珈琲いかがですか?

木葉風子

文字の大きさ
上 下
18 / 80

「古時計」営業中

しおりを挟む
「おはようございます」
商店街の一角にある喫茶店
その裏口から元気な声
「おはよう」
カウンターの中から声を
かけるのは店主の時
「ねぇ、奏さんは?」
「まだ二階だよ」
「もうすぐ開店時間よ」
そう言って時を見るのは
最近アルバイトに入った
大学生の双葉

ダダタダダー
二階から下りてくる足音
やがてこちらに近づく
眠そうな顔の奏
「どうしたの?」
怪訝そうに彼を見た
「双葉ちゃんは朝から
元気だよな~」
気だるそうに話す
「昨日も寝るの
遅かったんだよなぁ」
大欠伸をする奏
「ねぇねぇ、それって
あっちの仕事の為?」
興味津々に聞く双葉

「ストップ!」
双葉の前で両手を
交差させる奏
「君の仕事は喫茶店
こっちには関わらない
そういう約束だろ!」
「でも…」
「それが彼との約束だし」
「満弥は心配性なのよ!」
そう言いながら左の薬指を
見つめる双葉

「好きな娘の心配するの
当たり前だろが」
「うん
わかってる…」
左手を掲げる双葉
彼がアルバイト代で
買ってくれた指輪
けして高価じゃないけど
思いが詰まっている

「満弥くんは宅配の
バイトしてるんだよね」
時が訊ねる
「そうよ
いろいろ大変みたいよ」
小さくため息をつく双葉
「でも、いずれは
役に立つからさ」
笑顔で言う奏
「で、君は料理を覚える
のを兼ねてここでバイト
始めたんだろ?」
「奏さんの料理
美味しいからね」
「だったら余計なことに
首突っ込まないことだ!」
小さく頷きかけた双葉
だがいきなり奏を見た

「何…?」
「あのね、今日
友達来るの…

依頼したいことが
あるらしいの…」
「なんだよ、それ…
ここは喫茶店なんだぞ」
怖い顔で双葉を見て
カウンターに入った奏

朝の忙しい時間帯
「ありがとうございました」
人波が途切れ一息つく双葉
カウンターの前に座る
「それで、友達は
いつ来るの?」
「昼頃には来ると思う…
でも、迷子にならなきゃ
いいけどね…」
時と話している双葉

「でも、依頼ってことは
誰かを探してるわけだね?」
「私もよく知らないけど
“命の恩人”なんだって…」
そう言って珈琲を飲む双葉

「命の恩人…か」
頬づえをついて
遠くを見る奏
「ねぇ、奏さんにも
そんな人いるの?」
彼の顔を覗き込み聞く双葉
「いねぇよ…」
少し不貞腐れた表情の奏
その態度に苦笑いをする時

「ごちそうさま
双葉ちゃん」
一人の男性客が言う
「おじさま」
彼女に笑顔でお金を渡す
「おやじさん
俺には何も言わないの?」
少し不貞腐れて彼に聞く奏
「どうせなら
可愛い女の子と話す方が
楽しいだろう!」

「でもさ、おやじさんの
好きなオムレツ作ってんの
俺なんだけどな!」
「美味い珈琲は
時くんだしね」
「だったら、俺達にも一言」
駄々っ子みたいに言う奏
そんな彼の頬を軽く突き
「じゃあ、また明日」
と言って店を出ていく彼
追いかけて出ていく奏

「あいつの命の恩人は
あの人だよ…」

「えっ…?」
時の言葉におもわず扉を
見つめる双葉

喫茶店の外
奏に手を振り広い道へと
歩いて行くおやじさん
そんな彼の背中を見つめる

❨なんだか背中が
小さくなったよな…❩

暫くその場に立ちつくす奏

「奏さん
入ってこないね…」
心配気に扉を見る双葉
「ねぇ、時さん
奏さんに家族いないの?」
「えっ…」
双葉の問いにおもわず
彼女を見る

「私、最初二人は兄弟か
近い身内なのかなって
思ってたんだけど…
違うんでしょ?」
暫く考える時
「身内…か
まぁ、そんな関係かな」
「それって、一体…」

双葉が聞き返そうとする
そのとき扉が開いた
入って来た奏をじっと
見つめる双葉
「何…?」
彼女を見る奏
「ううん、何でもない
ただね、二人が親子
みたいだなって…」
「えっ、二人って
俺と…あの人?」
なんだか不満そうだ

「そんなこと言ったら
あの人の本当の家族に
申し上げないよ」
「本当の家族って…」
初めて見る奏の哀しげな顔
その様子に黙ってしまう



しおりを挟む

処理中です...