22 / 23
第22話 閑話・アステル殿下からのプレゼントその2「七つ道具」
しおりを挟む
急な鳥の出現により、ポレットがパニックになってしまった我が探偵事務所。
そこにちょうどやってきたアステル殿下なんだけど……。
それが、かえって良かった、なんて。どういうことなのだろう?
首を傾げる私に向かって彼は言った。
「宝石の名付けを頼んだだろう?」
「はい」
それが本来のアステル殿下来訪の目的だった。
私はピンクダイヤモンドの首飾りの名付けを頼まれていたから。
「じつはあの宝石、君にプレゼントするつもりだったんだ。名付けの報酬代わりにね。お洒落な計画だろ?」
「えっ」
あの首飾りを、私に?
「で、ですが殿下、あの首飾りは……」
苦い顔になってしまう私。
いまは防犯のため、探偵事務所内の金庫の中にしまってある首飾りだけれど……。
あの首飾りには嫌な思い出がありすぎて、くれるといっても苦手意識のほうが先にきてしまう。
アステル殿下は頷いた。
「ああ。父に相談したら、ダメだ、とはっきり言われたよ」
「そうですか」
思わずホッと胸をなで下ろしてしまう私だった。
「ビュシェルツィオ国皇陛下の判断は当然ですわ。あれはとても高価なものですし、そもそもあの宝石は……あなたの持ち物ではなくビュシェルツィオ陛下のものなのでしょう?」
「まあ、そういうことかな。父にとってはようやく手元に帰ってきた宝物なわけだしね……。君に名付けてもらったら、金庫のなかに仕舞いっぱなしにする予定なんだ、父は。まあ、それはいいいや」
アステル殿下はそこで少し言葉を切ったあと、
「というわけで、代わりといってはなんだけど――君には僕から首飾りをプレゼントしようと思ってね。あ、もちろん仕事の報酬と別にだよ。あくまでも、婚約者としての僕からのプレゼントだ」
とにっこり笑ったのだった。
「そうだったのですか、ありがとうございます」
そんなに気を遣ってくれなくても……とは思う。嬉しいは嬉しいんだけどね。
こうしてビュシェルツィオでの拠点となる屋敷をくれたのだけでももの凄いプレゼントなのだから。しかも探偵事務所の初仕事までくれたのよ、この殿下は。
「君にピッタリの……まあ、説明より先に現物を見てくれ。いま必要な物だからね。どうぞ」
と、殿下は綺麗にラッピングされたプレゼントボックスを私に差し出してきた。
「いま必要……? ということは、いまここで開けたほうがいいのかしら」
「もちろんだとも。即効性あるよ、それ」
殿下が自信たっぷりな様子で言うので、私はいそいで受け取ることにした。
「分かりました。では、失礼しますわ」
そして私はリボンを解き、包装紙を剥がしていく……。
「……」
中に入っていた箱を開けると、そこには――。
「まあ、綺麗……」
私が思わず感嘆の声を上げるほど、それは見事な細工の首飾りだった。
銀製だろうか? とても繊細な作りで、大粒の宝石が七つ連なっていた。宝石は七つすべてが黄金色だ。
「これは、トパーズですか?」
「うん。綺麗だろう? 僕の目の色に合わせてみたよ。愛しの婚約者に贈るものだからね」
「まあ、ロマンティックですわね」
確かに殿下の目と同じ黄金色をした宝石であった。
婚約者に自分の瞳の色と同じ宝石を贈る……か。すごくロマンティックな贈り物だということは理解できるのだが、正直、私はそういうロマンティックにはあまり興味がない。
でも、これがいま必要、と殿下はいった。なんだろう?
