33 / 117
7章 怪我をした犬を全力で助ける魔女
31話 惑いの魔女 *犬が大怪我をしている描写があります。苦手な方はご注意ください
しおりを挟む
★ 惑いの魔女
エベリン夫人の馬車のなかは快適なものだった。
「ジャンザさん、こちらに座りませんか」
後ろから夫人に声をかけられたが、ワタシは頭を振った。
「いえ、ここで見ています。容態が急に悪化するとも限らないし、この子が椅子から落ちるかもしれないから」
ふかふかのクッションが貼り付いている座台が前後向かい合って備わっていて、さらに高級そうなクッションがいくつか置いていある。
犬を前方の座台に寝せて、ワタシは床にクッションを敷いてそこに膝をついて犬を見ていた。犬は魔法による治療で痛みが引いて安心したのか、目を閉じじっとそている。寝ているのかもしれない。
出血は収まったが、やはり折れた右前足と左前足が気になる。今は包帯で巻かれているが、ワタシはこの中身を覚えている。
右前足。あらぬ方向に曲がった足。白い骨はけっこう綺麗にぱっきり折れていた。断面がかなり綺麗だった、といういことだ。
それは折れ方のなかでもかなりのラッキーといえた。ぎざぎざに折れるより格段にくっつきやすいし、治りも早い。
問題は後ろ右足だ。足の付け根から後ろに跳ね上がり、力なく尻尾のほうに鋭角に曲がってしまっていた。
足は付け根の方を骨折すると治りづらい。
命を助けることはできるけど、完璧に歩けるように治すのはかなり難しくなるのだ。
それとも、ワタシが間違っているのだろうか。
魔王の力を使えば跡形もなく治すことができる。でもそれを夫人に見られたくない。たったそれだけの理由で奥の手を使わないワタシは、酷い魔女なんだろうか。
かえすがえすも、夫人も余計なことを言うものだ。
夫人が変な気さえ起こさなければ綺麗に治してあげたというのに。
「ジャンザさんは変わりませんね。あなたにならピューラを任せられると、安心します」
ワタシは犬を見たまま応える。
「どうでしょうか。ワタシは自分のことしか考えない、酷く利己的な魔女なのかもしれません。そんな魔女にかかるなんて、この犬がかわいそうともいえます」
「ふふっ、素っ気なさも相変わらずですね。その素っ気なさにわたくしが救われるのも、また同じ。覚えていますか、ジャンザさん。あなたが言った猫の習性を」
「猫の習性?」
はて、それはいろいろあるが……。なにをこの夫人に言ったというのか。というか、この夫人と会ったことがあるようだが、それはいつのことだ……?
数々の疑問に首をかしげた、その時。
馬車が止まった。
しばらくしてアスタフェルが入ってくる。
「荷物、全部あったぞ。全部荷馬車に載せた」
今日買ったものの回収である。
「そうか、よかった。ありがとう。じゃあオマエは御者台に行って、家の場所を案内してくれ」
「それが御者がいうには家の場所知ってるんだと。以前あの家に住んでいた魔女に世話になったとかで」
という言葉を裏付けるように、馬車はまた動き出した。
「ジャンザ、代わろう。お前は夫人の横に座れ」
「オマエが犬見てもよく分からないだろ。オマエが座れよ」
そう断ったが、アスタフェルは聞き付けなかった。
「女が床に膝をついているのに男が椅子に座れるわけないだろう。それでは婚約者の名がすたる」
とワタシの隣に膝を抱えて座り込んだ。
……こういう、どうでもいいところで見栄をはるのってなんなんだろう。
「いや婚約者ってオマエ」
あまりにも自然に言いやがったので思わずスルーするところだった。ちゃんと訂正しておかないと。夫人の……貴族の前なのだし。
貴族は噂話が大好きだ。王子様に付きまとう魔女の話など格好の餌食だし、その魔女に婚約者がいるなどという噂がたてば、それがいつ王子の耳に入るかなどしれたものではない。
「お前、あの家にずっと住んでるわけではないのか?」
だが、ワタシのすぐ横で……膝で立つワタシより少し低いところで、白銀の髪のアスタフェルが明るい空色の瞳でワタシを見上げてきて、ワタシはドキッとしてしまった。
なんというか、不意打ちだった。こういう、教えを請うてくるような上目遣いに弱いのかもしれない、ワタシは。
