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第14話 怪盗を待ちわびて(ルース視点)
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誰もいない静かなホールで、俺はりんりんと燃え立つ正義心を押さえつつ、剣を片手に立っていた。
もちろん、俺が待っているのは不埒な怪盗ブラックスピネルだ。
それが、ルミナの考えてくれた計画だった。
もとをたどればすべての元凶はシルヴィアであった。
俺は主催する夜会で、探偵気取りの大悪女シルヴィア・ディミトゥールを断罪する予定だった。そこで男爵令嬢ルミナ・ベナビデスを正式な俺の婚約者として発表する予定だったのだ。
だがそれは、ルミナの劇的な裏切りにより絶たれてしまった。
なんとルミナこそが悪女だったのだ。
俺はルミナに騙されていたのである。
……だが、ここでまたもや大逆転が巻き起こった。
土壇場でルミナは令嬢としての心を取り戻したのだ。首飾りも返してくれた。
俺の愛が奇跡を起こしたのだ!
すさんだ心の堕天使ルミナは、俺の与えた真実の愛に触れて天使としての心を取り戻したのだ。
なのに、ああ……あきれ果ててしまうではないか。シルヴィアはこの期に及んでルミナを疑っていたのである。
なんと心の醜い女であろう。
顔かたちの良さで内側の醜さを誤魔化すシルヴィアこそが、本当の意味において、救いようのない堕天使だったのだ。
ああ、ルミナ。よくぞシルヴィアの化けの皮をここまで剥いでくれた。
俺もあと少しでシルヴィアに騙されるところだった。シルヴィアの醜さを俺に教えてくれたルミナ……ルミナはそうやって俺に恩返ししてくれたのだ。
真贋を見極める美しき瞳、これこそルミナが持って生まれた資質なのだろう。
そんな真実を見抜く目を持つ天使に惚れられた俺である。俺が男としてひとかどのものだということは、もはや自明の理なのだ。
心を取り戻した天使ルミナは聡明なる見地により素晴らしい策を授けてくれた。
ルミナは俺に首飾りを返し、なにも持たず、一人で怪盗を引きつけて逃げてしまった。
なんと危険な役回りか。恐がりで泣き虫のルミナがこのような勇気ある行動に出るだなんて……。俺が与えた真実の愛というものの尊さが分かるではないか。
恐がりな少女は愛に触れて、勇気ある令嬢に成長したのである。
ああ、ルミナ。心を取り戻した天使がどこへ行こうと、俺は止めない。
天使は翼のままに自由に大空を駆ければ良い。天使は空に還す。
気が向いたときに俺という止まり木に羽を休めに来てくれればそれでいい。また会ったときにはとびきりの笑顔を見せて遅れ、我が天使ルミナよ……。
肝心の首飾りだが、いま俺は持っていない。
ルミナは首飾りをシルヴィアにたくしたのだ。
シルヴィアはルミナを憎んでいる。そのシルヴィアを信じ、大切なものをたくしたのだ。
ルミナ……ああ、ルミナ。お前はなんと心の綺麗な女なのだろう。まさに天使だ。
それに引き替えシルヴィアときたら、最後の最後までルミナを信用していなかった。
ルミナの策はルミナが逃げるために作られたものだから信じるな、とまで言ってのけた。
どれだけルミナを悪役に仕立て上げれば気が済むというのか! あの悪女め……! 腹が立って仕方がない。
シルヴィアに婚約破棄を言い渡した俺の選択は間違っていなかった。
もはやルミナが羽ばたいていってしまったとしても、俺がシルヴィアと復縁することなどないのだ。
ルミナはシルヴィアに、首飾りを俺の部屋の金庫に入れるという大事な役目を与えた。
その役目のシルヴィアが選ばれた理由は、いちばん首飾りが似合わない女だからだという。
笑わせてくれるではないか。やはりルミナは真実を見る目がある。天使はまやかしの美しさなどに惑わされないのだ。
そして、そんなルミナに惚れられた俺は、本当に素晴らしい男だということになる。
かくいう俺に、ルミナは見せ場を用意してくれた。
この場に残り、怪盗と一騎打ちをせよというのだ。
これほどの見せ場をもらえるとは思っていなかった。本当にルミナは俺のことをよく見てくれている。感謝しかない。
我が天使ルミナよ。
お前の想いに応えよう。
俺はここに残り、この剣で怪盗と相まみえ、見事怪盗に打ち勝ってみせよう。
それが俺の、お前への恩返しだ。
それに、素晴らしい活躍をすれば、きっとルミナは再び俺の元に舞い降りてくれる――そんな予感がしているのだ。
……俺の予感はよく当たる。思えばシルヴィアが心の醜い女だと一目で見抜いた俺である。観察眼は飛び抜けているのである。
ルミナ……見ていてくれ、ルミナ。俺は必ずやってみせる……!
