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ふしぎなえぼし岩・4
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足取り重くバイクまで戻ってきたオレは、ヘルメットをかぶって、その質量を重荷に感じてしまった。元気が出てこないので、のっそりと後部座席またがる。そして、じいちゃんの腹に腕を巻きつけた。
キルルルン、ダットットットッ。
エンジン音は相変わらず小気味の良い音を立てているが、オレの心は弾まない。このヘルメット、紀文に貸してやろうかな。じいちゃんのバイクに乗ったら、楽しいんじゃないかな。
そんなことより、オレ、絶望的に頭が悪いな。
バイクは134号線を東から西へ、家の方向に向かって走っていく。
ああ、どうしよう。紀文は嘘なんかついてなかった。オレが当たり前のことに気づいていなかったというだけの話だ。なんだか耳がキーンとしてきて、エンジンの音もよく聞こえない。
どうしたらいいんだろう。
ついにオレを乗せたバイクは、旅のはじまりであり終わりでもある我が家に到着してしまった。
ドルンッ。
エンジンが止まる。熱くなったマフラーから、チキチキと音がする。
オレは意を決して、じいちゃんにヘルメットを預けた。いちはやく家に入るという英断なのだ。じいちゃんにはいつもどおり、外の片付けに時間をかけてもらおう。
玄関のドアを開ける。スニーカーのマジックテープをはがすのももどかしく、足をこすり合わせて放り出す。砂まみれのスニーカーだが、このまま脱ぎ散らかしてしまおう。母ちゃんに怒られるのはいた仕方ない。なにしろ人生における一大事なのだ。
廊下を滑るように走る。居間を駆け抜けて、勢いよく和室の引き戸をあける。
紀文はマンガを読んでいた。足を崩して座ったまま、オレの方に顔だけを向ける。その表情は、微笑むでも、眉をしかめるでもなかった。
よかった。とりあえず怒ってはいないみたいだ。
ずいずいと紀文に接近していく。
「なに?」
紀文は足をその場に残して、上半身をのけぞらせた。
オレは膝を突き合わせ、前のめりに正座する。
しっかり目を合わせる。息が荒すぎて、怪しいかもしれない。しかも勢い余って近づきすぎたため、紀文の鼻の頭がすべすべとしているところまでよく見える。
ただならぬ様子に気圧されたのか、紀文は読んでいたマンガのページに人差し指を挟んで、閉じた。
「えぼし岩、紀文の描いた形、してた」
まだ、紀文は身を固くしている。
「先っちょが左側向いてるの、ウソじゃなかった。ふしぎな岩だった」
徐々に緊張がほぐれたのか、紀文は不自然に反り返った上体を起こして、居直った。オレも、肩の力がようやく抜けてきた。
「あの絵、すごくうまかった」
紀文がちゃぶ台の上にマンガを置いた。口角が上がり、いつもどおりの笑顔を見せる。
「そりゃそうだ。しっかり実物を見ながら、描いたからね」
オレも笑った。実物を見たって、オレにはああは描けないのだから、やはり紀文はすごいんだ。
「ところで、なんでえぼし岩がふしぎなの?」
「ああ、それはね…」
オレはじいちゃんとの冒険の一部始終を話して聞かせた。紀文はえぼし岩のひみつに感嘆し、自分の小学校が軍の施設だったということについては「知らなかったよ」と驚いていた。戦後の歴史に詳しいわけではなかったのだ。
廊下から母ちゃんの叫び声が聞こえる。
「コラ健太、どうして家中が砂だらけになってるの!」
これはまずい。玄関で、スニーカーもろとも靴下を脱いで足をはたいておくべきだった。足の指のザリザリとした感触から、和室まで大量の海の砂を持ち込んでしまったことに気がついた。
夕食は、予告通り豪華絢爛なものとなった。ちゃぶ台に並ぶ、フライの盛り合わせ。赤と緑のカラフルなサラダ、たきたてのごはん、ワカメのたくさん入ったみそ汁。はやる気持ちを抑えて、いただきますと行儀よく手を合わせる。
オレは巨大なエビフライにかぶりつく。ザクザクとした衣に、ぷつりと歯切れのよい身。日頃の粗食に耐えてからの晩餐は、ひとしおだ。じいちゃんもいの一番にエビフライを頬張っている。巷じゃ年寄りは脂っこいものは食わないと言われているけれど、関係ないらしい。紀文もこのサイズにいたく感動して、ママが買ってくる冷凍品だとえんぴつほどの直径しかないとこぼしはじめた。
「フライになる前はさぞかし大きなエビだったんじゃろうな。えぼし岩でも歩いているぞ、でっかいエビが」
なんということだ、じいちゃんはえぼし岩に上陸したことまであったのか。こんなに身近に、謎の無人島を踏破した人間がいたとは。
オレたちはどうやったらあそこに行けるのか、エビの他にはなにがいるのか、口々に質問した。
意外なことにえぼし岩は、釣り客が日常的に上陸しており、あそこへ行くには磯渡しの船に乗ればいいのだと。灯台下暗しだ。
紀文が期待に胸を膨らませて言った。
「僕、えぼし岩に行って生き物を観察してみたいな」
