珈琲いかがですか?

木葉風子

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写真展 二日目②

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喫茶「古時計」
店内には時と奏、そして
「今日はずいぶん
暇そうだな」
「おやじさん
それって皮肉ですか?」
「いや、見たままを
言っただけだよ」
「それで注文は
いつも通りでいいね」
そう言って店の奥へと行く奏
そんな彼の後ろ姿を優しげに
見つめる彼

“チリ~ン”
扉の鈴が鳴り恰幅のいい男が
入って来た年の頃は客として
座ってるおやじさんと
同じぐらい?幾らでも席は
空いているのにわざわざ
彼の隣のテーブルに座る

「こんにちは」
一言、声をかけ席に座った
水とおしぼりを持って来る
「いらっしゃいませ
今日はお一人ですか?」
奏の口ぶりから初めの客
ではなさそうだ
「後から連れが来るよ
とりあえず一人分の
モーニングを頼みます」
「わかりました」
そう言って店の奥へと行く奏

“チリ~ン”
「こんにちは」
扉が開いたと同時に元気な声
若い男二人が入って来た
「奏、いつもの二人前ね」
カウンターの奥に声をかけた
「悪い、手が離せないんだ
水とおしぼり勝手に
持って行って!」
奥から返事をする奏
「すまないね
今、あいつ一人たから…」
珈琲の用意をする時が
すまなさそうに二人に言った

「いや、かまわないよ」
自分達で水とおしぼりを持ち
店の中央のテーブルに座る
カウンターの奥のキッチン
奏が忙しそうに料理を作る

“チリ~ン”
また入口の鈴が鳴り男が来る
周りを見渡し、当たり前の
ように自分で水とおしぼりを
持って奥のテーブルへ進んだ

「おはようございます」
「今井、おはよう」
手に持った水とおしぼりを
おやじさんが座るテーブル
の上に置いた
「今日は忙しそうだな」
そう言って、彼の前に座る
「今日は彼女達いないんだ」
広げていた新聞を閉じた
「もともとこの店は
あいつら二人だけだから
常連は勝手にしてるよ」

「でも、最近は彼女達の
おかげで賑わってるみたいだ」
「そりゃ、可愛い女の子が
いれば華やかになるだろう」
今井の問いかけにそう答えた
「で、今日は彼女達は?」
「明日までは、彼女達は休み
写真展の方にいるよ」
二人の会話を聞いていた隣の
テーブルの男性が彼らを見た
おもわず目が合い目を反らす

「すいません
遅くなりました」
カウンターの奥の裏口から
満弥の声が聞こえた
「ああ、ちょうどよかった
これ、窓際の席に頼むよ
一つはおやじさんの分
一つは隣の男性客の分だよ」
奏に言われトレイに二人分を
乗せ、煎れたての珈琲と一緒
にテーブルに向かう

「お待たせしました」
恰幅のいい男性のテーブルに
出来たてのオムレツセットと
珈琲を置いた
そして、もう一つは窓際に
座ってるおやじさんへ
「ありがとう」
「なんだ、彼女の代わりか?」
今井がちゃかすように言った
すると、こちらをみる男性
今度は立っている満弥を
じっと見ていた

「あの…何か」
おもわず声をかける満弥
“チリ~ン”
そのとき扉が開き客が来る
急いでそちらに向かう
男性は満弥の後ろ姿を見る
その様子を何気に観察する
窓際の二人
「あの人、満弥くんを
知ってるみたいだな」
小声で話す今井
「まぁ、そうだとしても
関係ないだろう」
他人のことに関わるなと
言わんばかりの厳しい口調で
今井に一言言った
「はい、わかってますよ」
そう言うと前を向いた

「お待たせ~」
陽気な声で奏がやって来る
「なんだ、おまえか」
「俺じゃ、文句あんのか!」
テーブルに珈琲を置く
「それだけでいいのか?」
「朝ごはん、食べてきたから」
そう言って珈琲を飲んだ

「ところでさ
写真見てくれたの」
今井の顔を覗き込み訊ねる奏
「いや、まだだよ
昨日まで現場だったからな
やっと一段落ついたとこだ」
「そりゃ、ご苦労様…たな」
しらっと言う奏
「何、その言い方
こっちは命がけで仕事
してるんだから
少しは労ってくれよな」
今井の言葉を無視して場所を
離れた奏

“チリ~ン”
扉が開き、一人の青年が来る
そして店の中を見回すと
恰幅のいい男性の元へ行く
「すいません、遅くなって」
「いや、かまわないよ健」
彼の前に座った健(タケル)
カーキ色のダウンジャケット
ブルーのジーンズにブーツ
黒縁の細いフレームの眼鏡
短めの黒髪が爽やかな感じ

「いらっしゃい」
健の前に水とおしぼりを置く
「こんにちは」
少し斜めに奏を見て言う健
「写真を見る気になったか?」
彼を見下ろしながら訊ねた
「写真…か」
少し考え込んで呟いた健
「君はもう写真
やらないのか?」
「えっ…」
奏の言葉におもわず彼を見た
「それは…
どういう意味?」
そう聞き返す健

「いやっ、意味はないけどね
たださ、この間の撮影会ね
まるで自分が撮ってるような
様子でみてたからさ…
カメラ…好きなんだろ」
「それは…」
まるで自分の心の中を
見透かされたようなことを
言われ言葉が詰まる健

「萌ちゃんは、イキイキと
動き回ってたよね
彼女、ほんとに写真撮るのが
好きなんだよね!」
「萌ちゃん…」
寂しげに彼女の名を口にした

「俺は、何もわからずに
彼女に言っちゃったんだよ

大切な家族を亡くして
一人ぼっちになるのが
どんなに辛いのかが
わかりもせずにさ…」
やりきれない顔をして言う健

「でもさ、彼女にとって
“ケン兄ちゃん”の言葉は
前に進んでいくための
大事な言葉になったんだよ」

そう言って戻って行く奏
奏が言ったことを
心に噛みしめる健
そして彼女達と過ごした日々
を心に思い浮かべた

「おやじさん
彼がひょっとして萌ちゃんの
探し人じゃあ…」
聞くともなく耳に入ってきた
会話にそんなことを言う今井
「だからといって
くちだすことじゃないだろ」
淡々と話すおやじさん
「まぁ、そうだけどさ」
彼らに聞こえない声で言う
「それは二人の仕事だから
黙って見守るだけだよ」
そしてオムレツを食べ始める
「そうだな
時と奏の仕事ぶりを
拝見してみるか」
そして残っていた珈琲を
飲み干した今井

    
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