珈琲いかがですか?

木葉風子

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写真展 四日目③

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「芦川萌さん
会場の中へ、お入りください」
「会場…?」
「中へ入ればわかります
私は『古時計』で待ってます」
時が静かに言った
「あの…」
「萌ちゃん
君一人でどうぞ」
奏が優しく微笑んで言う
萌が双葉と由季を見た
何も言わず萌を見る二人
暫く考え、足を踏みだした
時と奏に一礼して歩きだす

「双葉ちゃん、
中にいるのは誰なの?」
由季が訊ねた
「決まってるでしょ!
ケン兄ちゃん」

「ヒロさん、あの二人
何者なんですか?」
「何者って…探偵よ」
カメラマンの陽に聞かれ
奏を見ながら言ったヒロ

「奏、戻るよ」
足早に歩きだした時
「みんなも古時計に行くよ」
奏も時の後をついて行く
「あっ、待ってよ奏
陽くんも行くわよ!」
慌てて駆けだすヒロと陽

「僕達も行こうか」
満弥が双葉に声をかける
由季と直人も歩きだす
「ストップ!」
双葉が由季と直人を止める
「何よ、双葉ちゃん」
「あなた達は二人で
ちゃんと話しなさい!」
「えっ、あの…」
「あなた達の行き先は
あちらよ」
そう言って酒屋を指差す双葉

「失礼します」
かつては洋服店だった店舗
ドアを開けて中へと入る萌
展示されている多くの写真
サンタのおじさんこと
三田健九郎が撮った写真
萌自身が撮った写真
そして、ケン兄ちゃんが
撮った萌と父親の写真
その写真の前に立つ青年
彼の後ろ姿をじっと見る

「萌さん
あの子は私の息子なの」
受付にいた女性が言った
「あの…」
驚いて彼女を見る

「あの子ね、高校を卒業して
すぐに家を飛び出したのよ
それからは一度も家に帰って
来なかったわ…
父親と兄が亡くなったとの
知らせで家に戻ってきたのが
六年位前なのよ」
萌に聞かせるように話す

「ろくねん、ま、え…?」
なぜだか心がドキッと鳴った
「息子の名前はタケルよ」
「ええ、確かヒロさんが
タケル社長って呼んでらした」

「家には戻ったけど会社を
継ぐきなんかなかったよ」

写真を見ていた彼が振り向き
三人に向かって言う
その声を聞いた萌は
自分の耳を疑う
だって、だってその声は…

「フタ~バちゃん」
陽気な声で彼女を呼ぶ奏
「なによ、奏さん
気持ち悪いわよ」
じと目で奏を見る双葉
「あの二人は
どこ行ったのかな?」
「あの二人…?」
「会長と由季ちゃん」
ニヤケた目で双葉を見る
「いいじゃないのどこでも
どうしてそんなに気になるの」
「会長は、彼は本気だからね」
頬づえをつきながら言った

「あら、面白そうな話し
あの二人って、あそこにいた
二人のことなの?」
興味津々に聞いてくるヒロ
「ヒロさん、面白がってるん
じゃないですか?」
カメラマンの陽が呆れて見る
「あら、面白がってないわよ
むしろ羨ましいわよ
だってね、こんな身近で二組
のカップルが生れるかもしれ
ないのよね」
ムスッとした顔のヒロ
「ねぇ、時もそうおもわない
こっちは大好きな人に目一杯
アプローチかけてるのに
全く相手にされないんだから」

カウンターにいる時に愚痴る
時はといえば相変わらず
そして渋い顔でカウンターの
二人を見るヒロ
「ほんと、二人とも
素っ気ないんだから!
わかったわよ、もう帰るから
陽くん、行きましょ」
そう言って陽の腕を引っ張り
扉の方へと歩きだす
「じゃあ、お先に失礼します」
みんなに頭を下げる陽
「奏、また来るわねー」
凝りもせずに奏に笑顔を向け
去って行った

急に静かになった店内
「二組のカップルって…」
満弥が双葉に訊ねる
彼の顔をじっと見た双葉
「会長さんと由季ちゃん
それに、萌ちゃんと…」
双葉が言いかけたとき扉の鈴
が鳴り三人が入って来た

カウンターにやって来た佳子
「珈琲、いただけます?」
穏やかな笑顔で言う
「はい、いいですよ
三人分ですね」
後から来た二人を見て言った
「そうね、頼みます」
カウンターに座る三人
「二人はどうしたんですか?」
珈琲の準備をしながら聞く
「あら、若い二人の邪魔する
ほど野暮じゃないわよ
ねぇ、にいさん」
隣に座る兄に言う