エベリン夫人の馬車のなかは快適なものだった。
「ジャンザさん、こちらに座りませんか」
後ろから夫人に声をかけられたが、ワタシは頭を振った。
「いえ、ここで見ています。容態が急に悪化するとも限らないし、この子が椅子から落ちるかもしれないから」
ふかふかのクッションが貼り付いている座台が前後向かい合って備わっていて、さらに高級そうなクッションがいくつか置いていある。
犬を前方の座台に寝せて、ワタシは床にクッションを敷いてそこに膝をついて犬を見ていた。犬は魔法による治療で痛みが引いて安心したのか、目を閉じじっとそている。寝ているのかもしれない。
出血は収まったが、やはり折れた右前足と左前足が気になる。今は包帯で巻かれているが、ワタシはこの中身を覚えている。
右前足。あらぬ方向に曲がった足。白い骨はけっこう綺麗にぱっきり折れていた。断面がかなり綺麗だった、といういことだ。
それは折れ方のなかでもかなりのラッキーといえた。ぎざぎざに折れるより格段にくっつきやすいし、治りも早い。
問題は後ろ右足だ。足の付け根から後ろに跳ね上がり、力なく尻尾のほうに鋭角に曲がってしまっていた。
足は付け根の方を骨折すると治りづらい。
命を助けることはできるけど、完璧に歩けるように治すのはかなり難しくなるのだ。
それとも、ワタシが間違っているのだろうか。
魔王の力を使えば跡形もなく治すことができる。でもそれを夫人に見られたくない。たったそれだけの理由で奥の手を使わないワタシは、酷い魔女なんだろうか。
かえすがえすも、夫人も余計なことを言うものだ。
夫人が変な気さえ起こさなければ綺麗に治してあげたというのに。
「ジャンザさんは変わりませんね。あなたにならピューラを任せられると、安心します」
ワタシは犬を見たまま応える。
「どうでしょうか。ワタシは自分のことしか考えない、酷く利己的な魔女なのかもしれません。そんな魔女にかかるなんて、この犬がかわいそうともいえます」
「ふふっ、素っ気なさも相変わらずですね。その素っ気なさにわたくしが救われるのも、また同じ。覚えていますか、ジャンザさん。あなたが言った猫の習性を」
「猫の習性?」
はて、それはいろいろあるが……。なにをこの夫人に言ったというのか。というか、この夫人と会ったことがあるようだが、それはいつのことだ……?
数々の疑問に首をかしげた、その時。
馬車が止まった。
しばらくしてアスタフェルが入ってくる。
「荷物、全部あったぞ。全部荷馬車に載せた」
今日買ったものの回収である。
「そうか、よかった。ありがとう。じゃあオマエは御者台に行って、家の場所を案内してくれ」
「それが御者がいうには家の場所知ってるんだと。以前あの家に住んでいた魔女に世話になったとかで」
という言葉を裏付けるように、馬車はまた動き出した。
「ジャンザ、代わろう。お前は夫人の横に座れ」
「オマエが犬見てもよく分からないだろ。オマエが座れよ」
そう断ったが、アスタフェルは聞き付けなかった。
「女が床に膝をついているのに男が椅子に座れるわけないだろう。それでは婚約者の名がすたる」
とワタシの隣に膝を抱えて座り込んだ。
……こういう、どうでもいいところで見栄をはるのってなんなんだろう。
「いや婚約者ってオマエ」
あまりにも自然に言いやがったので思わずスルーするところだった。ちゃんと訂正しておかないと。夫人の……貴族の前なのだし。
貴族は噂話が大好きだ。王子様に付きまとう魔女の話など格好の餌食だし、その魔女に婚約者がいるなどという噂がたてば、それがいつ王子の耳に入るかなどしれたものではない。
「お前、あの家にずっと住んでるわけではないのか?」
だが、ワタシのすぐ横で……膝で立つワタシより少し低いところで、白銀の髪のアスタフェルが明るい空色の瞳でワタシを見上げてきて、ワタシはドキッとしてしまった。
なんというか、不意打ちだった。こういう、教えを請うてくるような上目遣いに弱いのかもしれない、ワタシは。
0
あなたにおすすめの小説
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる