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3章 夢かと思った

15話 魔女のたくらみ

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★15 魔女のたくらみ

「休戦だ。ワタシはオマエを受け入れよう」

 魔力の消費もなく、魔王をそばにおける。契約による代価を払うこともない。そのうえ真の名を知るワタシは使うのに心理的抵抗があるとはいえ風の魔王の魔力も使いたい放題。

 なんて都合のいい存在なんだ。

 こいつの力を使えば、王子に飲ませるための、魔力の入ったよく効く惚れ薬だって作れる。それにとどまらず、直接的な魔法――火や水を出すことすらできる。そこまでできれば使い方次第でなんでもできよう。

 しかも魔力を使っても寿命が短くならない!

 人々が魔女の魔力に依存しないために――魔女に頼りきらないようにするために、魔王の魔力を使うなんて本末転倒な気もするが……そんなこといってられるか。こうなってしまったからには使えるものはなんでも使う。それが魔女というものだ。

「オマエはただそこにいてくれればいい。教えたくないのならワタシの正体も教えてくれなくて構わない、どうせそんなものに価値はない。ただ、風の魔王……揺籃ようらんの神族よ。オマエが授けたこの奇跡、利用させてもらう」

 アスタフェルは口の端を皮肉っぽく上げた。

「負けたぞジャンザ。これが語彙力か」

 何か言い出したぞ。

「一応聞いておくが、ワタシはなんの勝負に勝ったんだ?」
「どちらがより格好いいことをいうかって勝負だ」
「……勝てて嬉しいよ」

 棒読みでそう述べた。負けるよりはいいような気がした。

「だがジャンザ、お前からそんなこと言ってもらえるなんて、俺嬉しい超嬉しい。さあ、早いとこ魔界に帰って祝言を挙げようではないか」
「……? ああ、オマエの魔力を使って王子様と結婚するからオマエを消滅させたりはしないよ、って言いたかったんだ。分かりづらくてごめん」

 師匠にもよく言われたものだ。ジャンザの言葉はちょっとややこしい時があるからもっと簡単に言わないと伝わらないよ、と。

 アスタフェルの顔色が変わった。

「それは駄目だ。お前は俺の嫁になるんだ」
「だから王子様と結婚するって言ってるだろうが」

 一周回って始まりに戻ってしまった。
 でも、分かったことはある。

 こいつの魔力を自由に取り出すことができるから、もうアスタフェル自身の協力は必要ない。こいつは魔力を供給してくれさえすればいいのだ。

 これは思いのほか気が楽である。
 協力させなくていいのなら、足留めしたり脅したりを駆使して奴の行動をこちらが管理さえしてしまえばいい。

 とはいえ正直、アスタフェルが何を考えているのか分からないのが不気味ではある。
 アスタフェルが望むのはワタシとの結婚。それにはなにか裏があるはずだ。魔王ともあろうものが惚れた腫れたで一介の魔女に求婚するとは思えない。
 ワタシが奴にとって都合の悪いシフォルゼノの『何か』ならば尚の事、奴にもなにか考えがあるはずだ。それはワタシを殺すことであり、結婚することでもある。

 アスタフェルにも秘めた野望はあるということだ。ワタシと同じように。
 とにかく。

「オマエがなんと言おうと、ワタシは自分の意志を変えるつもりはない。もし邪魔するならオマエのカラダに訴えてやめさせるだけだ。反抗は許さない」
「お前、魔王相手に三下の悪役みたいなことを言ってるのには気づいているのか?」
「残念ながらワタシは本当に悪役なんだ。ワタシは王子様を籠絡せんとする悪い魔女なんだよ。勇者に討たれないよう警戒しないといけないくらいにな」

 胸にちらりと去来したのはムカつく聖騎士の微笑み……。

「なんだ、王子様と想い合っているというわけではないのか」
「だからオマエを呼んだのさ、アスタフェル。悪役ではあるが、すぐにやられる間抜けな悪役にはなりたくないんでね。そのためにはいくつか手順を踏まなきゃならない。オマエのおかげでワタシは証拠も残さず王子を護る勇者サマを処分できるようになって、手順に幅が広がったよ」

「勇者を殺す程度でいいのなら掃除の片手間にでも手伝ってやろうか」
「ありがとう。だが、それはあくまでも選択肢の一つに過ぎないんだ。ワタシの目的は勇者を殺すことじゃないんでね」

 殺してもいいし、他の方法でもいい。生かしておいて利用する方法のほうが効果が高い場合もあるかもしれない、ということだ。

 アスタフェルははあっと短く息を吐いた。

「やはりお前、王子様の嫁より魔王の嫁のほうが合ってるぞ……」
「それはワタシが決めることだ。ようやく楽しくなってきたんだ、口出しは遠慮願おう」

 思うままに力を振るえる。思うままに策謀を巡らせられる。ようやく、それができる。
 空に解き放たれ風に翼を広げる鳥のような、軽やかな気分だ。

「さて、魔王よ。そうと決まればいろいろ打ち合わせをしなくてはならない。ワタシたちはもう他人ではない……これからのことを共に考えよう」

 言いながら、なんだか懐かしい気分になる。
 これは、師匠と、師匠の使い魔フィナと、ワタシの三人で旅をしていたときの感覚だ。
 結局ワタシはこうして一緒に企みを相談しあえる仲間が欲しかっただけなのかもしれない。

「うむ。ふつつか者の魔王だが、よろしく頼むぞ」
「驚いたな……オマエって案外自分を正確に捉えているんだな。ふつつかといえばこれ以上ないくらいオマエはふつつかだよ、ワタシが保証してやる」

 つい軽口をたたくほど気分が高揚している。

「ま……まあな。魔王ともなれば己がどんなものか直感で悟るものだ。というかこれは求婚の承諾であって……」

 苦しそうに白い頬を歪めて微笑む風の魔王。さすがに皮肉だとは分かったものの、なんだか褒められてるし自慢したいし、というところか。……褒めてないけどな。あと求婚もしてない。
 というかワタシは一貫して求婚は断っているぞアスタフェル。

「さぁ、立ち話もなんだから座れ。……まず勇者サマの名前だ。気になるだろ? 奴はエンリオ・イルリテといって――」

 そういえば湯浴みしたかったんだけど。
 あとでいいか。


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