珈琲いかがですか?

木葉風子

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写真展 四日目②

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❨ピアスの痕が残ってる人
たくさんいるよね…❩
健から目を反らし
小さくため息をついた萌
「ねぇ、萌ちゃん」
隣に立っている双葉が
そっと話しかけた
「なに?萌ちゃん」
入口から動かずにいる健を
見ながら小声で話す双葉
「あの人、撮影のとき来てた
社長さんで間違いないよね?」
「うん、たぶんそうだわ
でも、それがどうしたの?」

「あの人…
毎日、店の前の道から
こちらを見てたよ…」

「えっ…」

「雰囲気が違うから
わからなかったけど
でも、間違いないわ!
あの茶髪の子も一緒に
いたんだからね!」
「毎日…?」
目を見開いて双葉を見る
「そうよ!毎日…ね」
「でも、どうして?」
「そんなこと
私に聞かれても…」

「社長、何してるんですかー
早くこっちに来ればー」
入口に立っている健に声を
かける茶髪の青年
「うん」
気乗りしない返事で歩きだす
健士も一緒に茶髪の青年の
もとへと行く、そして
ゆっくりと写真を見だした
その様子を凝視する萌
奏が受付にやって来る
奏を追いかけるように
ヒロとカメラマンの陽も
受付へと戻って来た
ゆっくりと写真を見る四人
その様子をじっと見る五人
そしていつの間にか
時が来ていた

「双葉」
時と一緒に来た満弥
「店はどうしたの?」
そっと彼に聞く双葉
「今日はもう終わりだって!
戸締まりもしてきたしさ」
そう言うと鍵を見せた
「でも、この時間だと
お客さんまだ来るでしょ?」
「そうだろうけど、でも
常連さん達は二人の“仕事”
わかってるからね」
「じゃあ、いまは“捜しや”の
仕事なのね」
「さぁ、僕にはわからない
でも、いま受けてる仕事って
萌ちゃんのだけだよね」
確かめるように聞く満弥
「うん、そうだとおもう…」
他の人に聞こえないよう話す
「今日の最後の客って
ひょっとして…」
「ああ、それはね、ほら
いま写真をみている人だよ」

村の写真の前で動かない健
「へえー、ほんとに
山と田んぼしかないんだぁ」
金髪の青年が感心して見てる
「俺さ、親も東京生まれで
故郷っていっても街だからさ
こんな所で住んだことない」
高い空と山に田んぼしか写っ
てない写真を珍しそうに見る
「俺もそうだよ…」
彼の言葉にそっと答えた
「あの下町の工場で育った
から、あそこが故郷だよ」
と言いながらも村の写真を
見ている瞳はまるで懐かしい
所を見ているようだった

「萌ちゃん…」
茫然と彼らを見ている彼女に
話しかける奏
「彼に見覚え、ある?」
「あっ、はい
この間の撮影のときにいた
社長さんでしょ、服装が違う
からわからなかったけどね」

「彼に会ったのは
それが初めてかい?」
「ええ、もちろんです」
「そうなんだね」
意味有りげに萌に確認する奏
彼の態度に違和感を感じる萌
そしてまだ写真を見ている健
の背中を見つめた

「時…」
奏が話しかける
「どうする気だ…」
「何がだ?」
「あのさ…
まぁ、いいけどさ」

「いつまでその写真を
見てるの?」
一枚の写真の前から動かない
健に声をかける
「可愛いお嬢さんね
一緒に写っているのは
おとうさんかしら?」

仲良く写る父と娘
ちょっとすまし顔の女の子
そして、照れた顔の父親

「この写真がこの親子の
最後の一枚なんだ」
隣にいる母親に言う
「最後の写真…?」

「俺は父親と一緒に写真
撮ったことあるのかなぁ…」
ポツンと呟くように言う
「あるわよ
小さいときだけど、家族で
撮ったのもあるわよ」
「へぇ、そうか
でも覚えてないなぁ」
「そうね、小学生の頃から
一緒に撮らなくなったわね」
寂しそうな顔で息子を見る
「確かにそうかもな
親と一緒に写真を撮るなんて
カッコわるいっておもってた」

そして、その前から動きだす
「ねぇ、ここに写ってる娘は
さっきの写真の女の子よね」
数人の女子校生達の写真
その中の一人の娘を指した
「うん、そうだね
ずいぶん大人っぽくなってる
けど笑顔はそのままだね」

