珈琲いかがですか?

木葉風子

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写真展 四日目④

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「お邪魔していいかしら?」
不意に声をかけられ驚いて
振り向く二人
いつの間に入って来たのか
由季が受付にいた
「写真みたいんだけど
いいかしら?」
慌てて健の側から離れる萌
「あら、いいのよ
引っ付いていても
久しぶりに話せたんでしょ
ケンにいちゃん! 」

「あっ、うん、えっと…
由季ちゃんだよね?」
彼女に確認する
「あら、覚えててくれたの?」そう言って写真の方に行く
「でも、わからなかったわ
あそこで会ったのが
ケンにいちゃんだなんて
だって、まるで別人だもん」
健を見て言った
「まあね…」
少し照れた様子で答える健
「ピアス、してないんだ」
健の耳もとを見た
「ああ、さすがにピアスはね
それに金髪もね」
「残念だな、似合ってて
カッコよかったのに…
クラスの女子にも
人気あったんだから」
「ヘェ~、知らなかった
怖がられてると思ってたよ」
苦笑いを浮かべながら言った

「萌、二人が待ってるわよ」
「えっ…?」
由季の言葉におもわず
彼女を見る萌
「無事に依頼が
受け取れたのか報告待ってる」
二人を笑顔で見ながら言う
「古時計で待ってるって
言われてたんだわ」
時の言葉を思いだした
「でも、ここを空っぽに
するわけには…」
「大丈夫、あたしが留守番
してるから二人揃って
いってらっしゃい」
手を振って見送る由季
「わかったわ、じゃあ由季
暫く頼むわね」
彼女に頭を下げ二人で
出ていった

「萌ちゃん、まだ来ないね」
「どうしてここで待つんだ」
路地から出て広い道の前に
立つ双葉と満弥
由季と直人を送り出して
二人も外にいる
「でも、やっぱり寒いわね」
雪は止んだとはいえ
冷たい風が吹いている

「あっ、萌ちゃん」
仲良く手を繋ぎ歩いて来た

「双葉ちゃん、どうしたの?」
道路の端にいる彼女に訊ねた
「うん、さっきね
由季ちゃん達見送ったとこ」
「由季なら会場にいるわ
誰もいないから留守番
してくれてるわ」
「うん、知ってるよ
会長さんは家に帰ったしね」

「あっ、ねぇ、あの二人
どうなったの?」
握っていた健の手を離し
双葉の側に走りだし訊ねる萌
急に手を離され手持ちぶたさ
にその手を見つめた健
「ほら、彼が寂しそうに
してるわよ」
からかうように言う双葉
「あっ…」
振り返り健の方を見る
なぜか渋い顔の健
おもわず顔を赤らめる萌

「その様子なら気持ちが
通じたみたいね」

赤い顔のままの萌
そんな彼女に寄り添う健
「あの、俺の知り合いは
まだ中にいますか?」
遠慮がちに聞く健
「みなさん
中で待ってますよ」
満弥が答える
「そうですか
ありがとうございます
じゃあ萌ちゃん、行こうか」
萌の肩に手を回し彼女を見る
「かあさんと叔父さんに
紹介したいから…」
熱い眼差しで彼女に言う
「あっ、あの私、でも…」
「大丈夫だよ」
そして離していた手を繋ぎ
直し路地の奥へと歩いていく

「なんだか素敵ね」
そっと呟く双葉
「えっ、何が?」
「冬の寒さは恋人達の気持ち
を温めるためにあるのかも」
「そうだね、寒いときは
人恋しくなるからな」
そう言って見つめ合う
双葉と満弥

「古時計」店内
カウンター近くの席に座る
「でも、羨ましいよな」
「何がだ?」
ぐちぐちと文句を言う茶髪の
青年に問いかける健士
「だってさ、この時期周りを
見てもカップルばかりでさ」
不貞腐れて話す
「あら、あなた確か
彼女いたじゃないの」
「ケンカ中!」
不貞腐れたままで言った
「それは大変ね
でも、どうして?」
心配そうに訊ねる佳子

