを飲みながらおしゃべりをしている。
私は緊張で体を固くして、足早に通り過ぎた。何も言われなかったけど、明らかに悪意のある笑い声が、階段を上がる私を追いかけてきた。
悔しかった。何を着ようと自由じゃないか。そう思うのに、圧倒的少数派の肩身の狭さが息苦しくさせる。
しっかりしろ。別に何も悪いことはしていない。
例え色んな服を選べたとしても、私は明日もいつもの服を着る。
あんな理不尽なことを言われて自分の服を変えるなんて、そんなのは絶対に嫌だった。
翌日帰宅してきた時にも範田さんたちが談話スペースにいた時、わざと待っているんだということが、やっと分かった。
「どういうセンスなんだろ」
「服だけじゃないって。髪も」
「重い。ダサい。キモイ。三重苦」
高い声と笑い声が、皮膚の内側に無遠慮に入り込んでくる。
息が浅くなり、部屋に入ったらいつもより意識して鍵を閉め、椅子に座ったまましばらく動けない。
昨日は怒りが勝っていたが、今日は少し悲しみが混じっている。
のろのろ動き出し、お風呂に入ってみたけれど気持ちは晴れない。
ここのところ海堂はあまり電話をしてこなくなっていた。以前はほぼ毎日だったのに……と気になっていたけれど、それも言えなかった。
言ったら、毎日かけてと言っているみたいだし、重たいと思われそうで。
きっと忙しいのだ、と自分に言い聞かせて、黙っていた。
大学の方にもあまり来ていないようで、構内で全然姿を見かけない。LINEのメッセージすら来ない。そういうことが重なって、どうしても胸が塞いだ。
これまで表立って攻撃された経験がないから、悪意の毒の回りが早いのかもしれない。
私は悪くないと思っていても、どこであの人たちが見ているかと考えると、自身を隠してしまいたい衝動にかられる。
自分の部屋を出る時、きょろっと辺りを伺ってしまう。
大学とは関係のない場所にいる時でも、つい視線を落としてしまう。
なるべく人気のない所に行くようにしたり、構内のはずれにある大きなケヤキの木を触りに行ったりしてなけなしの安心感を握りしめた。
あともう少しで大学も夏休みに入る。今はその日が早く来るように願って、ただ待つしかなかった。
範田さんたちに目をつけられてから何日目かに、光流から「会いたい」とLINEが来た。
互いの空きコマに待ち合わせをしたら、光流が私を見るなり腕に抱きついてきて、「何があったん?」と真剣な顔で言った。普段標準語の光流が方言になっていた。
「なんか変やん。LINEで聞いても言わんし」
「なにも──」
「嘘つかんといて。なんなん?ウチに言えんこと?」
声に微かな悲しみが混じる。
私は相談しないことで光流を傷つけていると気づいて、下唇を噛んだ。
光流を信頼していないのではない。
ただあのことを口に出したくないだけ。
あの人たちのことを言葉にすることで、確かなものにしたくなかった。
「ごめん、光流──」
「謝らんでええねん。でも真澄が言うてくれへんかったら、ウチなんもでけへんから」
泣くのを我慢している子供みたいな顔をして、光流は私の腕に絡ませた手に力を入れた。
「あんまり、言葉にしたくなくて。私の服のことで、嫌なこと言う人がいて、それで……ちょっと、しんどくて」
「服……?」
光流は少し黙って、突然察したみたいに私に向き直って、両手を握る。
「おんなじのんばっか着てるって言われてんやろ。せやから言うたやん。ウチはアンタが好きやから大丈夫やけどな、そういうこと言うヤツ、絶対おんねやんか」
光流が悔しそうに感情を高ぶらせると、私は、あんなに「人に言いたくない」と思っていたはずなのに……受け止められた感情が出口を見つけて目の縁から零れ落ちた。
光流は私をぎゅっと抱きしめて、「ウチも言われたことあんねん。ダサいコーデって。悔しくてめっちゃ研究したよ」と呟いた。
「ちょい、今からウチの家に来て。服、あげるから。悔しいやん!そんなん、悔しすぎるやんか!」
私につられて泣いてた光流は、涙をさっと拭って、私の手をひっぱって歩き出した。
ジリジリ照り付ける真昼の太陽の下を黙って歩き、大学から徒歩10分の光流の下宿に向かった。
光流はむっとする熱気に押されるように部屋の中へ入り、暑いときは熱いお茶やで!と冷房が効いてくるのも待たず、髪をざっとくくって、コンロにお鍋をかけた。
少しして渡してくれたのは、チャイだった。そういえば好きだって、前に言ってたっけ。
ほんのりショウガとシナモンの香りに、ほっと息をつく。
「戦略が必要やな。真澄はバイトできひんしなぁ……」
あんなにお洒落なんて興味ない、不必要と思っていたのが嘘みたいに、普通の女の子たちが住んでいる世界に私も足を踏みいれていた。
辛い目にあって、ようやく。まるで大人になるための儀式だ。
周りの子たちが何の抵抗もなく滑らかに大人になるのに、私は殻の中で出るのを怖がっている蝉みたいだ。
光流はクローゼットから何枚かを袋に入れて、黒のフリル半袖ブラウスと、黒の小花模様のロングスカートは別に渡してくれた。
「これ、着て。上はウチには大人っぽ過ぎたからあげる。下はレンタルね」
「今から着るの?」
「真澄、色白いからよう似合うわ!はよ着ぃ」
急かされるままに着ると、私の顔にささっと軽いメイクをし、髪の毛をせっせと編み込みまでしてくれる。
「光流、その話し方の方が楽しそうだね」
「あっ忘れとった。興奮すると出てまうねん」
「もうずっとそのままで話したら?」
「あかん。東京モンは関西弁話しとると、なんかおもろいことゆうて~とか言いよるやろ!」
光流がお笑い芸人みたいな大げさな身振りで言うから、思わず笑った。
私の部屋にはないスタンドミラーを覗くと、見慣れない自分がいた。光流は「ちょっと大人の色気が出とる!」と褒めてくれたけど、自分じゃないみたいで落ち着かない。
本当はサンダルがいいのに、と残念がっていたけど、いつも履いてる黒のパンプスでも合ってるよ、とお墨付きをもらって、お互い次の授業に間に合うように大急ぎで大学に戻った。
まだ人の視線は怖かったけれど、光流に勇気の種を植えてもらったのだ。
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