桜色の思いで

木葉風子

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「詩織ちゃん」

そのとき声をかけられた
両手を顔から離し
声の主を見た

「神谷先生…」

彼女の前には
神谷が立っていた

「隣に座っていいかしら?」

わずかに小さく頷く
詩織にハンカチを
差しだす神谷

「毎日、ここで
会ってたんでしょ…」

「うん…」

「洸、嬉しそうに
話してくれたわ」

神谷の顔をじっと見た

「洸ね、あなたが
元気なのが嬉しいって
自分も詩織ちゃんに
負けないぐらい元気に
なるからって…」

伏し目がちに話す神谷

「洸もね
ずっと骨髄のドナーを
待ってたのよ、でも
見つからなかった」

「洸さんの病気は…」

ハンカチで涙を
拭いながら聞く

「再生不良性貧血
病気がわかったのは
中学生のときよ
初めは薬が合って
元気になったのよ
でも、再発して
薬で回復しての繰り返し」

神谷の話にじっと
実弥を傾ける

「本当はね
骨髄移植が一番
でも、ドナーが
見つからなかった
私は姉だけど
母親が違うからか
合わなかったの」

「洸さん…」

「あなたのこと
五年前に話してたの
自分のことのように
聞いてたわ」

❨じゃあ、洸さん
私のこと知ってて
話かけてくれたんだ…❩

「詩織ちゃん
あなたはね
洸にとっての
希望なのよ
自分も
あなたのように
元気になるからって
最後まで言ってたわ」

神谷の話を聞きながら
また溢れだす涙

「だからね
詩織ちゃん
あなたには
前を向いて
歩いてほしいの」

詩織の頬の涙を
拭った神谷
おもわず彼女に
しがみついて
大声をあげて
泣きだす詩織
そんな彼女の
背中をそっと
撫でる神谷

「ありがとう
洸のために
泣いてくれて…」

神谷の瞳からも
一筋の涙

ひとしきり泣いて
少し落ち着きを
取り戻した詩織
そしてベンチから
立ち上がる神谷

「はい
これ洸から…」

「えっ…?」

詩織に一通の手紙を
渡し去って行った

「ただいま」

重い足取りで
帰って来た詩織

「おかえり、ご飯は?」

陽気な母親の声

「あとで食べる」

急いで部屋に入る
胸には一通の手紙を
大事に抱えている
そしてベッドに
腰かけた
震える手紙を
広げた
彼の人柄が
表れるような
優しい文字 
一度目を瞑り
深呼吸をする
そして
読み始めた
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