珈琲いかがですか?

木葉風子

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恋人たちのバレンタイン②

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喫茶「古時計」の扉に
閉店の札がかかる
店の中では片付け始めている
「お疲れさま」
時が珈琲を置いた
「いただきます」
女性三人が珈琲を飲み始める
「ねぇ、奏は…」
ヒロがカウンターに来て
目の前の時に聞く
カウンターの奥に
目配せする時

「明日の準備
もう始めてるのね
でも少し休憩しなきゃ
ぶっ倒れちゃうわよ」
キッチンに目をやり心配
そうに言うヒロ

「ねぇ、奏さんに
お菓子作り教えてもらって
るんじゃないの?」
由季が萌と双葉に訊ねる
「教えてくれる訳じゃないの
奏さんのデザート作りの
手伝いするのよ、つまりは
見て覚えろってことなの」
カウンターに片肘をつき
由季を見て言う双葉
「奏さん忙しいのよ
でも手伝ってるだけでも
いろいろ覚えられるわよ」
萌が楽しそうに由季に言う
「へえー、そうなんだぁ」
そして奥のキッチンを見た

「じゃあ、そろそろ
キッチンに行きましょう
奏ひとりじゃ大変だからね」
「そうね、じゃあ私達も
キッチンに行きましょう」
「あっ、時も来なさいよ」
ヒロの言葉に首を振る時
キッチンには入ってこず
五人で長らくキッチンで
明日の準備を終えた

「で、こんな時間なんだ」
喫茶店を出て直人の車の中
助手席に由季が座る
後部席には萌と双葉がいる
「悪いわね、私の家の方が
遠いのに送ってもらって」
双葉が運転中の直人に
声をかける
「それにしても
毎日忙しそうだね
今までこんなこと
なかったのにさ」
暗闇の中、車を走らせながら
ポツリと呟いた

「期間限定商品
持ち帰りもできるからね
食べて気に入ったら
買って帰る人もいるから
いつもより多く用意するから
奏さん大変だと思うわ…
私達が手伝えることって
僅かだからね」
奏の心配をしながら話す萌
隣に座る双葉は車のライトに
照らされた道を見ている

「まぁ、そのおかげで
商店街にも人が来てくれて
少しは賑わってるよ」
口もとに笑みを浮かべながら
嬉しそうに話す直人
「でも問題はこれからよ
せっかく集まって来てくれた
お客さんが何度でも足を
運んでくれるような商店街に
していかなきゃね」
真剣な顔で言った由季
「そうよ、東京だからって
賑わってる所ばかりじゃ
ないからね」
前を見続けながら話す双葉

「どうしていけばいいか
これから考えていこうと
思ってるのよ」
運転席の直人を見て話す由季
そんな由季の言葉に頷く直人
これからの商店街の行く末を
真剣に考える二人を後ろの席
から見つめる双葉と萌

「大変だけど
やりがいがあるじゃないの
奏さんも時さんも同じこと
考えてるんじゃないかな
多くの人が集まってくれば
雰囲気も変わってくるしね
それにあの二人目当ての
お客さんは女性が多いから
女性の方が購買意欲あるわ」
双葉がそう言った

「それとね、私が写真展を
やったみたいにあの場所を
いろんな人に貸し出せば?
いろんな企画をすれば
それに興味のある人達が
集まってくれるかもね」
萌もアイデアを出してくれる

「そうだな、商店街のみんな
と協議してみるよ。このまま
寂れてほしくないからな」
商店街の会長の顔になる

そんな話しをしているうちに
静かな住宅街を走る車
やがて一軒の家の前に着く
「ありがとうございます
直人さん。萌、由季
明日もよろしくね」
車から下りた双葉を残し
萌の家へと走って行った
それを暫く見送る双葉

「さあ、明日め頑張ろう!」

バレンタインまであと四日
彼女達は大切な人にどんな
プレゼントを送るんだろう
大きく背伸びをして家の中
へと入って行く双葉

毎日、毎日慌ただしく過ぎ
今日はバレンタイン前日
バレンタインフェアの中でも
忙しい日となるだろう
持ち帰り用はいつもよりも
多く用意をしている

「おはようございます」
元気よく挨拶をして
裏口から入って行く
カウンターの中の時が
挨拶を返してくれる
「ねぇ、奏さんは?」
キッチンを覗いた双葉が
時に訊ねる
「もう来るとおもうよ
昨日も遅かったからな」
時の言葉に合わせるように
階段を下りる足音がする
「奏さん、疲れてなきゃ
いいけどね…」
三人同時に言った
「なるべく奏さん
休ませてあげようよ」

「おはよ~う!」
まだ眠そうな顔で挨拶する
「奏さん、まだ寝てていいよ
午前中は私達でやるから…」
双葉が奏の顔を覗き込んだ
「う~ん、そうだなぁ
モーニングは双葉ちゃんに
任せてもいいかな
ケーキ類は冷蔵庫にあるし
パフェは二人にも出来るか
なら、も少し寝てくるよ」
大あくびをしながら階段に
向かって歩いて行く奏

「じゃあ、みんな頑張ろう」
由季が張り切って
気合の声をかける
「時さん
よろしくお願いします」
萌がカウンターの中にいる
時に頭を下げた
「午前中は常連が多いかな…
それにヒロさんも来るから
なんとかなるよ」

時の言葉通りに
午前中は忙しくなかった
「今日は昼休憩も
ないんでしょ」
「そうよ、今日は持ち帰りの
お客さんが多いと思うよ
明日が本番だもんね」
「本番…ね
でも日本中でどのくらいの
カップルができるのかな…」
「現在付き合ってる人や
結婚してる人も
盛り上がるのかなぁ~」
女子四人?の会話を
優しい表情で聞く時

「それに今日は仕事が
終わってからが本番だから」
「で、なに作るの?」
「どうしようかなぁ」
「何だかワクワクしちゃうな」
「でも、上手くできるかな…」
延々と続く四人の会話
時刻はもうすぐ
十二時になろうとしていた

みんなの予想通りに
持ち帰りのチョコやケーキが
売れていき、夕方には完売だ
扉に〔閉店〕の札をかけた
「ご苦労さま
今日はほんとに助かったよ」
扉の鍵を閉め戻ってきた奏
「よかった~!
男前に戻ってる!
朝はくたびれた顔だった…」
ヒロが両手を広げ
笑顔で奏に抱きつく
「ほら、ひっつかない!」
ヒロの両手を無理やり剥がす
「ケチ!抱きつくぐらい
いいじゃないの~!」
口を尖らして言うヒロ
そんな様子に大笑いする

「珈琲だよ」
時がみんなに声をかけ
カウンターに座った
「休憩が終わったら
チョコ作り始めるから」
奏がみんなに言った





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