――そのはずだったのに。
どうして俺はいま、誰一人いない暗くなったパーティーホールで、たった一人でぽつねんと怪盗を待ち続けているのだろうか。
俺の身に何が起こったというのか。
あれからどれくらいの時が過ぎたのだろう。
この会場、暗いし広いし誰もいないし……。
正直、心細い。
なんで俺がこんな目に遭わなければならないのだ、などというよからぬ想いが胸に渦巻いてしまうのを止められない。
俺はただ、怪盗と一騎打ちする英雄に憧れただけなのに。待てど暮らせど肝心の怪盗がこないだなんて……。
……まさか……? いやそんなことはない。あるはずがない。あるはずがないではないか。
だが気づいてしまったその悪夢に、背筋にヒヤっとしたものが流れてしまうのを止められない。
……俺は、まさか、騙されたのか?
誰に? ……ルミナではない。ルミナであるはずがないのだ。何故ならルミナは俺の愛に触れて正気を取り戻した愛の天使なのだから。
きっとシルヴィアだ。あの悪女が俺を騙したのだ。なにをどう騙したのかは分からないが、悪いのはシルヴィアだ。そうに決まっているではないか。
だが、今さらながら、シルヴィアの言葉が耳によみがえるのだ。
『ルミナ様は逃げようとしているだけですわよ』
『あなたはルミナ様に騙されていたのですよ? ぜんぜん信頼になど足らない人だと、先ほど身をもって分かられたはずですわよね?』
そんなはずはない。そんなはずはない。
ルミナは俺が与えた真実の愛で目覚めた愛の天使なのだ。俺は間違っていない。俺が間違っているなど、あってはいけないのだ。
俺の真実の愛は絶対なのだから。
なんで来ない、怪盗ブラックスピネル。これでは俺は、ただの騙された哀れな男ではないか。
……俺が、騙された?
そんなことはない。
俺は間違ってなどいない。あるはずがない。ではなんでこんなことになっているのだろう。
早く来てくれ、怪盗。
早く。早く、早く。早く……。
もちろん、俺が待っているのは不埒な怪盗ブラックスピネルだ。
それが、ルミナの考えてくれた計画だった。
もとをたどればすべての元凶はシルヴィアであった。
俺は主催する夜会で、探偵気取りの大悪女シルヴィア・ディミトゥールを断罪する予定だった。そこで男爵令嬢ルミナ・ベナビデスを正式な俺の婚約者として発表する予定だったのだ。
だがそれは、ルミナの劇的な裏切りにより絶たれてしまった。
なんとルミナこそが悪女だったのだ。
俺はルミナに騙されていたのである。
……だが、ここでまたもや大逆転が巻き起こった。
土壇場でルミナは令嬢としての心を取り戻したのだ。首飾りも返してくれた。
俺の愛が奇跡を起こしたのだ!
すさんだ心の堕天使ルミナは、俺の与えた真実の愛に触れて天使としての心を取り戻したのだ。
なのに、ああ……あきれ果ててしまうではないか。シルヴィアはこの期に及んでルミナを疑っていたのである。
なんと心の醜い女であろう。
顔かたちの良さで内側の醜さを誤魔化すシルヴィアこそが、本当の意味において、救いようのない堕天使だったのだ。
ああ、ルミナ。よくぞシルヴィアの化けの皮をここまで剥いでくれた。
俺もあと少しでシルヴィアに騙されるところだった。シルヴィアの醜さを俺に教えてくれたルミナ……ルミナはそうやって俺に恩返ししてくれたのだ。
真贋を見極める美しき瞳、これこそルミナが持って生まれた資質なのだろう。
そんな真実を見抜く目を持つ天使に惚れられた俺である。俺が男としてひとかどのものだということは、もはや自明の理なのだ。
心を取り戻した天使ルミナは聡明なる見地により素晴らしい策を授けてくれた。
ルミナは俺に首飾りを返し、なにも持たず、一人で怪盗を引きつけて逃げてしまった。
なんと危険な役回りか。恐がりで泣き虫のルミナがこのような勇気ある行動に出るだなんて……。俺が与えた真実の愛というものの尊さが分かるではないか。
恐がりな少女は愛に触れて、勇気ある令嬢に成長したのである。
ああ、ルミナ。心を取り戻した天使がどこへ行こうと、俺は止めない。
天使は翼のままに自由に大空を駆ければ良い。天使は空に還す。
