珈琲いかがですか?

木葉風子

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調査開始『奏』龍谷家

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時刻は午後二時
静かな住宅街の一角
そこに一人立つ奏

❨でかい家ばかりだな
それにしても人がいない❩
一軒一軒、表札を見ていく

今日の彼の服装
黒のTシャツ
グレーの薄手のジャケット
同色のパンツ
黒のスニーカー
軽装とはいえ真夏の陽射し
汗がボタボタ落ちてくる

しばらく歩いていると
ランドセルを背負った
小学生達がやって来て
歩きながら周りを見る

「いいよなぁ
こんなでかい家なら
好きなものなんでも
買ってもらえるよなぁ」
一人の男の子が
羨ましそうに言う

「いっぱい美味いもん
喰えるんだろうなぁ」
もう一人の男の子が
舌なめずりして言った

「そんなこと言っても
この家の子になれるわけ
ないんだからね」
ピンクのランドセルの
女の子が冷めた言葉で
男の子達を諭す

「どうせならこんな家に
生まれたかったよ…」
「うん、ほんとだよな」
女の子の言葉に対して
拗ねた顔をする男の子

「しかたないでしょ!
親を選べるわけないから」

なかば呆れた様子で
二人の前を歩く女の子
住宅街を抜け広い道路を
渡っていく
男の子達も慌てて女の子を
追いかけて行った

三人の会話を
じっと聞いていた奏

「親を選べるわけない」

女の子の言葉が心に残る

「自分が誰なのか
知りたいんだ」

満弥くんは
そう言ってたな…

「ほんとの子供として
育ててきたんだから!」

双葉ちゃんは
そんな風に言ってたな…

ー親を選べるわけないー

❨つまりは
そういうことなんだよな❩


満弥くんが悪いんじゃない
龍谷家が悪いんじゃない
彼と龍谷家には確かに
血の繋がりはない、でも
満弥くんの両親はちゃんと
自分達の子供として
育ててきたんだから
それは紛れもない
真実なんだから!



[龍谷]の表札を見つける
その前で佇む奏

「新さん?」
後ろから声をかけられた
声のする方を見ると
一人の女性が立っている

「双葉ちゃん」

ボーダーのタンクトップ
オフホワイトのパンツ
腰に巻き付けたパーカー
お団子ヘアー
以前のスーツ姿よりも
俄然可愛く見える

「ここで何を
してるんですか?」
驚いた顔で奏に訊ねる
「敵情視察」
ニヤッと笑って言う
「敵って…」
戸惑い気味の双葉
「なんとなくさ、彼が
育った家を見たくて」
「じゃあ、家に入る?」
「えっ…いいの?」
「でも私の家の方よ
同じ敷地だからね」

双葉に招かれ龍谷家に
足を踏み入れる
立派な日本家屋だ
「ここは満弥くんの家よ」
広い庭の奥にもう一軒
色とりどりの花に囲まれた
二階建ての洋館が見える
「あっちが私の家よ」
彼女と一緒に玄関に行く
「誰もいないけどどうぞ」
「若い女の子だけの家に
知らない男を招いて何か
あったらどうするんだ」
「あなたは知らない人じゃ
ないでしょ!」
双葉の言葉に苦笑いになる

双葉が扉を開けようと
したときに女性の声
「おかえりなさい
双葉ちゃん」
「おばさま、ただいま」
五十代過ぎの小柄な女性が
双葉を見つめていた

「双葉ちゃん
こちらの方はどなた?」
その女性の視線が奏を見た
「あの…え~と…」
口ごもる双葉を見て
「フフッ、素敵な方ね」
意味有りげな笑顔で言った
「あのね、おばさま
違うのよ…」
困った顔になる
「邪魔しないわよ
どうぞごゆっくりね」
二人に満面の笑みを見せ
軽く会釈して去って行った

「あの、ごめんなさい
おばさま なんだか勘違い
しちゃったみたいで…」
すまなさそうな顔をして
奏に謝る双葉
「いや、それはいいけど
おばさんってことは…」
「そうよ 
満弥くんのおかあさん
とにかく中へどうぞ」

彼女に促され家に入る
白で統一されている
一階の一番奥に案内された
ダイニングテーブルに
対面式のキッチン
キッチン回りはピンク系だ
優しい雰囲気が溢れている
「かわいらしい家だね」
「そうよね
我が家のイメージじゃ
ないんだよね」
そう言いながらポットの
スイッチを押す双葉
「適当に座ってください」
彼女に言われ椅子に座った

