珈琲いかがですか?

木葉風子

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休憩中『奏』夕暮れの街

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時刻は午後四時を過ぎた
新宿駅前のハンバーガー店
ポテトにハンバーガー
そしてホットコーヒー
どこでたべても同じ味だ
❨まぁ、小腹空いたときは
お手軽に食べれるか…❩

人の出入りを気にする奏
そんな彼の前に一人の男
年の頃は三十代後半
スポーツ刈りに
濃紺のスーツ
履き潰した革靴
生真面目な感じだ

「悪かったな」
「倉庫の中から探すの
大変だったんだからな!
でも、それらしいことは
見当たらなかったよ」
「つまりは
何も無かったんだな…」
「だから話せるんだよ
事件があったなら外部の
人間に言えないからな」
そう言ってハンバーガーを
食べ始める
「美味いか?」
「子供の頃から
食べ慣れてるからな」

「食べ慣れた味かぁ
古時計にはあるのかなぁ」
「おまえの作る料理
評判いいんだろが」
「さぁ、どうなんだろう
時の珈琲のファンは
いるけどね」
「おやじさんは毎日
行ってるんだろ?」
「飽きもせず時の珈琲を
飲みに来てるよ」
「そっか!」
少し安堵した顔になる
「君ははあのひとの
部下だったのか?」

「交番勤務の頃から
世話になってる
刑事になったときには
一緒だったんだ」
尊敬の思いが顔に表れる
「“先生”みたいな
“親”みたいな存在かな」
真摯な表情だ
「そんなおやじさんの
知り合いだから
無理を聞いたんだぞ
これ以上はほんとに
無理だからな!」
「わかってる、君が首に
なったら俺がおやじさんに
どやされるよ!」
椅子から立ち上がった奏
彼にウインクして出ていく

新宿駅前
高層ビルの間から見える
空は夕暮れ前
とはいえ多くの人波
みんな素知らぬ顔で
すれ違って歩いている
まだまだ昼の顔の街
でも、あと数時間すれば
夜の顔へと変わっていく

時刻はそろそろ夕刻
人々が素の自分の顔へと
戻る時間

❨まだ時との約束の時間
には早いなぁ❩

中途半端に時間を
持て余す
珍しくデパートに入る
地下食料品売り場

❨人間って
何があっても
食欲は湧くんだよなぁ❩

食欲 性欲 睡眠欲
この三つは誰の中にも
あるものだ

❨何を一番にするかは
状況によって変わる

ここにいる人達は
今は食欲が一番かな❩

地下から地上に上がる
外の空気は少しだけ
夜を纏いかけている
夕焼けの色が明日の
天気を表していた

時間を見る奏
「ちょっと早いけどなぁ」
目的の店に向かって歩く
しばらく歩いていると
最近会った女性の後ろ姿

❨あの二人は確か
ドラゴンズカンパニーの❩

私服に着替えているが
受付にいた女性二人
二十代後半
スレンダーな美人
ストレートな黒髪は肩まで
力強い大きな黒い瞳
グレーのパンツスーツ
キャリアウーマンらしい

もう一人の女性
彼女より二、三歳若い
明るい茶系の髪に 
軽いウエーブが
可愛らしい顔立ちを
引き立てている
フワフワのワンピース
同色のピンヒールが
少しだけ隣にいる彼女を
意識している感じだ

❨オフの時間も
一緒に過ごすほど
仲がいいのか…❩

彼女たちの後をつける
顔を見られたとしても
あのときは変装してたから
わからないだろうな

仲よく話しながら
夜の新宿の街を歩く
店を探してるみたいだ
スマホを見ながら地下に
続く階段を指差した
「前に来たときは
酔っぱらってたから
よく覚えてないのよ」
ピンクのフワフワの
ワンピースを飜えし
パンツスーツの彼女の
腕を引っ張って行く
そして二人は地下へと
続く階段を下りる

❨へぇ、偶然だなぁ…❩

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