見た感じ、これは殿下の瞳の色をしたただの首飾りだけど……。
「……あっ、烏は光り物に弱い、ということですか? この首飾りには特に出書烏が好むような細工をしてある、とか。だからあの伝書烏をここにおびき寄せることができる、とか?」
「半分正解。……ちょっといい? ええっと、ここをこうして……」
と、殿下は箱から首飾りを取り出して黄金の宝石の台座部分をいじりはじめた。
「それで、ここの金具を押しながら外して、現れたこのボタンを……」
「あっ」
思わず声が出てしまう。なんと台座から小さな突起が現れたのだ。殿下が引っ張り出すと、それは笛になった。
黄金の宝石が台座ごと小さな笛になったのだ。
「え、これはいったい」
「鳥笛だよ。あの鳥に向かって吹いてごらん」
とトパーズの首飾りごと小さな小さな笛を渡してくる殿下。
それを受け取って、私は息を吸い――。
「――――――――――っ!!」
笛は音を発さない。ただ、私の息が吹き抜ける音だけがした。
――の、だが。
白烏への効果はてきめんだった。烏は首を傾げ、すぐに翼を広げて降りてきたのだ。
「ぎゃあああっ!!!!」
ポレットが悲鳴をあげて部屋の隅に逃げる。
その騒動のなかを、白い烏は私の肩に舞い降りてきて、さっと優雅にとまったのだった。
「これは……!」
「伝書鳥は鳥笛で来るように訓練されているからね」
「いえ、この首飾りは、いったい……?」
一見、普通の首飾りなのに。
鳥笛になった、ですって!?
アステル殿下がニヤリと笑った。
「ふふふ。探偵七つ道具ってやつさ」
「!」
「一つの宝石に一つの仕掛けを施してあるんだ。七つあるだろ? だから七つ道具ってわけ。あとで使い方を教えるよ」
え、凄い。なにそれ。探偵七つ道具ですって? ほんとに? これ、そんなに凄い首飾りなの!?
「で、殿下……。これを私にいただけるのですか!?」
「ああ。きっと君はピンクダイヤモンドの首飾りよりも探偵七つ道具を仕込んだ七連首飾りの方が喜ぶだろうな、と思ってね。作ってみたよ」
もう、もう……。なんて素敵なプレゼントをくれるのよ、この人ったら!
こんなにも私の好みを分かってるなんて。さすがアステル殿下だわ!
「……ありがとうございます。大切にしますわ!」
「大切にするよりもガンガン使ってくれよな。修理や改造はいつでも承るからね」
「え、これってアステル殿下が作られたのですか?」
「ああ、そうだよ。こういう細工は得意なんだ」
なんてウインクするアステル殿下であった。
まあ、アステル殿下って怪盗ブラックスピネルの正体でもあるんだし……。こういう秘密道具を作るのはお手の物なのね。
「では、遠慮なく頂戴いたしますわ」
私はさっそく、銀の鎖を通して首にかけてみる。
――と思ったが、まずは肩にとまった白烏を接客室のすみにある鳥かごに移した。
伝書烏による手紙のやりとりは財力のある上流階級の間では一般的なものなので、執務室や書斎にはたいていこうした伝書烏用の鳥かごがあるのだ。
それから改めて、銀の鎖を首に通してみる。
豪華な黄金色の宝石が、私の胸でキラリと光った。
「似合いますかしら?」
「ああ、とても」
殿下は嬉しそうな顔をした。
「ふふふ。自画自賛していいかな?」
「どうぞどうぞ」
「やっぱり君には黄金の宝石が似合うな。僕の瞳の色が黄金色でよかったよ」
「ありがとうございます、殿下」
うん、殿下の見立ては正しい。
私にはピンクより黄金のほうが――殿下の瞳の色のほうが似合うし、それになにより探偵七つ道具が仕込まれた首飾りの方が性に合っている。
ああ、いいものを貰ってしまったわ……!
「……ところでポレットは? やけに静かだけど」
「そういえば。ポレット? どこにいるの?」
私が振り向くと、そこには部屋の隅で顔を引きつらて、背中で本棚を押したポレットがいた。
「……」
「え?」
微動だにしないポレットに、私は思わず声をあげてしまった。どうしたの、これ……。
「もしかして」
殿下がポレットの顔をのぞき込むが、それでもポレットは動かない。それどころか瞬きすらしないのだ。まるで人形のように。
「あ、やっぱり。気絶してる。びっくりしすぎたんだな」
「……鳥ですか……」
私は鳥かごの中の白烏を見た。烏は、こてん、と首を傾げる。まるで、「僕が何か?」とでも言っているみたいに。
……よほどショックが大きかったのね、ポレット……。
「……可哀想なことをしてしまいましたわ」
「とりあえず、寝かせて様子を見よう。重体そうなら医者を呼ぶ。それから、目が乾燥するといけないから目はとじさせよう」
「わかりました。ええと……」
見渡すと、すぐそこにちょうどいい長ソファーがある。
「そこに寝かせましょう。毛布は私が持ってきます」
「ああ、頼んだよ」
そういえばまだ伝書烏が持ってきてくれた手紙を見ていないけど、そんなこといっている場合じゃないわね。
まずはポレットよ。
手紙はポレットを寝かせてから確認しましょう。
そこにちょうどやってきたアステル殿下なんだけど……。
それが、かえって良かった、なんて。どういうことなのだろう?