「知らないよ、そんなこと
なぜだか知らないけど
勝手に怒ってるんだよ」
フウーと大きくため息をつく
「それでいいのか?」
健士が彼を見据えて言う
「なにがあったのか 
ちゃんと話し合わないと
後悔することになるぞ」
「そんなこと言っても
向こうが会ってくれないよ」
「何回でも行けばいいだろ
失ってからじゃ遅いぞ!」
厳しい表情で彼を見る健士
「あっ、うん、わかった
ちゃんと話し合ってみるよ」
「そうよ、彼女
きっと待ってるわよ」
二人に後押しされた

“チリーン”
そのとき扉が開き
萌と健が来た
「あ~あ
なんか腹立つなぁ~」
しっかりと手を繋ぎ合ってる
二人を見て羨ましそうに言う
茶髪の青年

「あの…」
健から手を離しカウンターへ
歩いていく萌
カウンターの中にいる時と
椅子に座っている奏に深々と
頭を下げる萌
「二人とも
ありがとうございました
おかげでケン兄ちゃんに
会えました」
頭を上げた萌
その顔はいままでに見たこと
ない最高の笑顔

「私は何もしてませんよ
萌ちゃんの強い思いが
通じただけですよ」
真っ直ぐに萌を見つめ言う時

「そうそう、きっと空にいる
萌ちゃんの大切な人達が
思いを叶えてくれたんだよ」
相変わらず軽い調子で言う奏

「大切な人…」
その言葉に健の方を見る

「今の萌ちゃんにとって
大切な人、そしてこれから
ずっと一緒にいられる人
一生、萌ちゃんを守って
くれる人に出逢わせて
くれたんだよ」

健をじっと見る奏
「責任重大…ね」
そう言って健に声をかける
母親の佳子
「かあさん…」
「でも、大丈夫よ
あなたのおとうさんは
私やあなた達二人の子供
そして、会社で働いてる人達
みんな大切に愛してくれた
あなたはその人の息子だから
大切な人達をちゃんと
守っていけるわよ」
慈しむような笑顔でまだまだ
若い二人を見る佳子

「あっ、あの…
よろしくお願いします」
佳子に向かって一礼する萌
「顔を上げて萌さん」
佳子の言葉に顔を上げた萌
「健はね、あの村に住んで
村の人達や子供達のおかげで
成長できたのよ」
佳子の言葉におもわず
苦笑いをする健
そしてポツンと一言
「まぁ、それは確かかもな」

「うん、間違いないよ
昔のタケさんは口が悪くて
喧嘩っぱやくって恐い存在
だったからな」
そう言った茶髪の青年
「恐いってそんなこと
なかったと思うけどな」
「でも、中坊の俺から見たら
近寄り難い存在だったよ」

二人の会話に目を丸くする萌
「あの、二人は昔からの
知り合いなんですか?」
健を見て訊ねる萌
「ハハ、まあね
こいつ中坊の頃から学校
サボって新宿や渋谷の街を
彷徨いていたからな」

健の言葉に顔を背ける
「ええ、どうせ俺は
どうしようもない男だよ」
「あら、でも今はちゃんと
頑張ってるじゃないの
だから昔のことは
気にしないことよ!」
明るく笑い飛ばす佳子
「まぁ、今うちにいる奴らの
半分以上は健が連れてきた
ヤンチャな奴らだからな」

「ほんと、古株の社員達には
迷惑かけてるよな
でも、あいつらだって
ほんとは立ち直るきっかけが
ほしかったんだよな
俺なんかで役に立つなら…
でも、まぁ、それも協力して
くれる人達がいるからやれる
ことなんだよな
だからさ副社長や父親の時代
から働いてくれてる人達には
感謝してるよ」