「じゃあ、いまの彼女は?」
「えっ…」
意味深な笑顔で健を見た
母親の問いかけに何も答えず
次の写真が展示している所へ
歩きだす、そして写真を見る

目の前に懐かしい景色
高い空と緑の山々
そこに一緒に写っている人々
それはすっかり大きくなった
あのときの村の子供達
まだ小学生だった子供達
やがて中学、高校、そして
大人になっていた

「この写真、彼女が撮ったん
でしょ…きっとここがここに
写ってる人が大好き
なんでしょうね」

村にいた頃を思い還す健

「ケンにいちゃーん」
子供達の声が聞こえてきた

「村を離れたくない」
萌の言葉を思いだす

「あなたにとっても
大切な場所なんでしょ?」
母親の言葉にあの頃に
戻っていた心が現実に
引き返される

「二人のことがなければ
帰ってくる気は
なかったんでしょ?」
そう言われ母親を見る健

❨そうかもしれない
父と兄のことがなければ
俺はきっと、いまでも
あの村にいたのかもしれない❩

「ごめんね…」
「何…どうして
かあさんが謝るの?」
「あなたのこと
かまわなかったのに
家の都合て帰って来て
もらって…だって、やっと
自分の居場所みつけたのに
それなのに…」
辛そうな様子で言う
そんな母親を見る健
「それは違う、自分の居場所
を見つけたわけじゃない
逃げ場所にしてただけだよ」

そう言って歩きだし
次の写真を見る
そこに写っているのは
いまの萌と関わっている人達
村を離れたくないと言ってた
彼女が東京で自分の居場所を
見つけることが出来たのは
この人達のおかげだ

❨萌ちゃん、よかったよね
あんなに嫌がってたのに
東京でたくさんのいい人に
巡り会えたんだよね❩

笑顔の萌の写真に問いかける
別れた頃からはずいぶんと
大きくなった萌がそこにいた

「いつまで見てる気かしら」
受付に戻って来た女性が言う
「きっと、いろんな事を
思いだしてるんだよ」
恰幅のいい男性がそう答える

そんな二人の会話に
聞き耳を立てる双葉
萌はなぜだか写真を見ている
健から目が離せなかった

❨なぜだろう
あの人の後ろ姿に
見覚えがある気がする…
そんなわけないのにね❩
なぜだか父の背中を思いだす
子供の頃の懐かしい景色が
うかんでくる

最後の写真の前に来た健
そこに写っているのは
あの頃の自分の姿
❨俺はこれから
どうなるんだろうか
正直いって自信なんて
一つもないよ…今、なんとか
やっていけてるのは周りの人
のおかげ、俺の力なんて…❩

「健、もう帰るわよ」
背中に母親の声
振り向いた健
そのとき、なぜだかこちらを
見ていた萌と目が合う
おもわずじっと見つめる健

あの頃は子供だった萌
今、目の前にいるのは
素敵な女性に成長した萌の姿
複雑な思いが心を乱している

❨あのとき抱きしめた彼女は
まだ女の子だったのに…❩

泣いている萌を抱きしめ背中
を擦ったあの頃を思いだす
じっと見つめていた萌が目を
反らし、なぜか後ろを向いた

「萌ちゃん」
後ろを向いた彼女の頬が少し
赤くなっているのを見た双葉
彼女の腕を掴みそこを離れる

「双葉ちゃん、どうしたの?」
みんなから離れ店の外に出る
「萌ちゃんあの人のこと
ほんとに知らないの?」
「あの人って…」
「だから、あの社長さん
確か、タケルさんだわ」
「そんなこと言われても
ほんとに知らないわ」
「じゃあ、どうして
赤くなってるの?」

「あっ、あのこれは
だって、目が合って
見つめられたから
なんだか恥ずかしくなったの」

萌と双葉が出ていった後で
受付にやって来た健
「どうするんだ?
彼女、逃げちゃったよ」
「どうするって…」
「せっかくチャンス
やったのにさ!」
「チャンス?」
「依頼者に報告して
仕事は完了だよ
だから俺達から言えば済む
ことだけど、でもね…」
そう言って健を見た奏

「健さん
君は芦川萌さんのことを
どう思ってるんですか?」
いままで黙っていた時が聞く

「どう思ってるって…」
時の言葉に戸惑う健
そして彼女の写真を見る
「村にいた頃はまだ子供
だったのに、急に大人に
なって現れたから
びっくりしちゃって…」
みんなの方を向いて言った
「それだけ?」
時がまだ何かあるのかと
問いただした
時の顔を見直した健
そして喋りだした

