風の想い 風の行方

木葉風子

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大切なこと④

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その日の夜
食事中の2人
「敬と毅が?」
「うん。彼女も来てたよ
今度サイン会するんだよ
その為の打ち合わせ」
「サイン会って
また、どうして?」
「さあ?
敬くんに聞いてみれば」
「敬に聞くより
彼女に聞くよ」
どうやら怜は敬の担当者の
彼女のことを知ってるらしい

「売れてるのよ
敬くんの本」
自慢気に話す
「彼女に感謝…かな!
いろいろと奴のこと
面倒みてくれてるからね」
「でも、きっかけを
作ったのは怜でしょ?」
彼に確かめる
少し遠くを見る怜
「いらないって言うからさ
ゴミ箱に捨てちまうよりは
ましだと思っただけだよ」
「捨てるって…」
「だからさ…
捨てる先を出版社に
しただけだよ」

遠くを見ていた彼が
こちらを振り向く
「あいつはさ、自分の気持ち
溜め込んじまうからな…」
「怜はすぐに口にだすから」
いたずらっぽく笑う楓子
「悪かったね」
拗ねたような言い方をする

「だからさ
表面(おもて)に出せない分
心が一杯になるとその思いを
書いてたってことなんだよ」
「きっと、それで
心の切り替えをしてたのよ」
「心の切り替えって?」
彼女の顔を覗き込む怜
「どう言えばいいのかな~」
おもわず顔を反らして言う

「小説を書くきっかけ?」
敬に聞く毅
「うん!」
「心が軽くなるからなぁ…」
少し考えて言う
「軽くなる?」
聞き返した毅

「何か嫌なことがあったら
輝はさ
おもいっきり泣いてただろ
怜はさ
すぐに言い返してた
おまえは
動物や自然と触れ合うこと」
毅をじっと見る

「嫌なことがあったときは
木のてっぺんに登って
叫ぶんだよ!」
「おまえらしい」

「敬にとっては
それが小説を書くこと」

「小説家になるきっかけを
与えてくれたのは
怜だけどね」

風呂から上がってきた怜
テーブルの前で頭を抱え込む
彼女に不思議そうに訊ねる
「どうしたんだ?」
「書けなくて…」
「えっ?」
彼女の言ってる意味が
理解できずにいた
そんな怜の思いを
知ってか知らずか一言呟く 
「本の推薦文」
またまた訳がわからない

「ほら、店頭に
“この本推薦します”って
ポップ立てるの
その文を書くのよ
どう書けばいいのか
なんとなくは浮かんでるの
でも、それをどうやっても
文字に出来ないのよ…」
「何、
意味、わかんねぇよ」
頭の中が?マークになる怜
「だから言葉がね…
例えていえば
ジクソーパズル…かな」

彼女の正面に座る怜
彼の顔をじっと見た
「つまりね、頭の中では
完成してるのよ、でもね
文字が1個ずつしか
でてこないから、それを
1つずつ繋いでいくのよ」
楓子の説明の意味を理解する
「ジクソーパズル
そりゃあ、大変だな」
チラッと横目で彼女を見る
「ほんと…
敬くん、凄いわよね」
小さくため息をついて
彼を見る

「朝早いでしょ
先に寝てて…」
「うん、わかった
あんまり根詰めるなよ
おやすみ」
席を立った怜
「おやすみなさい」
寝室に向かう彼にそっと言う
歩きながら敬のことを考える

❨書くって大変なんだ…
大丈夫かな、あいつが
小説家になったのは
俺にも責任あるからな❩

やがて夜が明け、朝になった
「おはよう」
怜の呼ぶ声
いつの間にかテーブルで
寝てしまった
「風邪ひくよ」
心配そうに言う
「仕事だろ
早く仕度して」

楓子の職場前
「いってきます」
運転席の怜に声をかける
「じゃあね」
車が見えなくなるまで
手を振り続ける
振り返ると尚登がいた
「おはようございます」
「おはよう」
笑顔の尚登
「あの~見てたんですか?」
おもわず顔を赤らめる楓子
「まぁね」
ニヤリと笑った
「いやだ
声かけてくれれば…」
「そんな野暮なこと
しないよ」
といいながらニヤニヤ笑う

その時車が駐車場に止まった
50代中頃位の眼鏡の女性が
下りてきた
「おはようございます
九条先生」
「おはよう」
尚登に挨拶して
裏口からビルに入る
「お知り合いですか?」
楓子が訊ねる
「昨日から医院(うち)に
来てくれたドクターだよ」
楓子が尚登を見て言った
「女性だったんですか!」

その日の夜
「毅くん、帰ったんだ」
「いつまでも仕事休めないし
馬たちもほっとけないだろ」
「大変だね…」
「でも、あいつ
好きだからね」
「好きか…それって
大事なことかもね
じゃあ、怜はどうして
医者になったの?」
真っ直ぐ彼を見つめる
そんな彼女から目を逸らし
「さぁね…」
曖昧な返事をした怜

❨俺が医者になったのは
尚さんの影響だろうなぁ❩

「そういえば新しい
ドクター来てるよ」
彼女の言葉に驚く
「ほんと?
尚さん、何もいってないよ」
「昨日からだって!
50代位の女性だったよ」
「どんな人なんだろ?
尚さんに聞いてみよ!」




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