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第10話 予告状

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「さて……、私の予告状は読んでくれたのかな、ルース君!」

 参加者が作り出す大騒動のなか、怪盗の声はそれでも響いてきた。

「くそっ、あれは本当だったのか……!」

 ルース殿下が悔しがっているのが暗闇でもわかる。

「予告状ですって?」

「ええ。ルース殿下のもとには予告状が来ていたのです」

 と、ルミナ様の連行を命じられた頬に刀傷のある衛兵が応えてくれた。

「もっとも、ルース殿下は本気にはされていないようでしたが……」

「殿下! 何故そのような面白、いえ大変な事を私に教えてくれなかったのですか! 私は探偵令嬢ですよ? 対怪盗としても専門家ですのに!」

「あのときはまだお前がルミナを殺そうとした極悪人だと思っていたし……。だいたい予告状など本気にするか、普通? 盗む気があるなら黙って盗むだろう。夜会での宝石の盗難などよくあることではないか!」

「私なら本気にしますわね」

「おお、さすがはシルヴィア様だ」

 と、衛兵が感心した声をあげる。

「探偵令嬢と呼ばれるだけのことはある。あなたが予告状を受け取ればよかったのにと、心の底から思いますよ」

 ちょっとこそばゆいけど、褒めらて悪い気はしないわね。

「ふふ。衛兵さん、おだててもなにも出ませんわよ?」

「今のがおだてになるのかい? やっぱ変わってるわね、アンタ。探偵令嬢なだけわあるわよ」

「さてはそこなるご令嬢!」

 また声だけの怪盗の声が響き渡った。

 ……いや、これ。声音を似せてはいるけど、さっきの怪盗とは微妙に声が違くない?
 しかも近いところから聞こえてくるみたい。

 怪盗は複数いる……ってこと?

「さては君が身に着けたるその宝石……、君ではいささか不相応だな。至宝は相応しき人物が手にしてこそ至宝。君もそうは思わんかね?」

 あら。あの怪盗、ルミナ様が身につけたピンクダイヤモンドの首飾りを狙っているのね。

「ふん、どうせ『その首飾りがこの世で最も似合うのは私だ!』とか言うつもりなんだろ」

 被った令嬢を脱ぎ捨てモードのルミナ様がぶつくさと毒づけば、

しかり!」

 と声だけの怪盗は一言だけで堂々と請け負ったのであった。

「ちょっと待て! この首飾りの正当なる持ち主は俺だからな!」

「ふふっ。ルース・ハルツハイム……ハルツハイム王国の第二王子、か。君は自分の幸運に感謝するんだな」

「え? なんか俺いいことあったのか?」

「もちろんだとも。なんと君は怪盗皇子ブラックスピネル初名乗りのターゲットに選ばれたのだよ! 今宵という夜は、君の間抜け面が私の華やかなる活躍史の第一ページめに記されるという記念すべき夜になったのだ。末代まで讃えるべき偉業ではないか!」

「くっそぅ……よく分からんが滅茶苦茶馬鹿にされているということだけは分かるぞ……!」

 と。そこで突然衛兵が叫んだのだ。

「み、見ろ!」

 ルミナ様を掴んでいないほうの腕を素早く振り上げて、衛兵はシャンデリアを指さす。

「あそこだ! あそこに怪盗がいるぞ!」

 衛兵の声が合図であったかのように、シャンデリアに一本のロウソクが灯った。
 たった一本のロウソクだったが、ホールの暗闇に順応していた目には眩しいくらいに明るい。

 シャンデリアに誰かが立っていた。シルクハットにマント――みるからに怪盗な怪盗だ。とはいえ遠いし暗いしで、はっきりと確認はできない。

 ……でも、それを見た私は違和感を覚えた。

「……?」

 シャンデリアは上から吊しているだけなので、人間一人が乗ればバランスは保てないんじゃないの?

 なのにシャンデリアは怪盗を立たせてなお傾きもしていないのだ。

 もっとよく見ようと目を凝らしたとたん、すぐにロウソクの光は消えて、違和感があるシャンデリアの上の怪盗も見えなくなってしまった。

「さて、これから宝石をいただきに君のところに降りていこうぞ。それまでの間、誰にもその宝石を渡すことのなきようにな!」

「くっそぅ、勝手なこと抜かしやがって……」

 再び訪れた暗闇のなか、悔しがるルース殿下であった。

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