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ふしぎなえぼし岩・3
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134号線の景色は、他の道路とはだいぶ雰囲気がちがう。東海道の国道1号線も松並木が残る部分に風情があると言われているが、オレはこっちのほうがわくわくする。松の木があるということは共通するが、ここではこんもりと繁って防砂林の役割を担っている。緑がとても濃い。バイクやクルマの音に混ざって聞こえてくる潮騒や、ムワッと鼻に飛び込んでくる潮の匂いも、海のそばであることを感じられて実にいいじゃないか。
野球場公園を通り過ぎて、看板に菱沼海岸と表示される地区になってきた。じいちゃんは、ちょっとした駐輪スペースになっているところにバイクを止めて、少し歩こうという。
海岸沿いのサイクリングロードは、ここまで続いている。この地点から降りるのは初めてのことで、砂から道路を守る竹ずの柵が延々と続く光景に目を瞬いた。じいちゃんは、柵の切れ目から砂浜に出られる場所を見つけて、ずんずんと波打ち際に向かって進んでいく。オレは慌てて追いかける。
ここはサザンビーチとは打って変わって、ずいぶんとさびしい浜だな。ただ砂と石がひろがるばかりだ。もちろん小洒落たカフェも食べ物屋も存在しない。人だってじいちゃんとオレをのぞけば、遠くの防波堤で釣り竿を振っているおっさんくらいしかいない。上空にトンビすら見当たらないという具合だから、ここには餌もないんだろう。
「じいちゃん、どこ行くの?」
「ふふふ、ついておいで」
一緒に来るように促されたものの、砂に足が取られて、思うように進まない。スニーカーは中まで砂だらけだ。こんなに砂まみれにしたことがバレたら、また母ちゃんに怒られてしまう。
足元に気を取られていると、じいちゃんが呼びかけてきた。
「健太、見えるかい? えぼし岩」
顔を上げると、そこには目をみはる光景があった。
一面に広がるマリンブルーの海面に、白い波。南西の方角に見える、えぼし岩。
その尖った先端は、「左側」を向いている。オレはあわてて、うわずった声をだしてしまった。
「なんで? えぼし岩の形が違う!」
わけが分からず、記憶の中のえぼし岩を反芻する。両手を上げて、体を右側に反らせたポーズをとってみる。けれどここから見える姿は、この前衛的なバナナポーズとは重ならない。えぼし岩の先が、つい先程サザンビーチで見たものとはまったく違っているのだ。
そう、これは紀文の描いた絵と同じ……。
汗だくになって歩いてきたオレに、じいちゃんはまたしても水筒を渡してくれた。金属の筒の中で、カラカラと氷の音がする。さっきはあんなに美味しいと思った水なのに、なんだか味気なくなってしまった。心なしか、風もすがすがしいというより、あたりが強く感じる。
それもこれも、えぼし岩のせいだ。狐につままれたような気分とは、こういうことなのだろうか。
バイク置き場に戻る途中、じいちゃんはサイクリングコースで足を止めた。そこには、自動車の進入を防ぐための石柱があった。不思議な形をした石柱が数メートルおきにニョキニョキと生えていること、そしてそれがえぼし岩をデフォルメしたオブジェであることに、今さら気がついた。オブジェのてっぺんは、リーゼントスタイルのポンパドールよろしく、ニュッと突き出している。
じいちゃんは石柱オブジェの前に立つと、オレに語りかけてきた。
「えぼし岩は、ふしぎな形をしているのさ」
オレとじいちゃんで石柱オブジェを囲むように立つ。えぼし岩を模した部分に視線を落とした。ポンパドール状の突起は、今、右側に見えている。
オレはオブジェに視線を向けたまま、その周りをぐるりと180度まわってみた。観察角度を変えていくと、突起も違って見えてくる。
最初はポンパドールが右手側だったのに、次第に真正面に重なって、ついには左手側に見えてしまう。オブジェの先っちょをまじまじと見つめながら、オレは大きくため息をついた。
これは、よく行くサザンビーチからは先っちょが右側に見えて、海岸を東の方へ進んでいけばいつかは左側に変わるってことなんだよな。この場所からは、えぼし岩がちゃんと紀文の描いたとおりになっているのだし。
「まあ、えぼし岩も百年後はまた違う形かもしれんな」
意気消沈のオレを慰めるように、じいちゃんが話す。
「今のえぼし岩だって、もともとの形とは違っとるんだよ」
もともとというのは、海の底にあった頃のことだろうか?
