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2章 魔王召喚
6話 発情魔王
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★6 発情魔王
湧き上がる銀の奔流がワタシの前髪を揺らす。魔王の体も銀色に輝き、美しい白銀の髪がさらさらとなびく。
私たちはいま、一つの銀光のなかにいた。
アスタフェルは杖に制せられる格好になりながら、驚いたような、戸惑うような表情でワタシを見ていた。
ごくん、と彼は生唾を飲み込んだ。
「……んっ、これはいったい……?」
「細かいことは省く! 自分の魔力で消滅しろ魔王!」
銀光を映して潤む空色の視線とワタシの黒い瞳が絡み合う。
大丈夫、ワタシは死なない。
いまワタシは、掘った穴にその掘った土を戻すようなことを魔力でしようとしている。土ならば平らになって元通り。それを魔力でやればどうなるか?
正解はもちろん平らになって元通り、だ。だが魔王の力が強力なら強力なほど戻したときの反発がキツくなる。
キツい元通り――それは、『無』だ。
ワタシが奴の維持に魔力を使い切る前に、奴を存在ごと消す。
それしかワタシの助かる方法はない。
「貴様なんのつもり……なん……?」
唾を嚥下するアスタフェルの喉仏の動きに目が行った。
はぁはぁとだんだん呼気が荒くなってきて、苦しそうだ。
よし、効果はある!
「消えろ、魔王!」
急がないと、ワタシは……!!
奴は少し身体を曲げ、ワタシの方に顔を近づけてきた。
「……ふぅ。わざとではないことはよくわかった。しかるに、少し手を休めてはもらえまいか」
なんだか、奴の顔が妙に紅い。目は潤んでいるし……。
今まさに奴は消去されようとしているのに……命のやり取りをしているというのに。
なんだってこんな、照れてるみたいな顔をするんだ? 意味が分からない。
「死ね! 早く! ワタシはまだ死にたくない!」
「お前は本気なのだな、ジャンザ……」
ワタシの肩に奴がそっと、手を置いた。その当たりの柔らかさに、何故か背筋にそわっとした感覚が広がる。
「いいか、俺もすごく真面目だ。今すぐお前を殺したいと思っている。それは変わらぬ。しかし、だ……」
上半身を屈めさせたアスタフェルは、ワタシに覆いかぶさるように端正な顔を近づけてくる。
「ジャンザ、頼む」
耳元で……囁くような。こんな時に色仕掛けか? なんて場違いな……!
「馬鹿野郎! 早く死ねっていってるだろ!」
「お前がすごく真面目にやってるのはもう痛いほどわかる、俺もその思いを汲んでやりたい」
「じゃあ汲め。早く! 死んでくれ!」
アスタフェルの美しい顔が、本当に目の前にある。
上気した頬からは正体不明の色気が醸し出されているし、薄く開かれた唇から漏れる荒い呼気が聞こえてくる。
それを見て更に頭にカッと血が登った。こんなときに何色っぽい顔つきになってるんだこいつは!?
ワタシは焦燥感で潤んできた瞳で奴を睨みつけた。
本当に綺麗な顔だった。輝く白銀の髪も、潤んだ空色の瞳も。ねじれた角も。もっと近くで見てみたい。もっとじっくり観察したい。
……って、何を言ってるんだワタシは。
早く、もっと早く! 魔力を高めて奴にぶつけないと!
「こらっ、強くするな。まずはお互いのために、これはちょっと別の意味で危険なのでやめようか」
「はあ!? そんなの聞けるか! オマエは消滅するんだよ!」
「ジャンザ、落ち着け。本当に……なんといったらいいか、その」
何度も生唾を呑み込む、奴の喉の動きが目の前にある。
ふわりとなにかがワタシに触れた。白くて暖かい、それは……アスタフェルの白翼だった。四枚の美しい翼が、ワタシを優しく包み込んでくる。まるで、大きな百合の花びらで抱きしめるように。
「自分の意思に反して力が出ていくのは、その……かなり、来るから……でも……いい……ああ、もういい。もう負ける。負けたからな。ジャンザ、俺を好きにしろ……」
ワタシの鼻と、奴の形のいい高い鼻の先端が触れ合った。その感触に全身が泡立ち、杖を落としそうになる。
アスタフェルの視線が、ワタシの目から一瞬だけ下に動いた。唇の位置を確認したのだと直感する。
アスタフェルが瞳を閉じ……。
――それを見たとき、ワタシは頭に冷たい風が吹いた気がした。
どうなってるんだ、これ? なんでこいつ発情してんの?