「でも社長、あの人のこと
ずっと好きだったのかな?」
茶髪の青年が二人に訊ねる
「さあ、どうなんだろうな
こればかりは本人に聞かない
とわからないよ」
そう答える健士

茶髪にルビーのピアス
写真のケン兄ちゃん
でも、目の前にいる人は
短めの黒髪、ピアスはない
どこかですれ違っても同じ人
だとは気づかない

「あなたは誰なんですか?」
じっと彼の顔を見て訊ねる
「俺は栗栖 健」
そう言った彼の声は確かに
萌が探しているケン兄ちゃん

「タケル…」
「健康の健の字でタケル」
驚きすぎて言葉がでない
「萌ちゃん」
聞き覚えのある声で呼ばれる
みるみる涙が溢れる萌
「相変わらず泣き虫だな」
あの頃と変わらない笑顔
「なっ、泣き虫じゃないもん」
少し拗ねた顔で答える萌
その顔を見て笑いだす健

「そんなに笑わないでよ!」
ますます膨れっ面になる萌
「そんなとこは
変わってないよね」
変わらぬ声で言う健
「失礼ね、もう子供じゃない
年が明けたら二十歳になるん
だからね!」
半泣き半笑いで言った萌

「はたち…」
そう言うと真っすぐに
萌を見つめた
「そうだね
もう大人だよね…」

じっと見つめられ
おもわず目を反らし
真っ赤な顔になる萌

「萌ちゃんは
自分のやりたいこと
見つけられたんだね」
萌から目を反らし写真を見る

「やりたいこと…」
健の言った言葉を繰り返す

「素敵な写真だよ」
優しく語りかける健

「まだまだだよ
これから先のことだって
何も決まってないわ
三月に写真学校を卒業だけど
不安しかないもん…」
心配気に答える萌
「大丈夫だよ!俺が二十歳の
ときなんかやりたいことも
なくてブラブラしてたからな」
「サンタのおじさんが
言ってた、ケン兄ちゃんは
いろんな仕事してたって」
健の背中に向かって言った

「この写真
おじさんが撮ったやつだろ」
「うん、そうだよ
おじさんが亡くなった後に
写真館の中から出てきたのを
貰ったんだ」
そう言いながら写真の側に
近づく萌
健から少し離れた位置から
ケン兄ちゃんの写真を見る

「どうしてケン兄ちゃんを
探してたの?」
萌の方を見て訊ねる
「あの…」
健の目から顔を反らしながら
口ごもってしまう

「“捜しや”の二人から
萌ちゃんのことを聞いて
どうしてなんだろうと訊ねた
そうしたら自分達は探すのが
仕事だから、後は依頼人の
萌ちゃんから答えてもらえ
って言われたんだ」

一度深く息を吸った萌
そして話し始める

「お兄ちゃん
あのとき言ってくれた
“一人じゃない”って…そして
写真を持ってきてくれた
この中にみんないるからって」

そう言って健をじっと見る萌
いつの間にか二人の距離は
お互い手を伸ばせば触れる
距離に近づく
萌が健の目を見て言う

「東京に出てきて
周りの人に優しくされた
お兄ちゃんの言った通り
でもね、それでもね
堪らなく寂しいときはね
写真を見てたんだ
そのときね、いつも
お兄ちゃんの言葉を
思いだしてたんだよ」

「俺の言葉…!」

「いつも村のことを思いだす
ときはケン兄ちゃんのことも
一緒に考えてたんだ」

潤んだ瞳で健を見た
萌に見つめられ心の奥に
熱い想いが湧き上がってくる
のを感じる健

「でも、こっちに来て多くの
人と出会っただろ…
それなのに、どうして
ケン兄ちゃんのことを
探す必要があるんだ?」

自分自身の中に感じた想いが
なんなのかが判らず
もどかしく感じる想いで
萌を見ながら訊ねた

「うん、こっちでも友達が
いっぱいできたよ
それに村にいる友達とも
変わらず仲良くしてるしね」
嬉しそうな笑顔で話す萌
「だったらケン兄ちゃんの
ことなんか思いだすこと
ないだろう?」
萌から目を反らし
村の子供達の写真を見る

「こっちに来た頃はね村の
みんなのことばかり考えてた
でもね、少しづつだけど
こっちの生活にも慣れたわ」
そう言って中学、高校の友達
と一緒の写真の前に来る萌

「別にずっとケン兄ちゃんの
こと考えてたんじゃないわ
でもね、知り合って、親しく
なったらカメラを向けてた
だってね、いつ別れがくるか
わからないでしよ」
寂しげな顔になり言う萌
「萌ちゃん…」
寂しげな横顔の萌を見る健

