風の想い 風の行方

木葉風子

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かけがえのない存在①

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敬のサイン会当日の朝
「敬くん
昼前には来るけど」
「わかった、仕事頑張って」
仕事場に行く楓子を見送り
駐車場に車を止めて
その場に立つ怜 
❨尚さん、まだ来ないなぁ❩
尚登が来るのを待った

「あっ、怜先生だ!」
小さい女の子が
怜の元へ駆け寄って来る
「おはよう」
笑顔で女の子を見る
「怜先生、ギュッ、して」
「えっ!?」
おもわず女の子を見た
女の子の母親が飛んでくる
「すいません怜先生
ほら、迷惑でしょ…」
女の子の手を引っ張った
「そんなことは」
母親が怜に聞く
「今日は
どうしたんですか?」
「九条先生の顔を
見に来たんです」

駐車場に尚登の車が来た
「おはよう」
みんなに挨拶する尚登
彼を見て怖がる女の子
「嫌われてるみたいだな」
渋い顔をする
「仕方ないよ
そんな顔して睨むからだよ」
「誰が!」
大きな声をだす
「保育園に行く時間よ」
母親に促され怜から離れる
「怜先生、バイバイ」
去って行く女の子を
いつまでも見ている怜

「子供、欲しくなったか?」
「尚さん」
彼の顔を見た
「彼女なら…」
「わかってる
いい母親になれる
でも、俺は…」
辛そうな表情
「怜」
心配する尚登
彼から目を逸した怜

「久しぶりに診察するか?」
「えっ?」
おもわず尚登の顔を見た怜
「今日は俺の助手だ!」
「尚さん…」
「ほら行くぞ」
怜の背中を押して
ビルの中へ入った

❨怜、おまえ
もっと自分に自信
持っていいんだからな!❩

九条医院診察室
「おはようございます」
準備中の看護師たちが
挨拶をする
「おはよう」
なぜか後ろを気にする尚登
「どいしたんですか?」
1人の看護師が訊ねる
「入ってこいよ」
尚登の声で怜が入って来る 
「緑川先生
どうなさったんですか?」
別の看護師が怜に訊ねる
「今日は俺の助手!」
尚登が答える
看護師たちが声をあげる
「なぜか
そうなったみたいで…」
照れくさそうに言った怜

そこへ1人の女性が来た
「あっ、先生、彼は…」
看護師が彼女に話しかける
眼鏡の奥の瞳が怜を見る

❨この人が新しいドクターか
50過ぎって言ってたけど
思ったより若いんだ…❩

「あなたが怜先生…ね」
いきなり下の名前を呼ばれる
「えっ?
あっ、はい…」

❨どうして俺の名前
知ってるんだ…?❩

怪訝そうな顔をする怜
彼女は診察の準備を始めた
「俺の白衣
そこにあるから」
尚登が言う
看護師が怜に言う
「なんなら
ナース服を着ますか?」
「誰が…!」
大笑いする看護師たち
「何が可笑しいんだよ!」
おもわず看護師に聞く
「だって、似合いすぎる
…でしょ?」
「何想像してんだよ」
顔を真っ赤にする怜

サイン会の準備をする店員
「でも、凄いなぁ」
ワゴンに平積みになった本
「何が?」
1人の店員が楓子に聞いた
「だって、彼のこと
子供の頃から知ってるから
それに敬くんは人前に
出るのは苦手なのよね…」
「あなたがいるからよ!」
「えっ…私?」
きょとんとする
「この間の打ち合わせで
言ってたわよ」
楓子を見る
「でも、私
敬くんに何もしてないよ
彼は怜と違って優しく
みんなを見守ってる
タイプだからね」
少し考え込む
「きっと、あなたが
気づいてないだけよ」
「でも、ほんとに
何もしてないよ」
遠慮がちに言う楓子
みんなの所に店長が来る
「今日は忙しくなるから
よろしく頼むね」
「はい」

九条医院診察室
「緑川先生
どうしたんですか?」
診察室に来た人が訊ねる
「尚先生の助手
今日の午前中だけね」
笑顔で答える
「れい先生」
診察を終えた子供が
彼の前にやって来る
子供と話す怜
その様子を見ている女医

「先生
どうなされました?」
看護師が聞く
「彼はずいぶん子供たちに
人気があるのね…」
怜を見る看護師
「ほんと、不思議ですよね
子供だからって優しくする
わけじゃないのに」
そう言う看護師

「診察、終わりました」
看護師が医師たちに言う

「怜、今日は急に
悪かったな」
尚登が彼に礼を言った
「じゃあ、俺
敬の所に行くよ」
診察室を出る怜
そんな彼の後ろ姿を見る

❨あいつら2人とも
グレもせず育ったよな❩
心の中で思う尚登

医院を出て本屋に来た怜
準備が出来上がっている
サイン会場
「怜くん」
誰かに声をかけられ
後ろを振り向く
そこには怜の担当者がいた
「こんにちは」
「敬はどこ?」
「彼なら、こっちよ!」

彼女に連れられ
やって来た本屋の裏手
緊張気味の敬がいる
「やあ、敬」
彼に声をかける
「どうした?」
隣に来る怜
「なんだか緊張で
手が震えてくるよ」
「大丈夫?敬くん」
担当者の彼女が心配する

「なんだか怖いな…
サイン、書けるかなぁ」
「俺なら平気だけどね」
シラッと言う怜
「じゃあ、怜
代わってくれるかな?」
敬が彼を見た
「そんな訳にいかないだろ」
「わかってるよ」

心細そうな敬
彼の肩を抱く
「じゃあさぁ、
俺が側についててやる」
彼に言った怜
「でも…」
下を向いた敬
その様子を見た担当者の彼女
「敬くんが
それで落ちつくなら
かまわないわよ」

「えっ…」
敬が彼女を見た
「途中で逃げだされても
困るからね」
「そんなことしないよ…
でも、まぁ確かに気持ちは
落ちつくかもしれない」
怜の顔を見た敬
「じゃあ、スタッフとして
彼の隣にいてね」
彼女に言われた

「なんだか今日は
こんな役目ばかりだな…」
ボソッと呟く怜
「何が…?」
敬が聞く
「なんでもないよ」
そう言った怜

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