「……その、できたらもう少しゆっくりめで頼む」
「さっきから何を言ってるんだ、オマエは?」
「まるでお前に握られて、攻めたてられているような感じなんだ」
……意味を理解し、ワタシは押し付けていた杖を下ろし、高まっていく力を霧散させた。
急速に銀色の光が収まっていく。
ああ、杖って重いな。
熱さと恥ずかしさで朦朧とした頭で、なんだか意識が遠のきそうになる。
こんな世界、もう嫌だ。もう遠い世界に行きたい。きっとすぐに行けるけど……。
「……なんかごめんな、アスタフェル」
「いや、その……よかったぞ……」
そんな潤んだ瞳で見つめられてもね?
ワタシを見つめたまま、奴は震える声で続ける。
「つ、続きを……」
「調子に乗るな魔王」
肩にかかった奴の手を振りほどき一歩下がって、頭脳を意識して動かした。
いまの出来事は……。
ワタシは魔王の力を勝手に使った。それは、魔王も感知するところで、でも自分ではどうしようもなく……。
なんか勝手に出てくーみたいな。自分の意志とは関係のない排泄行為というか。それが性感帯に直結してしまったのだろう。
いやむしろワタシが導いたのか。
なるほど理論は通っている。
つまり、ワタシが誘っ………………。
あ、今、頭が考えるのを拒否したぞ。へぇ、ワタシの頭ってこんな反応もするんだ。面白いな。
――ふらり、と。
力が抜けた。杖から手が離れ、からん、と杖が倒れた乾いた音がした。
湧き上がる銀の奔流がワタシの前髪を揺らす。魔王の体も銀色に輝き、美しい白銀の髪がさらさらとなびく。
私たちはいま、一つの銀光のなかにいた。
アスタフェルは杖に制せられる格好になりながら、驚いたような、戸惑うような表情でワタシを見ていた。
ごくん、と彼は生唾を飲み込んだ。
「……んっ、これはいったい……?」
「細かいことは省く! 自分の魔力で消滅しろ魔王!」
銀光を映して潤む空色の視線とワタシの黒い瞳が絡み合う。
大丈夫、ワタシは死なない。
いまワタシは、掘った穴にその掘った土を戻すようなことを魔力でしようとしている。土ならば平らになって元通り。それを魔力でやればどうなるか?
正解はもちろん平らになって元通り、だ。だが魔王の力が強力なら強力なほど戻したときの反発がキツくなる。
キツい元通り――それは、『無』だ。
ワタシが奴の維持に魔力を使い切る前に、奴を存在ごと消す。
それしかワタシの助かる方法はない。
「貴様なんのつもり……なん……?」
唾を嚥下するアスタフェルの喉仏の動きに目が行った。
はぁはぁとだんだん呼気が荒くなってきて、苦しそうだ。
よし、効果はある!
「消えろ、魔王!」
急がないと、ワタシは……!!
奴は少し身体を曲げ、ワタシの方に顔を近づけてきた。
「……ふぅ。わざとではないことはよくわかった。しかるに、少し手を休めてはもらえまいか」
なんだか、奴の顔が妙に紅い。目は潤んでいるし……。
今まさに奴は消去されようとしているのに……命のやり取りをしているというのに。
なんだってこんな、照れてるみたいな顔をするんだ? 意味が分からない。
「死ね! 早く! ワタシはまだ死にたくない!」
「お前は本気なのだな、ジャンザ……」
ワタシの肩に奴がそっと、手を置いた。その当たりの柔らかさに、何故か背筋にそわっとした感覚が広がる。
「いいか、俺もすごく真面目だ。今すぐお前を殺したいと思っている。それは変わらぬ。しかし、だ……」
上半身を屈めさせたアスタフェルは、ワタシに覆いかぶさるように端正な顔を近づけてくる。
「ジャンザ、頼む」
耳元で……囁くような。こんな時に色仕掛けか? なんて場違いな……!
