SEIMEI ~星を詠みし者~

大隅 スミヲ

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第一話

朱雀門で笛を奏でし者(1)

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 騒々しい夜だった。
 昼過ぎから降り出した雨は止むことを知らず、帳が降りてからも降り続いている。
 屋根を打ち付ける雨音は激しく、時おり強く吹く風のせいで室内が濡れてしまうこともあった。
 水無月とは名ばかりの季節で、ここ数日は雨の降らぬ日は無いほどである。
 宿直とのいであった安倍あべの晴明はるあきは、陰陽寮の床に寝そべりながら空に掛かる雨雲の様子を見つめていた。

「おい、晴明せいめい。そのだらしない格好はどうにかならぬのか」
「これが一番空を見上げやすいのだ」

 そう言い訳をした晴明は顎に生えた髭を撫でるだけで、その姿勢を正そうとはしなかった。

「そうか、そう言うのであれば、それで良い」

 天文博士である賀茂かもの保憲やすのりはため息交じりに言うと、文台の上に置かれた天文書へと目を落とした。

 保憲は、晴明の上司であり、陰陽師としては兄弟子でもあった。歳の差は四つほど保憲の方が上ではあるが、晴明は公式の場でない限り保憲に敬語を使うことは無かった。
 ふたりの仲は悪くない。若い頃からの友であり、ふたりとも保憲の父である忠行の弟子であった。陰陽師としての才は保憲の方があるが、口の上手さでは晴明の方が上である。

 もうお互いに若くはなかった。晴明が陰陽寮の天文得業生という天文学の学生となったのは四〇になってからのことであり、それまでは大舎人という下級役人として朝廷に仕えていた。

「今宵は星が見えぬ。これでは仕事にならんな、保憲」
「馬鹿なことをいうな、晴明。天文博士の仕事は、ただ星を見るだけではないぞ」
「わかっておる。だが、仕事が手につかぬのだ」
「ぐだぐだ言ってないで仕事をいたせ、晴明。いまは仕事をする時間なのだぞ」

 保憲は笑うように晴明に言ったが、晴明はその声が聞こえない振りを決め込んだ。

 多くの人は晴明のことを本当の名である『はるあき』と呼ばずに『せいめい』と呼んでいる。これは晴明がそう呼ぶようにと指示をしたためであった。もちろん、公の場では本名である『はるあき』と名乗るようにしているが、普段は『せいめい』で通している。
 なぜ晴明が『せいめい』という名で呼ぶように指示をしたのか。これには陰陽師らしい理由があった。晴明は極端に自分がしゅを掛けられることを恐れていた。呪というものは、相手の本名がわからなければ掛からないものとされており、晴明にとって人々に『せいめい』と呼ばせるのは自分の本当の名を隠すという意味があった。

 晴明は起き上がると大きく口を開けた。そう、欠伸をしたのだ。
 本当にこの男はやる気があるのだろうかと心配になってしまうが、陰陽師としての晴明の人気はこのところ昇り調子であった。
 先日も内裏に仕えるどこぞの女房にょうぼうに呼ばれて、屋敷の地相を見てきたという話だ。もちろん、そういった仕事は公務ではない。個人的に晴明が請け負っているものであり、それなりの報酬を貰っているという噂もあった。
 そういった晴明の行いを上司でもある保憲は咎めたりはしなかった。ただ、大っぴらにやるなとだけ注意をした程度だ。もちろん、嘘偽りなどで人を騙したりするようなことをすれば問題視するところだが、別に晴明は地相を見ているだけなのだ。あやかしや物怪が憑いているから祈祷した方がよいなどといって大金をふんだくるような朝廷非公認の陰陽師に比べればいい方だ。

 陰陽寮は位が高いというわけではなかった。長官である陰陽頭おんみょうのかみでさえ従五位下じゅごいのげであり、次官である陰陽助おんみょうのすけ従六位上じゅろくいのじょう、天文博士は正七位下しょうしちいのげ、陰陽師は従七位上じゅしちいのじょうであった。
 この時代、官位が六位より上を上級貴族、六位からは下級貴族、七位以下は貴族ではなく官人という扱いであり、朝廷内での陰陽寮の人々は長官が上級貴族、次官が下級貴族、それ以下の人間はただの官人(役人)という扱いだった。
 そのため、もらえるろくもそれほど多くなく、民間陰陽師として朝廷以外の仕事を請け負って生計を立てる者も少なくはなかった。
 これは晴明も例外ではなかった。晴明の家には食べ盛りの子が二人もおり、その生活を支えなければならないのだ。
 だが、晴明は金銭的なものを得ることよりも、朝廷内に人脈を作ることにいそしんでいたようだ。特に朝廷の女房たちからの評判は高く、晴明に占ってもらいたいという女房たちが殺到するほどであった。その噂は次第に内裏内に広がっていき、帝の耳にも入るようになった。これこそが晴明の望んでいたことであり、晴明は小さな種まきをコツコツと行い、ようやく芽を出すことに成功したのだ。

 ただ、いまの晴明にはやる気がない。雨の降る夜空を眺めていても、星の姿を見つけることは出来ないし、何かを占うことも出来ない。ただ天より降り注ぐ雨粒を見つめるだけだった。
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