「萌ちゃんのことは
気になってたよ
大丈夫だからって言ったのは
俺だからね…」
何かを思いだすように話す
「でもさ、その後に俺自身に
とんでもない事が起きて
あそこを離れることになって
自分の身の周りのことだけを
考えるだけでも大変だった
あのときは萌ちゃんのこと
考えもしなかったよ」
切ない顔で母親と叔父を見た
そんな彼を辛そうに見る二人

「東京に戻ってくれって
言われたけど初めはそんな
気持ちにはなれなかったよ
俺はあの家を出たんだから
でも、必死で会社を守るため
に走り回るみんなを見てて
なんとかしなきゃあって…
だから、あの村のことも
すっかり忘れてた」

「健…」
母親が彼を優しく見守る

「でも、あの撮影現場で
カメラのシャッター音を
聞いて村のことを思いだした

サンタのおじさんや
村の子供達のこと
そのときに誰かが呼んだんだ
“萌ちゃん”って…
おもわず呼ばれた女の子を
見たんだよ」

「萌」
会場の前の道に立つ二人
反対車線に車が止まり
中から出てきて彼女を呼んだ
「由季」
萌も彼女の名を呼ぶ
急いで道路を渡りやって来た
「寒いのに、何してるの?」
二人の元へ駆け寄って訊ねた
「どうしたの由季ちゃん
予定より早いじゃない?」
「うん、一本早い列車に
乗れたからね」

双葉が道の向こうを見ると
運転席から知った顔の男性が
下りてきた
「ねぇ、ひょっとして
会長さんが迎えにいってたの」
由季に確かめるように聞く
「あっ、直人さんから連絡が
あって着く時間いったら
待っててくれたのよ」

「直人さんって…」
二人がおもわずこちらに来る
会長を見た
「かまわないっていったのよ
でも…」
「僕がかまいたかったから」
由季の荷物を持ち隣に立つ
「フ~ン…」
意味有りげに彼を見る双葉
「まさか、由季
この人と付き合ってるの?」
おもわず大声で聞く萌
「ちょっと、萌
声が大きいわよ!
あのね、付き合ってるわけ
じゃないわよ」
少し困った様子の由季

「会長さんは、どうなの?」
鋭い質問をする双葉
「どうって言われても…」
ドキマキしながら答える
「ほら、男なら
はっきりしなさいよ!」
やたらとハッパをかける双葉
「そんなこと言われても
まだ会ったばかりたし
それに…」

「それに、何よ
何事も始めてみなきゃ
わからないでしょ?」
強気の発言をする双葉
「始めてみてダメになっても
それは仕方ないことだわ
でもね、何もしないうちから
諦めてしまったら想いが残る
だけで後悔するわ…」
なぜか悲しげな顔で言う双葉

「たとえ辛い想いを
したとしてもなにも
始めないよりはマシだわ
それにね、どんなに辛くても
いつかは傷が癒える…
だから、ちゃんと始めないと
何も残らないわよ」
そう言って空を見上げる双葉

「双葉」
そのとき彼女を呼ぶ満弥の声
声のする方を見ると会場に
いた人達が来ていた

「奏さん、時さん
一体どうしたの?」
満弥の隣に行き二人に聞く
「いきなり奏に
連れ出されたのよ」
不満気な言い方だが
顔は綻んでいるヒロ
奏の腕にしがみつき嬉しそう
しがみつかれた奏が睨んだ
「フフ、奏さん
機嫌悪いわね」
苦笑いを浮かべて萌が言う

「芦川 萌さん」
時が姿勢を正して彼女を呼ぶ
「あっ、はい!」
いつも以上に真剣な時の態度
に真っ直ぐに彼を見た萌

「あなたから依頼を受けた件
ですが解決しましたので
報告させてもらいます」

「えっ…?」
一瞬、何を言われたのか理解
できず時と奏の顔を見た
真剣な顔になる奏
その様子に絡めた腕を離した
ヒロ、奏の元から少し離れた

「芦川萌さんが探していた
“ケン兄ちゃん”が
見つかりました」

今度は奏が真面目に言った
「本当ですか?」
おもわず二人に聞き返した

「双葉ちゃん 双葉ちゃん」
由季が彼女を呼んだ
満弥の隣を離れ由季と直人の
元へと行った
「あの二人の言ったこと
本当なの?」
「もちろん、本当よ」
「そうだな、あいつらは
“捜しや”のプロだからな!」
「プロ…」
三人が直人を見つめた     
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