「馬鹿野郎! 早く死ねっていってるだろ!」
「お前がすごく真面目にやってるのはもう痛いほどわかる、俺もその思いを汲んでやりたい」
「じゃあ汲め。早く! 死んでくれ!」
アスタフェルの美しい顔が、本当に目の前にある。
上気した頬からは正体不明の色気が醸し出されているし、薄く開かれた唇から漏れる荒い呼気が聞こえてくる。
それを見て更に頭にカッと血が登った。こんなときに何色っぽい顔つきになってるんだこいつは!?
ワタシは焦燥感で潤んできた瞳で奴を睨みつけた。
本当に綺麗な顔だった。輝く白銀の髪も、潤んだ空色の瞳も。ねじれた角も。もっと近くで見てみたい。もっとじっくり観察したい。
……って、何を言ってるんだワタシは。
早く、もっと早く! 魔力を高めて奴にぶつけないと!
「こらっ、強くするな。まずはお互いのために、これはちょっと別の意味で危険なのでやめようか」
「はあ!? そんなの聞けるか! オマエは消滅するんだよ!」
「ジャンザ、落ち着け。本当に……なんといったらいいか、その」
何度も生唾を呑み込む、奴の喉の動きが目の前にある。
ふわりとなにかがワタシに触れた。白くて暖かい、それは……アスタフェルの白翼だった。四枚の美しい翼が、ワタシを優しく包み込んでくる。まるで、大きな百合の花びらで抱きしめるように。
「自分の意思に反して力が出ていくのは、その……かなり、来るから……でも……いい……ああ、もういい。もう負ける。負けたからな。ジャンザ、俺を好きにしろ……」
ワタシの鼻と、奴の形のいい高い鼻の先端が触れ合った。その感触に全身が泡立ち、杖を落としそうになる。
アスタフェルの視線が、ワタシの目から一瞬だけ下に動いた。唇の位置を確認したのだと直感する。
アスタフェルが瞳を閉じ……。
――それを見たとき、ワタシは頭に冷たい風が吹いた気がした。
どうなってるんだ、これ? なんでこいつ発情してんの?
「……その、できたらもう少しゆっくりめで頼む」
「さっきから何を言ってるんだ、オマエは?」
「まるでお前に握られて、攻めたてられているような感じなんだ」
……意味を理解し、ワタシは押し付けていた杖を下ろし、高まっていく力を霧散させた。
急速に銀色の光が収まっていく。
ああ、杖って重いな。
熱さと恥ずかしさで朦朧とした頭で、なんだか意識が遠のきそうになる。
こんな世界、もう嫌だ。もう遠い世界に行きたい。きっとすぐに行けるけど……。
「……なんかごめんな、アスタフェル」
「いや、その……よかったぞ……」
そんな潤んだ瞳で見つめられてもね?
ワタシを見つめたまま、奴は震える声で続ける。
「つ、続きを……」
「調子に乗るな魔王」
肩にかかった奴の手を振りほどき一歩下がって、頭脳を意識して動かした。
いまの出来事は……。
ワタシは魔王の力を勝手に使った。それは、魔王も感知するところで、でも自分ではどうしようもなく……。
なんか勝手に出てくーみたいな。自分の意志とは関係のない排泄行為というか。それが性感帯に直結してしまったのだろう。
いやむしろワタシが導いたのか。
なるほど理論は通っている。
つまり、ワタシが誘っ………………。
あ、今、頭が考えるのを拒否したぞ。へぇ、ワタシの頭ってこんな反応もするんだ。面白いな。
――ふらり、と。
力が抜けた。杖から手が離れ、からん、と杖が倒れた乾いた音がした。
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