気が向いたときに俺という止まり木に羽を休めに来てくれればそれでいい。また会ったときにはとびきりの笑顔を見せて遅れ、我が天使ルミナよ……。
肝心の首飾りだが、いま俺は持っていない。
ルミナは首飾りをシルヴィアにたくしたのだ。
シルヴィアはルミナを憎んでいる。そのシルヴィアを信じ、大切なものをたくしたのだ。
ルミナ……ああ、ルミナ。お前はなんと心の綺麗な女なのだろう。まさに天使だ。
それに引き替えシルヴィアときたら、最後の最後までルミナを信用していなかった。
ルミナの策はルミナが逃げるために作られたものだから信じるな、とまで言ってのけた。
どれだけルミナを悪役に仕立て上げれば気が済むというのか! あの悪女め……! 腹が立って仕方がない。
シルヴィアに婚約破棄を言い渡した俺の選択は間違っていなかった。
もはやルミナが羽ばたいていってしまったとしても、俺がシルヴィアと復縁することなどないのだ。
ルミナはシルヴィアに、首飾りを俺の部屋の金庫に入れるという大事な役目を与えた。
その役目のシルヴィアが選ばれた理由は、いちばん首飾りが似合わない女だからだという。
笑わせてくれるではないか。やはりルミナは真実を見る目がある。天使はまやかしの美しさなどに惑わされないのだ。
そして、そんなルミナに惚れられた俺は、本当に素晴らしい男だということになる。
かくいう俺に、ルミナは見せ場を用意してくれた。
この場に残り、怪盗と一騎打ちをせよというのだ。
これほどの見せ場をもらえるとは思っていなかった。本当にルミナは俺のことをよく見てくれている。感謝しかない。
我が天使ルミナよ。
お前の想いに応えよう。
俺はここに残り、この剣で怪盗と相まみえ、見事怪盗に打ち勝ってみせよう。
それが俺の、お前への恩返しだ。
それに、素晴らしい活躍をすれば、きっとルミナは再び俺の元に舞い降りてくれる――そんな予感がしているのだ。
……俺の予感はよく当たる。思えばシルヴィアが心の醜い女だと一目で見抜いた俺である。観察眼は飛び抜けているのである。
ルミナ……見ていてくれ、ルミナ。俺は必ずやってみせる……!
――そのはずだったのに。
どうして俺はいま、誰一人いない暗くなったパーティーホールで、たった一人でぽつねんと怪盗を待ち続けているのだろうか。
俺の身に何が起こったというのか。
あれからどれくらいの時が過ぎたのだろう。
この会場、暗いし広いし誰もいないし……。
正直、心細い。
なんで俺がこんな目に遭わなければならないのだ、などというよからぬ想いが胸に渦巻いてしまうのを止められない。
俺はただ、怪盗と一騎打ちする英雄に憧れただけなのに。待てど暮らせど肝心の怪盗がこないだなんて……。
……まさか……? いやそんなことはない。あるはずがない。あるはずがないではないか。
だが気づいてしまったその悪夢に、背筋にヒヤっとしたものが流れてしまうのを止められない。
……俺は、まさか、騙されたのか?
誰に? ……ルミナではない。ルミナであるはずがないのだ。何故ならルミナは俺の愛に触れて正気を取り戻した愛の天使なのだから。
きっとシルヴィアだ。あの悪女が俺を騙したのだ。なにをどう騙したのかは分からないが、悪いのはシルヴィアだ。そうに決まっているではないか。
だが、今さらながら、シルヴィアの言葉が耳によみがえるのだ。
『ルミナ様は逃げようとしているだけですわよ』
『あなたはルミナ様に騙されていたのですよ? ぜんぜん信頼になど足らない人だと、先ほど身をもって分かられたはずですわよね?』
そんなはずはない。そんなはずはない。
ルミナは俺が与えた真実の愛で目覚めた愛の天使なのだ。俺は間違っていない。俺が間違っているなど、あってはいけないのだ。
俺の真実の愛は絶対なのだから。
なんで来ない、怪盗ブラックスピネル。これでは俺は、ただの騙された哀れな男ではないか。
……俺が、騙された?
そんなことはない。
俺は間違ってなどいない。あるはずがない。ではなんでこんなことになっているのだろう。
早く来てくれ、怪盗。
早く。早く、早く。早く……。
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