「この家はね、もともとは
満弥くんの家だったの」
珈琲の準備をしながら
奏に話しかける
「じゃあ、どうして君の
家族が住んでるんだ?」
二人分のカップをトレイに
乗せテーブルに運んてきた
「はい、どうぞ
インスタントですけど」
奏の前に珈琲を置き
向かいの椅子に座る双葉

「二年前におばあちゃんが亡くなって誰も住まなくなったから
おじさん一家が移ったの」
そう言って珈琲を飲む双葉
「それまではおばあさん
一人で住んでたの?」
「ううん
おじいちゃんが亡くなって
おじさん、つまり今の社長と
二人で住んでたのよ」
「社長は独身だものな」
「おばあちゃんが亡くなって
おじさん、マンションに
引っ越しされたから」
双葉の話しを聞きながら
珈琲を飲む奏

「まぁ、あのでかい家に
男一人はなぁ…」
「それにマンションの方が
女性を連れ込みやすいわ」
双葉の辛辣な言葉に驚く奏
「なんか…
キツい言い方だな!」
真正面に座る彼女の目を
見据えて言った

「でもね、おじさんのこと
狙ってる女性はいますよ
独身ですからね」
「なるほど~
彼を射止めると自然と
いろいろ手にはいるから」
「そうよ!だからみんな
目の色変えてくるのよ」
「まぁ、それはそれで
大変なんだろうな」
ニヤッとしながら答える奏

「でも、おじさん
結婚する気はないみたい」
淡々とした表情で言う双葉
「どうして
そう思うんだい?」
彼女に聞く奏
「おじさん
若い頃に大切な人がいたの
でも一緒になれなかった
そんな話聞いたわ」

「大切な人…か」

遠い目をして考え込む奏
飲み終えた珈琲カップを
テーブルに置いた
「双葉ちゃん、ありがとう
俺、そろそろ帰るね」
そう言って席を立った

玄関から外に出てきた奏
「ここでいいよ」
玄関前で双葉と別れた
庭を抜け入ってきた門とは
反対にある裏口にでる奏

「待ってください」
裏口から外に出る前に
声をかけられた
「満弥くん」
奏をじっと見る
「何か話しがある?」
頷く満弥
「歩きながら話そうか」

家から離れ話出す
「どうして俺がいるって
わかったんだ?」
静かな住宅街に響く声
「母が双葉の家に彼氏が
来てるって言うから…」
「それで気になって
見に来たら俺がいたって
わけだな」

しばらく歩いていると
公園が見えた
「あそこで話そうか」
公園のベンチに腰掛けた
沈黙が続く
遊具で遊ぶ子供達

「懐かしいなぁ~
小さい頃はここで双葉と
よくあそんだなぁ」
「昔から仲良かったんだ」
「うん、従兄妹ってことも
あるけど母親同士が親友
だからだからなぁ」
「そうなんだぁ」
「君が出生に拘るのは
彼女が好きだからか?」
「えっ…」 
奏の言葉で身体を硬直する

公園では元気な子供達の
声が響き渡っている
無邪気に遊ぶ子供達を見る
「君達もあのぐらいの頃は
あんな風に遊んでたんだ」
そう言われ子供達を見る

❨そうだった…
何の意識もせずに
一緒にあそんでたよ❩

「いずれは社長に
成りたいと思ってる?」
不意に聞かれ考え込む満弥
そして言った
「僕は社長にはなれない」
「龍谷家の人間じゃない
から無理だと思ってる?」
「違うよ…僕がほんとの子供
だとしても無理だよ」
雲一つない空を見上げる
「僕はおじさんみたいには
成れないし…むしろ双葉が
向いてるよ!」
やりきれない表情の満弥

「君は自分の親のことを
どう思ってるんだ?」
奏の問いかけに照れながら
「両親のことは大好きだよ
ほんとの親じゃないって
言われても僕にとっては
大切な両親だよ」
きっぱりと言った満弥

「だったら、ほんとの親を
探す必要ないじゃないか」
「そうなんだけど、でも…
やっばり不安なんだ」
「不安…?」
「自分がどこの誰か
わからないのが…」
俯きがちに話す
「そんなこと気にすること
ないと思うけどな」
彼を慰めるように言う
「両親も同じこと
言ってくれた」
それでも不安そうな様子

「これだけは言っておく
引き受けた以上は最後まで
やり通すから…
たとえどんな結果でも
受け止める覚悟しろよ!」
厳しい顔で満弥に言った奏

ベンチから立ち上がる
「今度会うときは
ちゃんと報告できるように
しとくからな!」
満弥に背を向け去って行く
そんな彼の背中を見つめる

❨僕が前に進むためには
自分のことを知りたい

そしたら双葉にも
素直に向き合える…❩
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