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第13話 笑う衛兵

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「ではシルヴィア、これを俺の部屋に持っていけ。そして金庫に入れるように」

「……かしこまりました、殿下」

 殿下に宝石の首飾りを渡される私。ジャラリ、とけっこうな重量が私の手のなかに落ちた。

 どうして私がこれを殿下の部屋になんか持って行かなければならないんだろう……。空虚な思いが胸を支配する。どうしてこの馬鹿みたいな茶番を止められないのよ……。

 と、ルミナ様を拘束している衛兵が動いた。

「……で、殿下」

 衛兵は震える手で腰に付けた剣を鞘ごととり、ルース殿下に差し出したのだ。

「ど、どうかこれをお持ちく、下さい」

 カタカタカタ、と剣が小さく音を立てている。

「怪盗を迎え撃つには武器がいりましょうから……」

「おお、感謝する。そなたも怖いだろうが、落ち着き、令嬢をきちんとエスコートするのだぞ」

「かっ、かしこまりました……」

 小刻みに震える肩。

 怖そうに……?

 ……?
 いやこれ……笑っ……てる?

 え、なに? どういうこと?

 だが殿下はまったくなんにも気づかずに、衛兵にきっぱりと命じたのだ。

「衛兵、ルミナを解放せよ。そしてルミナ、今すぐ逃げよ! できるだけ大声をあげながらだ!」

「らじゃーですっ」

 衛兵が腕を放したとたん、ルミナ様は元気にピッと敬礼をした。

「信じてくれてありがとうございますです、ルース殿下。では、またお会いしましょうです!」

 言うが早いがくるりと背を向け、ダッと走り出す。

「きゃあああああああ、怪盗が、怪盗がルミナのこと襲いにくるですぅううううう!!!! 怖いですううう!!!」

 大声で叫びながら混乱が続くホール内を突っ切っていく。

「ではシルヴィア、手はず通りに!」

「……かしこまりました」

 なんにせよ、もうここまできたら私に出る幕なんかない。納得いかないとはいえ第二王子に命じられたのだから、それを遂行するだけだ。

「いきますわよ、衛兵さん」

「かしこまりましたシルヴィア様」

「「せーの」」

 息を吸い、私たちは目を合わせ――たところで、私は言葉を失った。

 ……衛兵の黄金の瞳。私はこの目を知っている。
 忘れるはずなんてないわよ。

 ああ――そういうことか!

 そのとき、私は全てを悟った。

 この人、衛兵なんかじゃないわ! この人……いえ、この方……この方は……!

「ルミナ様が逃げたぞー!!!!」

 衛兵は一人で叫ぶと、私の手を引いて駆けだした!

 走りながら、私は彼のさわり心地のいい手に気づいた。

(あ、そうか……)

 なんで彼に違和感があったのか、私は今になってようやく理解した。

 この人の手って、指が長くてすべすべしてすごく触り心地がいいんだ。

 つまり、頬に刀傷があるような衛兵にしては手が綺麗すぎるのよ。それが違和感だったんだ!

 それから私は、絡めた衛兵の指に指輪がないことに胸をなで下ろしたのだった。

 よかった、ほんとに。
 ここまできてこの人に決まった人がいるとかいわれたら立ち直れないところだったわよ。



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