「俺はね、東京に戻ってきて
村のことや萌ちゃん達のこと
考える余裕なんかなかったよ
正直いって、二人の葬儀が
終わったらすぐに家を出る
つもりだったんだ
でもさ、会社を守る為に
必死で頑張ってる人達を
見たら知らん顔できなかった
俺に何が出来るかは
わからなかったけど、でも…
何かしなきゃあって
その気持ちだけでこの何年間
やってきたんだ…!
だから、昔のこと考える時間
なんかなかったよ」
自分の写真を真っ直ぐ見つめ
そう言った

「ケン兄ちゃん
大変だったんだね」
「萌ちゃんに比べたら
大した事ないよ…」
写真を見ていた目を
彼女に向けた

「家族を突然亡くすって
どんなに辛いのか
あのとき思い知らされた」

悲しい顔になる萌

「でもさ、すべて失った
わけじゃない
むしろ守るべきものができた
と言うべきかもしれない」

「守るべきもの…」

そう言った健を見る萌
その表情は力強いものだった

「私がね、ケン兄ちゃんに
会いたいって思ったのはね…」
写真の前から離れ
受付の方へ歩きだす萌
そんな彼女を目で追った健

「写真学校の同級生に告白
されたの、私は友達の一人
だったから…じゃあこれから
考えてくれって言われたの
すこし考えさせてって言った」

彼女の言葉に心がザワつく健

「その日ね
小さな頃から今までのこと
思い返したの…」

萌の小さな肩が震えてる
のを見た健

「そのとき心に浮かんだのは
ケン兄ちゃんのことだった」

萌の真後ろに来る健
震える肩に手が
伸びそうになった
そのとき萌が顔を健に向ける

「あのとき、みんなが
いろんな言葉をくれた
でも、私が一番覚えてるのは
ケン兄ちゃんの言葉だった」

「俺の、言葉…」

「あのとき
言ってくれたこと全部
そしたら、お兄ちゃんに
会いたくなった、会って
ちゃんと言いたかった
“ありがとう”って
私、ちゃんと生きてるって
そして、これからも
ちゃんと生きてくって…

でも、考えもしなかった
お兄ちゃんにとっては迷惑
なのかもしれないかもって…」

「初恋は実らない
って言うけど
そんなことないわよね」
ボソッと呟いた由季
「えっ、初恋って…」
キョトンとした顔で
彼女を見る直人
ここは直人か経営する酒屋
小さなカウンターの前に
椅子を並べてすわる二人
「まぁ、一般的には
そう言うけれど、でも
人それぞれ…だろ」
由季の問いかけに自分なりの
意見を言う直人

「由季さんの初恋は
何歳の頃なんだ?」
「あたしの初恋は小学生
担任の先生かな」
「そっか、じゃあ、やっぱり
年上の人が好きなんだね」
「別にそんなことないけど
でも、理想の人はおとうさん
だから、年上のがいいのかも」
少し考えて言った由季
「おとうさんが理想か
かなわない気がするなぁ」
「あら、どうして?」
少し恐い顔で直人に問う

「由季さんのおとうさんは
公務員で役所勤めだろ
それに比べたら、こっちは
今にも無くなるかもしれない
小さな店だからな…」
「そんなことないわよ
立派な一国一城の主だわ!」
落ちこんでる直人に言った
その言葉にますます
落ちこんでる様子の直人
「一国一城の主…か
それも今の時代、どうなるか
わからないよなぁ…
今は安く酒を売ってる店が
あるからさ、この店だって
どうなるのか、わからないよ」
厳しい顔になる直人

すると
椅子から立ち上がる由季
そして真っ直ぐ直人を見た
「だったら、この店でしか
出来ない事をすればいいわ」
「えっ、どういうこと?」
「うーん
まだわからないけれど
でも、何かあるはずよ」
両腕を組み考えだす由季
「あたしも協力するわよ
迷惑じゃなければね!」
満面の笑みでそう言った
「迷惑だなんて…
でも、本当にいいの?」
「あたしでよければ、ね」
「ありがとう、由季さん」

「迷惑だなんて
思っでないよ」
きっぱりと言った健
「むしろあの頃の俺の方が
よっぽど村のみんなに
迷惑かけてたよ」
遠い目をして話しだす健
「嫌なことばかりあって
東京にいたく無かったときに
叔父さんがあの村にいる
三田さんを紹介してくれた」