「オレは、エビとアワビをバーベキューにしたい!」
鼻息荒く磯焼きに思いを馳せるオレを、居間から母ちゃんが一喝した。
「健太、それは密猟になるからダメだよッ」
【完】
キルルルン、ダットットットッ。
エンジン音は相変わらず小気味の良い音を立てているが、オレの心は弾まない。このヘルメット、紀文に貸してやろうかな。じいちゃんのバイクに乗ったら、楽しいんじゃないかな。
そんなことより、オレ、絶望的に頭が悪いな。
バイクは134号線を東から西へ、家の方向に向かって走っていく。
ああ、どうしよう。紀文は嘘なんかついてなかった。オレが当たり前のことに気づいていなかったというだけの話だ。なんだか耳がキーンとしてきて、エンジンの音もよく聞こえない。
どうしたらいいんだろう。
ついにオレを乗せたバイクは、旅のはじまりであり終わりでもある我が家に到着してしまった。
ドルンッ。
エンジンが止まる。熱くなったマフラーから、チキチキと音がする。
オレは意を決して、じいちゃんにヘルメットを預けた。いちはやく家に入るという英断なのだ。じいちゃんにはいつもどおり、外の片付けに時間をかけてもらおう。
玄関のドアを開ける。スニーカーのマジックテープをはがすのももどかしく、足をこすり合わせて放り出す。砂まみれのスニーカーだが、このまま脱ぎ散らかしてしまおう。母ちゃんに怒られるのはいた仕方ない。なにしろ人生における一大事なのだ。
廊下を滑るように走る。居間を駆け抜けて、勢いよく和室の引き戸をあける。
紀文はマンガを読んでいた。足を崩して座ったまま、オレの方に顔だけを向ける。その表情は、微笑むでも、眉をしかめるでもなかった。
よかった。とりあえず怒ってはいないみたいだ。
ずいずいと紀文に接近していく。
「なに?」
紀文は足をその場に残して、上半身をのけぞらせた。
オレは膝を突き合わせ、前のめりに正座する。
しっかり目を合わせる。息が荒すぎて、怪しいかもしれない。しかも勢い余って近づきすぎたため、紀文の鼻の頭がすべすべとしているところまでよく見える。
ただならぬ様子に気圧されたのか、紀文は読んでいたマンガのページに人差し指を挟んで、閉じた。
「えぼし岩、紀文の描いた形、してた」
まだ、紀文は身を固くしている。
「先っちょが左側向いてるの、ウソじゃなかった。ふしぎな岩だった」
徐々に緊張がほぐれたのか、紀文は不自然に反り返った上体を起こして、居直った。オレも、肩の力がようやく抜けてきた。
「あの絵、すごくうまかった」
紀文がちゃぶ台の上にマンガを置いた。口角が上がり、いつもどおりの笑顔を見せる。
「そりゃそうだ。しっかり実物を見ながら、描いたからね」
オレも笑った。実物を見たって、オレにはああは描けないのだから、やはり紀文はすごいんだ。
「ところで、なんでえぼし岩がふしぎなの?」
「ああ、それはね…」
オレはじいちゃんとの冒険の一部始終を話して聞かせた。紀文はえぼし岩のひみつに感嘆し、自分の小学校が軍の施設だったということについては「知らなかったよ」と驚いていた。戦後の歴史に詳しいわけではなかったのだ。
廊下から母ちゃんの叫び声が聞こえる。
「コラ健太、どうして家中が砂だらけになってるの!」
これはまずい。玄関で、スニーカーもろとも靴下を脱いで足をはたいておくべきだった。足の指のザリザリとした感触から、和室まで大量の海の砂を持ち込んでしまったことに気がついた。
夕食は、予告通り豪華絢爛なものとなった。ちゃぶ台に並ぶ、フライの盛り合わせ。赤と緑のカラフルなサラダ、たきたてのごはん、ワカメのたくさん入ったみそ汁。はやる気持ちを抑えて、いただきますと行儀よく手を合わせる。
オレは巨大なエビフライにかぶりつく。ザクザクとした衣に、ぷつりと歯切れのよい身。日頃の粗食に耐えてからの晩餐は、ひとしおだ。じいちゃんもいの一番にエビフライを頬張っている。巷じゃ年寄りは脂っこいものは食わないと言われているけれど、関係ないらしい。紀文もこのサイズにいたく感動して、ママが買ってくる冷凍品だとえんぴつほどの直径しかないとこぼしはじめた。
「フライになる前はさぞかし大きなエビだったんじゃろうな。えぼし岩でも歩いているぞ、でっかいエビが」
なんということだ、じいちゃんはえぼし岩に上陸したことまであったのか。こんなに身近に、謎の無人島を踏破した人間がいたとは。
オレたちはどうやったらあそこに行けるのか、エビの他にはなにがいるのか、口々に質問した。
意外なことにえぼし岩は、釣り客が日常的に上陸しており、あそこへ行くには磯渡しの船に乗ればいいのだと。灯台下暗しだ。
紀文が期待に胸を膨らませて言った。
「僕、えぼし岩に行って生き物を観察してみたいな」
「オレは、エビとアワビをバーベキューにしたい!」
鼻息荒く磯焼きに思いを馳せるオレを、居間から母ちゃんが一喝した。
「健太、それは密猟になるからダメだよッ」
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