「健太は知っとるか? 第二次世界大戦中はこの辺に旧日本海軍の辻堂演習場というのがあって、戦後なんぞは米軍が来るようになった。そしてえぼし岩は、砲撃訓練の的になって集中砲火を浴びた。今でも、機関銃の弾丸なんかが上の方に食い込んで残ってる。びっくりするのは一番さきっちょ、な。てっぺんのあそこは、砲撃で欠けてしもうて今の形になった」
これには驚いた。
「じゃあ、えぼし岩の標高が変わってしまったってことなの?」
この話がもし富士山の一番高いところのものだったら、3776メートルを書き換えなければならない大惨事になっていたじゃないか。
「そうかもしれん。もっともえぼし岩の標高は、関東大震災や、江戸時代の元禄地震で1メートルちかく変わっているがな」
じいちゃんはカカカと笑って、最後にもう一つ教えてくれた。
「紀文の小学校だってあれさ、米軍施設の跡地だよ」
知識欲旺盛なオレは、この話に大いに刺激された。さすがじいちゃん、情報通の生き字引だ。えぼし岩以外にも、もっといろんなことを教えてくれるに違いない。
けれどふと我に返る。
紀文の言ってたことも正しかったんだ。そもそもこれって、「向きを変えると、形が変わって見える」などという簡単なことに気づいていなかった、オレのミスじゃないか。しかも、紀文の通ってる小学校は昔えぼし岩を砲撃した米軍の施設だったなんて史実があるくらいだから、あちらのほうがよっぽど知識に長けているに違いない。
どうしよう。
野球場公園を通り過ぎて、看板に菱沼海岸と表示される地区になってきた。じいちゃんは、ちょっとした駐輪スペースになっているところにバイクを止めて、少し歩こうという。
海岸沿いのサイクリングロードは、ここまで続いている。この地点から降りるのは初めてのことで、砂から道路を守る竹ずの柵が延々と続く光景に目を瞬いた。じいちゃんは、柵の切れ目から砂浜に出られる場所を見つけて、ずんずんと波打ち際に向かって進んでいく。オレは慌てて追いかける。
ここはサザンビーチとは打って変わって、ずいぶんとさびしい浜だな。ただ砂と石がひろがるばかりだ。もちろん小洒落たカフェも食べ物屋も存在しない。人だってじいちゃんとオレをのぞけば、遠くの防波堤で釣り竿を振っているおっさんくらいしかいない。上空にトンビすら見当たらないという具合だから、ここには餌もないんだろう。
「じいちゃん、どこ行くの?」
「ふふふ、ついておいで」
一緒に来るように促されたものの、砂に足が取られて、思うように進まない。スニーカーは中まで砂だらけだ。こんなに砂まみれにしたことがバレたら、また母ちゃんに怒られてしまう。
足元に気を取られていると、じいちゃんが呼びかけてきた。
「健太、見えるかい? えぼし岩」
顔を上げると、そこには目をみはる光景があった。
一面に広がるマリンブルーの海面に、白い波。南西の方角に見える、えぼし岩。
その尖った先端は、「左側」を向いている。オレはあわてて、うわずった声をだしてしまった。
「なんで? えぼし岩の形が違う!」
わけが分からず、記憶の中のえぼし岩を反芻する。両手を上げて、体を右側に反らせたポーズをとってみる。けれどここから見える姿は、この前衛的なバナナポーズとは重ならない。えぼし岩の先が、つい先程サザンビーチで見たものとはまったく違っているのだ。
そう、これは紀文の描いた絵と同じ……。
汗だくになって歩いてきたオレに、じいちゃんはまたしても水筒を渡してくれた。金属の筒の中で、カラカラと氷の音がする。さっきはあんなに美味しいと思った水なのに、なんだか味気なくなってしまった。心なしか、風もすがすがしいというより、あたりが強く感じる。
それもこれも、えぼし岩のせいだ。狐につままれたような気分とは、こういうことなのだろうか。
バイク置き場に戻る途中、じいちゃんはサイクリングコースで足を止めた。そこには、自動車の進入を防ぐための石柱があった。不思議な形をした石柱が数メートルおきにニョキニョキと生えていること、そしてそれがえぼし岩をデフォルメしたオブジェであることに、今さら気がついた。オブジェのてっぺんは、リーゼントスタイルのポンパドールよろしく、ニュッと突き出している。
じいちゃんは石柱オブジェの前に立つと、オレに語りかけてきた。
「えぼし岩は、ふしぎな形をしているのさ」
オレとじいちゃんで石柱オブジェを囲むように立つ。えぼし岩を模した部分に視線を落とした。ポンパドール状の突起は、今、右側に見えている。
オレはオブジェに視線を向けたまま、その周りをぐるりと180度まわってみた。観察角度を変えていくと、突起も違って見えてくる。
最初はポンパドールが右手側だったのに、次第に真正面に重なって、ついには左手側に見えてしまう。オブジェの先っちょをまじまじと見つめながら、オレは大きくため息をついた。
これは、よく行くサザンビーチからは先っちょが右側に見えて、海岸を東の方へ進んでいけばいつかは左側に変わるってことなんだよな。この場所からは、えぼし岩がちゃんと紀文の描いたとおりになっているのだし。
「まあ、えぼし岩も百年後はまた違う形かもしれんな」
意気消沈のオレを慰めるように、じいちゃんが話す。
「今のえぼし岩だって、もともとの形とは違っとるんだよ」
もともとというのは、海の底にあった頃のことだろうか?
「健太は知っとるか? 第二次世界大戦中はこの辺に旧日本海軍の辻堂演習場というのがあって、戦後なんぞは米軍が来るようになった。そしてえぼし岩は、砲撃訓練の的になって集中砲火を浴びた。今でも、機関銃の弾丸なんかが上の方に食い込んで残ってる。びっくりするのは一番さきっちょ、な。てっぺんのあそこは、砲撃で欠けてしもうて今の形になった」
これには驚いた。
「じゃあ、えぼし岩の標高が変わってしまったってことなの?」
この話がもし富士山の一番高いところのものだったら、3776メートルを書き換えなければならない大惨事になっていたじゃないか。
「そうかもしれん。もっともえぼし岩の標高は、関東大震災や、江戸時代の元禄地震で1メートルちかく変わっているがな」
じいちゃんはカカカと笑って、最後にもう一つ教えてくれた。
「紀文の小学校だってあれさ、米軍施設の跡地だよ」
知識欲旺盛なオレは、この話に大いに刺激された。さすがじいちゃん、情報通の生き字引だ。えぼし岩以外にも、もっといろんなことを教えてくれるに違いない。
けれどふと我に返る。
紀文の言ってたことも正しかったんだ。そもそもこれって、「向きを変えると、形が変わって見える」などという簡単なことに気づいていなかった、オレのミスじゃないか。しかも、紀文の通ってる小学校は昔えぼし岩を砲撃した米軍の施設だったなんて史実があるくらいだから、あちらのほうがよっぽど知識に長けているに違いない。
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