首を傾げる私に向かって彼は言った。
「宝石の名付けを頼んだだろう?」
「はい」
それが本来のアステル殿下来訪の目的だった。
私はピンクダイヤモンドの首飾りの名付けを頼まれていたから。
「じつはあの宝石、君にプレゼントするつもりだったんだ。名付けの報酬代わりにね。お洒落な計画だろ?」
「えっ」
あの首飾りを、私に?
「で、ですが殿下、あの首飾りは……」
苦い顔になってしまう私。
いまは防犯のため、探偵事務所内の金庫の中にしまってある首飾りだけれど……。
あの首飾りには嫌な思い出がありすぎて、くれるといっても苦手意識のほうが先にきてしまう。
アステル殿下は頷いた。
「ああ。父に相談したら、ダメだ、とはっきり言われたよ」
「そうですか」
思わずホッと胸をなで下ろしてしまう私だった。
「ビュシェルツィオ国皇陛下の判断は当然ですわ。あれはとても高価なものですし、そもそもあの宝石は……あなたの持ち物ではなくビュシェルツィオ陛下のものなのでしょう?」
「まあ、そういうことかな。父にとってはようやく手元に帰ってきた宝物なわけだしね……。君に名付けてもらったら、金庫のなかに仕舞いっぱなしにする予定なんだ、父は。まあ、それはいいいや」
アステル殿下はそこで少し言葉を切ったあと、
「というわけで、代わりといってはなんだけど――君には僕から首飾りをプレゼントしようと思ってね。あ、もちろん仕事の報酬と別にだよ。あくまでも、婚約者としての僕からのプレゼントだ」
とにっこり笑ったのだった。
「そうだったのですか、ありがとうございます」
そんなに気を遣ってくれなくても……とは思う。嬉しいは嬉しいんだけどね。
こうしてビュシェルツィオでの拠点となる屋敷をくれたのだけでももの凄いプレゼントなのだから。しかも探偵事務所の初仕事までくれたのよ、この殿下は。
「君にピッタリの……まあ、説明より先に現物を見てくれ。いま必要な物だからね。どうぞ」
と、殿下は綺麗にラッピングされたプレゼントボックスを私に差し出してきた。
「いま必要……? ということは、いまここで開けたほうがいいのかしら」
「もちろんだとも。即効性あるよ、それ」
殿下が自信たっぷりな様子で言うので、私はいそいで受け取ることにした。
「分かりました。では、失礼しますわ」
そして私はリボンを解き、包装紙を剥がしていく……。
「……」
中に入っていた箱を開けると、そこには――。
「まあ、綺麗……」
私が思わず感嘆の声を上げるほど、それは見事な細工の首飾りだった。
銀製だろうか? とても繊細な作りで、大粒の宝石が七つ連なっていた。宝石は七つすべてが黄金色だ。
「これは、トパーズですか?」
「うん。綺麗だろう? 僕の目の色に合わせてみたよ。愛しの婚約者に贈るものだからね」
「まあ、ロマンティックですわね」
確かに殿下の目と同じ黄金色をした宝石であった。
婚約者に自分の瞳の色と同じ宝石を贈る……か。すごくロマンティックな贈り物だということは理解できるのだが、正直、私はそういうロマンティックにはあまり興味がない。
でも、これがいま必要、と殿下はいった。なんだろう?
見た感じ、これは殿下の瞳の色をしたただの首飾りだけど……。
「……あっ、烏は光り物に弱い、ということですか? この首飾りには特に出書烏が好むような細工をしてある、とか。だからあの伝書烏をここにおびき寄せることができる、とか?」
「半分正解。……ちょっといい? ええっと、ここをこうして……」
と、殿下は箱から首飾りを取り出して黄金の宝石の台座部分をいじりはじめた。
「それで、ここの金具を押しながら外して、現れたこのボタンを……」
「あっ」
思わず声が出てしまう。なんと台座から小さな突起が現れたのだ。殿下が引っ張り出すと、それは笛になった。
黄金の宝石が台座ごと小さな笛になったのだ。
「え、これはいったい」
「鳥笛だよ。あの鳥に向かって吹いてごらん」
とトパーズの首飾りごと小さな小さな笛を渡してくる殿下。
それを受け取って、私は息を吸い――。
「――――――――――っ!!」
笛は音を発さない。ただ、私の息が吹き抜ける音だけがした。
――の、だが。
白烏への効果はてきめんだった。烏は首を傾げ、すぐに翼を広げて降りてきたのだ。
「ぎゃあああっ!!!!」
ポレットが悲鳴をあげて部屋の隅に逃げる。
その騒動のなかを、白い烏は私の肩に舞い降りてきて、さっと優雅にとまったのだった。
「これは……!」
「伝書鳥は鳥笛で来るように訓練されているからね」
「いえ、この首飾りは、いったい……?」
一見、普通の首飾りなのに。
鳥笛になった、ですって!?