健の感触の言葉をしんみりと
聞く佳子と健士
その目には涙が光っていた

「誰だって
一人では生きていけない
多くの人と関わりあっていく
だからこそ“人の縁”は大切に
しなければいけないんだ

ときには辛い思いを
することもある
それでも生きていれば
そんなことも乗り越えられる
何故だとおもいますか?」

いつの間にか
カウンターの外にいる時が
みんなに問いかける

「何故なんですか?」
真剣な表情で聞き返す健

「自分を支えてくれる
人がいるから
たった一人でも愛してくれる
人がいれば、何があっても
生きていける…」

「何があっても…」
萌も時をじっと見つめた

「私はそう思っています
誰だって人には言わなくても
いろいろな思いを
心の奥に持っている
それでも笑っていられるのは
ひとりじゃないから」

「ひとりじゃない…」

その言葉に萌が健を見た
同じことを健に言われた
ことを思いだす

「まぁ、そう言うことで
時の話はこれで終わり!

萌ちゃん、これで
依頼は完了だよ」

静まりかえった空気を
あっという間に普通に
戻した奏の一声

「後は自分達で
話し合うことだな」
相変わらず陽気に言う奏
裏口から店内に来ていた
双葉と満弥

❨いろんな思いを心の奥に
持ってる…
奏さんはどんな思いを
抱えているんだろう
人前では陽気だけど…❩

「双葉、どうかした?」
真剣に奏を見る双葉を見て
訊ねる満弥
「えっ、…うん
なんでもないよ」
そう答えた双葉を
ただ見つめるだけの満弥

「ところで萌ちゃん
写真会場の方は大丈夫なの?」
双葉が心配して萌に聞く
「あっ、いけない
由季に留守番頼んだままだわ」
「じゃあ早く戻らなきゃ
それにもう終わりの時間だよ
今日は最終日だから、その後
片付けなきゃ、いけないわ」

「ほんと、そうだったわ
みなさん、ごめんなさい
そういうことだから
失礼しますね」
双葉にせかされるように
二人揃って店を出ていった

「なんだか、せわしいな」
ニヤニヤ笑いながら言う奏

「片付けは僕も手伝うから」
奏の方を見て言う満弥

「じゃあ社長、俺帰ります」
茶髪の青年が言う
「あっ、じゃあ
送っていくよ」
「大丈夫、一人で帰るから
それに行きたい所あるしね」

「行きたい所?」
健が彼を見た
「そう、さっきこの人の話
聞いてさ、彼女に会いに
行かなきゃって思ったから」
時を指差して言った
「それに社長は彼女の
後片付け手伝ってあげれば?」
「あら、確かにそうね」
佳子が二人の会話に入る
「帰り遅くなってもいいから
最後まで手伝いなさい
じゃあ、私達も帰りますね」
そう言って帰って行く三人

「健くん、立ってないで
とりあえず座ってれば」
奏が座るように言う
カウンターに座る健
そして時を見る

「あの…どうして
捜しやをしてるんですか?」

健の問いかけに
少し考えてから答えた

「そうですね
生き続けてほしいから…かな」

「生き続けてほしい…?」

「そう、大切な人達にね」

そう言って店の天井を見る時

「心配しなくても
簡単に死んだりしないよ」

時を見ながら言った奏

「生き続けてほしい…か
そうだよな
たとえ離れ離れになっても
生きてさえいれば
いつか会えることができる

あなたが捜しやを
やってる理由は人の“縁”を
結ぶためなんですね」

「そんなだいそれた理由
なんかないですよ
強いていえば
一人になりたくない
からかもしれない…」

健を真っ直ぐ見つめた

「あなたは
どうなんですか?」

今度は奏に訊ねる

「俺?俺はこいつのもとで
働いてるだけだよ」

時をじっと見続ける奏

「大丈夫ですよ
あなたの味方は
周りにいるから」

余裕の笑顔で健に言い切る奏

「わかってます
みんな口うるさく言いながら
俺のやることに力を貸して
くれてますから」

「奏さん、片付け始めますよ
手伝ってくれますか」
双葉の所にいた満弥が
みんなに声をかける

「さあ、行こうか」
店の外に出てきた男四人
空は夕暮れを通り過ぎ
月と星がもうすぐ顔を出す頃
僅かな照明の灯りの商店街
少しずつ闇を纏い始める
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