「おじさん…?」

「ほら俺の母親の隣にいた人
三田さんと、あっ、
サンタのおじさんと知り合い
だったから」
懐かしい人の名前を口にする
「初めてあの村に行ったとき
一ヶ月もここにはいないって
思ったんだけどな…」
苦笑いしながら言う
「えっ、どうして?」
健の言葉に不思議そうな顔を
する萌
「萌ちゃんは
あの村で育ってるからね
でも、俺みたいな都会育ちの
人間には何も無いってのが
不思議な感じなんだよな」
改めて写真を見る二人
「何も無い…」

「サンタのおじさんの
ぎっくり腰が治るまでの
手伝いのつもりだったしね」
「そうだったんだ、じゃあ
どうしてずっといたの?」
健をじっと見つめ聞く
萌に見つめられ顔が赤くなり
慌てて萌から離れる健
「どうしてだろうな…
自分でもよくわからないんだ
でもさ、一番大きな要因は
萌ちゃん達だとおもうよ」
照れくさそうに話す
「私…達?」
目を見開いて健を見る萌

「うん、そう
なぜだか知らないけど子供達
に引っ付かれて、そして気が
ついたら村の人とも仲良く
なれてたんだよな」
まだ照れた顔のままで言う健
「ほんと、そうだね
なぜだかわからないけど
みんなお兄ちゃんのことが
好きになってたよ」
熱い瞳で健を見て答える萌
彼女の瞳から目を離せずに
見続けた

「あっ、あの…今日は
ありがとうございました
わざわざ来てくださって…」
他人行儀な話し方をする萌
「何…その喋り方」
口もとに笑みを浮かべ訊ねる
「だって
それは当たり前です
私のわがままのために
来ていただいたのに
きちんと挨拶しないと
失礼になります」
「だから、そんなに
かしこまらなくてもいいよ」
昔と変わらぬ笑顔で言う健

「ケン兄ちゃん…
あっ、ごめんなさい
名前違うんですよね」
そう言いながらも健を
じっと見ている
「いいよ別に…子供の頃から
よく間違えられてるから
気にしてないよ
サンタのおじさんにも
間違わられたからな」
「じゃあ、どうして
訂正しなかったんですか?」
真っ直ぐ見つめて聞く
ずっと見続ける萌に
心が揺らぐ健

「あの頃の俺は
やけっぱちだったからな
名前なんかどうでもいい
つまりは嫌なことから逃げて
ただけだよ」
萌から目を反らし天井を仰ぐ

「萌ちゃんは偉いよね
あんなに辛いことがあっても
ちゃんと前を向いて歩いてる
その強さが羨ましいよ」
両手を組み
天井を仰いだままの健

「私、強くなんかないよ
みんなが、村の友達や
こっちでできた友達が
励ましてくれたから
それに、おじさんやおばさん
おばあちゃん
従兄弟のおにいちゃん達も
見守ってくれてるから
お兄ちゃんも、そうでしょ?」
健に問いかける萌

「今、頑張れるのは
応援してくれる人が
励ましてくれる人がいるから

ヒロさんが言ってたよ
タケル社長の仕事は大丈夫
だって、きっと若い人達に
受けいられるだろうって…」
笑顔を健に向ける萌
「そうだと嬉しいけどね
周りにいろいろ言われながら
やり始めたことだからな」
難しい顔になり
俯きかげんで話す

「でも、よかった
お兄ちゃんに会えて
時さんや奏さんに
お礼をいわなきゃね」
そして、また笑顔を見せる萌
その笑顔を見て心がときめく

「萌ちゃん…」
少し緊張気味に声をかける
その声に顔を強張らせる
「俺はいつまでたっても
ケン兄ちゃんのままなのかな」
真剣な顔で問いかけた
「えっ…あの、
それはどういう意味?」
「ケン兄ちゃんとしてでなく
俺のこと見てくれないかな」
少し戸惑いながら言う
「あの…」
健の真剣な様子に衿を正す萌

「改めて自己紹介
俺は来栖健(くるす たける)
一応、社長だなんて
言われてるけど、まだ半人前
これから先、どうなるか
わからないけど頑張るから
もし嫌じゃなかったら
俺のことを見ててほしい」

「えっ…あの」
健の言葉が理解できずに
彼を見つめた

「萌ちゃんが側に
いてくれたらどんなことも
できる気がする」
健の言葉に
信じられない顔になる

「私は、ただお兄ちゃんに
会えただけで嬉しいよ
ただそれだけで…だから
それ以上のことなんか…」

「萌ちゃん
俺の車で由季ちゃん家に
行ったこと覚えてる?」

由季の誕生会の日
父親の車で送ってもらうはず
だった…でも、あの日ママと
樹里が風邪でパパが看病
だからケン兄ちゃんの車で
送ってもらったんだ

「あのとき萌ちゃんのパパに
言われた娘のことを頼むって
もちろん深い意味なんかない
ただの普段の挨拶だった」

あの日のことを思いだし
涙を浮かべる萌
父親と最後に過ごした時間

萌の瞳から零れ落ちる涙
もしも時間が逆戻りできる
ならあの日に戻りたい
そして、パパやママ、樹里を
取り戻したい

わかってる
そんなことはできないこと
過去は変えることはできない

「萌ちゃん…」

健が泣いて震えている
萌の肩を抱いた
そして、そっと背中を擦る
そう、あのときと一緒
泣いてる萌を抱きしめた
ケン兄ちゃん
あのときは健の半分も
身長がなかった、でも今は
健の肩口まで背が伸びている
彼女はもうあのときの小さな
女の子じゃない

「あの二組は今頃
どんな話しをしてるのかな」

「何…気になるの?奏さん」

長い足を組みカウンターに
頬づえをついている奏
「そりゃあ、ね」
双葉の言葉に苦笑いで答える

「俺達には浮いた話なんか
一つもないのにさ」
目の前にいる時を
上目遣いに見る

「あのね
時さんならともかく
奏さんは相手いくらでも
いるでしょ!」
呆れ気味に言う双葉
「あっ、ひどい
それじゃ俺が女なら誰でも
いいって風に聞こえるよ」
機嫌悪そうに答える奏
「あら、風にじゃなくて
事実でしょ!」
「双葉、言い過ぎだよ」
満弥が双葉に言う
「あら、そんなこと…」

チリーン
扉が開き、由季と直人が来る
「なんだおまえら、いちゃついてたんじゃないのか?」
からかうように言う奏を見て
カウンターにやって来た
「あのさ、からかったわけ
じゃないから…俺は二人の
将来を心配してるだけだよ」
直人に言う奏
「心配してくれてありがとう
おまえに相談があるんだよ」
真剣な様子の直人
「何?相談って…」
「あたしの考えなんだけど
聞いてくれるかな」
力強い瞳で話す由季
「いいよ」
その場にいるみんなも
一緒に聞いていた

「サンタのおじさんね
戦場写真家だったのよ」
「戦場写真…?」
“ケン兄ちゃん”の写真の前で
話す二人
しっかりと恋人繋ぎだ

「おじさんと一緒に戦場に
行ってた人の話、聞いたんだ
おじさんね、戦場でも子供の
写真を撮り続けてたのよ」
そう言って健を見る
「おじさんらしいね」
「ほんと、名前通りの人ね」
「名前通り?」
不思議そうな顔で萌を見る

「おじさんの名前は
三田健九郎、読み方変えれば
サンタクロース、なのよ」

「へぇ、そうなんだ!
きっとおじさんからの
プレゼントかもな…」
なぜかクスクス笑いだす健
「何がおかしいの?
それに、プレゼントって…」
繋いだ手を離し顔を傾けて
健を見る萌

「だから
クリスマスプレゼント」
「えっ…?」
「また萌ちゃんに
会わせてくれたこと
きっと、おじさんからの
プレゼントだよ」

その言葉の後、萌の肩を
自分の胸元に引き寄せた
健の行動に驚いた萌
おずおずと彼の背中に手を
回しチェックのシャツを掴む
お互いの身体の熱が伝わり
見つめ合う二人
心臓がドクドクと鳴り
真っ赤になる萌

「萌ちゃん…」
彼女の名を呼び顔を近づける
「ケン兄ちゃん…」
そっと名前を呼ぶ

「健(タケル)だよ」

「たける…さん」

恥ずかしそうに呼んだ

「萌…」

暫く見つめ合い
頬に口づける
頬から唇を離した健
「メリークリスマス」
優しい笑顔で言った
「クリスマスは
もう終わっちゃったよ」
照れくさそうに言う萌

「別に関係ないよ
俺、クリスチャンじゃないし」
おもわず笑いだす健
「じゃあ、クリスマスも
関係ないじゃないの」
拗ねた顔になる萌
「そうだよ、だって
サンタのおじさんからの
プレゼントだもんな!」
「フフ、そうね」
健の言葉に笑顔で答える萌

「来年のクリスマスは
村で過ごしたいな」
「ほんと、そうね
一緒に行けたら嬉しいわ」
そう言いながら村の写真を
いつまでも見ている二人











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