アステル殿下がニヤリと笑った。
「ふふふ。探偵七つ道具ってやつさ」
「!」
「一つの宝石に一つの仕掛けを施してあるんだ。七つあるだろ? だから七つ道具ってわけ。あとで使い方を教えるよ」
え、凄い。なにそれ。探偵七つ道具ですって? ほんとに? これ、そんなに凄い首飾りなの!?
「で、殿下……。これを私にいただけるのですか!?」
「ああ。きっと君はピンクダイヤモンドの首飾りよりも探偵七つ道具を仕込んだ七連首飾りの方が喜ぶだろうな、と思ってね。作ってみたよ」
もう、もう……。なんて素敵なプレゼントをくれるのよ、この人ったら!
こんなにも私の好みを分かってるなんて。さすがアステル殿下だわ!
「……ありがとうございます。大切にしますわ!」
「大切にするよりもガンガン使ってくれよな。修理や改造はいつでも承るからね」
「え、これってアステル殿下が作られたのですか?」
「ああ、そうだよ。こういう細工は得意なんだ」
なんてウインクするアステル殿下であった。
まあ、アステル殿下って怪盗ブラックスピネルの正体でもあるんだし……。こういう秘密道具を作るのはお手の物なのね。
「では、遠慮なく頂戴いたしますわ」
私はさっそく、銀の鎖を通して首にかけてみる。
――と思ったが、まずは肩にとまった白烏を接客室のすみにある鳥かごに移した。
伝書烏による手紙のやりとりは財力のある上流階級の間では一般的なものなので、執務室や書斎にはたいていこうした伝書烏用の鳥かごがあるのだ。
それから改めて、銀の鎖を首に通してみる。
豪華な黄金色の宝石が、私の胸でキラリと光った。
「似合いますかしら?」
「ああ、とても」
殿下は嬉しそうな顔をした。
「ふふふ。自画自賛していいかな?」
「どうぞどうぞ」
「やっぱり君には黄金の宝石が似合うな。僕の瞳の色が黄金色でよかったよ」
「ありがとうございます、殿下」
うん、殿下の見立ては正しい。
私にはピンクより黄金のほうが――殿下の瞳の色のほうが似合うし、それになにより探偵七つ道具が仕込まれた首飾りの方が性に合っている。
ああ、いいものを貰ってしまったわ……!
「……ところでポレットは? やけに静かだけど」
「そういえば。ポレット? どこにいるの?」
私が振り向くと、そこには部屋の隅で顔を引きつらて、背中で本棚を押したポレットがいた。
「……」
「え?」
微動だにしないポレットに、私は思わず声をあげてしまった。どうしたの、これ……。
「もしかして」
殿下がポレットの顔をのぞき込むが、それでもポレットは動かない。それどころか瞬きすらしないのだ。まるで人形のように。
「あ、やっぱり。気絶してる。びっくりしすぎたんだな」
「……鳥ですか……」
私は鳥かごの中の白烏を見た。烏は、こてん、と首を傾げる。まるで、「僕が何か?」とでも言っているみたいに。
……よほどショックが大きかったのね、ポレット……。
「……可哀想なことをしてしまいましたわ」
「とりあえず、寝かせて様子を見よう。重体そうなら医者を呼ぶ。それから、目が乾燥するといけないから目はとじさせよう」
「わかりました。ええと……」
見渡すと、すぐそこにちょうどいい長ソファーがある。
「そこに寝かせましょう。毛布は私が持ってきます」
「ああ、頼んだよ」
そういえばまだ伝書烏が持ってきてくれた手紙を見ていないけど、そんなこといっている場合じゃないわね。
まずはポレットよ。
手紙はポレットを寝かせてから確認しましょう。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
250
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる