サイコパス魔女だけど、風の魔王に溺愛されたから彼を利用することにしたよ。自分から彼を愛することはないだろうね

卯月八花

文字の大きさ
7 / 117
2章 魔王召喚

6話 発情魔王

しおりを挟む
★6 発情魔王

 湧き上がる銀の奔流がワタシの前髪を揺らす。魔王の体も銀色に輝き、美しい白銀の髪がさらさらとなびく。
 私たちはいま、一つの銀光のなかにいた。

 アスタフェルは杖に制せられる格好になりながら、驚いたような、戸惑うような表情でワタシを見ていた。
 ごくん、と彼は生唾を飲み込んだ。

「……んっ、これはいったい……?」
「細かいことは省く! 自分の魔力で消滅しろ魔王!」

 銀光を映して潤む空色の視線とワタシの黒い瞳が絡み合う。
 大丈夫、ワタシは死なない。

 いまワタシは、掘った穴にその掘った土を戻すようなことを魔力でしようとしている。土ならば平らになって元通り。それを魔力でやればどうなるか?
 正解はもちろん平らになって元通り、だ。だが魔王の力が強力なら強力なほど戻したときの反発がキツくなる。
 キツい元通り――それは、『無』だ。

 ワタシが奴の維持に魔力を使い切る前に、奴を存在ごと消す。
 それしかワタシの助かる方法はない。

「貴様なんのつもり……なん……?」

 唾を嚥下するアスタフェルの喉仏の動きに目が行った。
 はぁはぁとだんだん呼気が荒くなってきて、苦しそうだ。

 よし、効果はある!

「消えろ、魔王!」

 急がないと、ワタシは……!!
 奴は少し身体を曲げ、ワタシの方に顔を近づけてきた。

「……ふぅ。わざとではないことはよくわかった。しかるに、少し手を休めてはもらえまいか」

 なんだか、奴の顔が妙に紅い。目は潤んでいるし……。
 今まさに奴は消去されようとしているのに……命のやり取りをしているというのに。
 なんだってこんな、照れてるみたいな顔をするんだ? 意味が分からない。

「死ね! 早く! ワタシはまだ死にたくない!」
「お前は本気なのだな、ジャンザ……」

 ワタシの肩に奴がそっと、手を置いた。その当たりの柔らかさに、何故か背筋にそわっとした感覚が広がる。

「いいか、俺もすごく真面目だ。今すぐお前を殺したいと思っている。それは変わらぬ。しかし、だ……」

 上半身を屈めさせたアスタフェルは、ワタシに覆いかぶさるように端正な顔を近づけてくる。

「ジャンザ、頼む」

 耳元で……囁くような。こんな時に色仕掛けか? なんて場違いな……!

「馬鹿野郎! 早く死ねっていってるだろ!」
「お前がすごく真面目にやってるのはもう痛いほどわかる、俺もその思いを汲んでやりたい」
「じゃあ汲め。早く! 死んでくれ!」

 アスタフェルの美しい顔が、本当に目の前にある。
 上気した頬からは正体不明の色気が醸し出されているし、薄く開かれた唇から漏れる荒い呼気が聞こえてくる。

 それを見て更に頭にカッと血が登った。こんなときに何色っぽい顔つきになってるんだこいつは!?
 ワタシは焦燥感で潤んできた瞳で奴を睨みつけた。

 本当に綺麗な顔だった。輝く白銀の髪も、潤んだ空色の瞳も。ねじれた角も。もっと近くで見てみたい。もっとじっくり観察したい。
 ……って、何を言ってるんだワタシは。
 早く、もっと早く! 魔力を高めて奴にぶつけないと!

「こらっ、強くするな。まずはお互いのために、これはちょっと別の意味で危険なのでやめようか」
「はあ!? そんなの聞けるか! オマエは消滅するんだよ!」
「ジャンザ、落ち着け。本当に……なんといったらいいか、その」

 何度も生唾を呑み込む、奴の喉の動きが目の前にある。
 ふわりとなにかがワタシに触れた。白くて暖かい、それは……アスタフェルの白翼だった。四枚の美しい翼が、ワタシを優しく包み込んでくる。まるで、大きな百合の花びらで抱きしめるように。

「自分の意思に反して力が出ていくのは、その……かなり、来るから……でも……いい……ああ、もういい。もう負ける。負けたからな。ジャンザ、俺を好きにしろ……」

 ワタシの鼻と、奴の形のいい高い鼻の先端が触れ合った。その感触に全身が泡立ち、杖を落としそうになる。
 アスタフェルの視線が、ワタシの目から一瞬だけ下に動いた。唇の位置を確認したのだと直感する。

 アスタフェルが瞳を閉じ……。

 ――それを見たとき、ワタシは頭に冷たい風が吹いた気がした。
 どうなってるんだ、これ? なんでこいつ発情してんの?

「……その、できたらもう少しゆっくりめで頼む」
「さっきから何を言ってるんだ、オマエは?」
「まるでお前に握られて、攻めたてられているような感じなんだ」

 ……意味を理解し、ワタシは押し付けていた杖を下ろし、高まっていく力を霧散させた。
 急速に銀色の光が収まっていく。
 ああ、杖って重いな。
 熱さと恥ずかしさで朦朧とした頭で、なんだか意識が遠のきそうになる。

 こんな世界、もう嫌だ。もう遠い世界に行きたい。きっとすぐに行けるけど……。

「……なんかごめんな、アスタフェル」
「いや、その……よかったぞ……」

 そんな潤んだ瞳で見つめられてもね?
 ワタシを見つめたまま、奴は震える声で続ける。

「つ、続きを……」
「調子に乗るな魔王」

 肩にかかった奴の手を振りほどき一歩下がって、頭脳を意識して動かした。
 いまの出来事は……。

 ワタシは魔王の力を勝手に使った。それは、魔王も感知するところで、でも自分ではどうしようもなく……。
 なんか勝手に出てくーみたいな。自分の意志とは関係のない排泄行為というか。それが性感帯に直結してしまったのだろう。
 いやむしろワタシが導いたのか。
 なるほど理論は通っている。

 つまり、ワタシが誘っ………………。

 あ、今、頭が考えるのを拒否したぞ。へぇ、ワタシの頭ってこんな反応もするんだ。面白いな。
 ――ふらり、と。
 力が抜けた。杖から手が離れ、からん、と杖が倒れた乾いた音がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

処理中です...