珈琲いかがですか?

木葉風子

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時の秘密 奏の真実 前編②

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「おはようございます」
裏口の扉が開き
元気な声が響いた
「おはよう 萌ちゃん」 
「今日は私だけなので
よろしくお願いします」
「ああ、そういえば
双葉ちゃんは友達の
結婚式だったね」
「はい、だから今日は
奏さんに頑張って
もらわないとね
あれ、奏さんは?」
店中を見回しても
奏の姿は見当たらない

「あいつ、もう少し
寝かしてやってよ」
「奏さん、昨日
遅かったんですか?」
心配気に訊ねる萌
「うん、まぁ
ちょっとね…」
珍しく言葉を濁す時
「あの、ほんとに
大丈夫なんですか?
時さんがかまわないなら
開店時間、遅らせます?」

「えっ、開店時間を?」
「ええ、だって奏さんが
いないとオムレツが
出せないでしょ…
それなら少しぐらい
開くの遅くても
かまわないと思うわ」

萌の言うとおり
開店時間を遅らせた
いつもの時間に来る
常連さんには入って
もらい札は“閉店”の
ままにした

「おじさん、すいません」
萌がいつものテーブルに
珈琲を運んでくる
「いやいや、時の珈琲が
飲めるなら問題ないよ
でも、奏はいったい
どうしたんだ?」
「私もよく
知らないんですけど
疲れてるらしいんです」
「へぇ、そうか
あっちの仕事の方が
忙しいのかな…」
難しい顔で考える

『奏ちゃん起きなさい』
夢うつつの中
懐かしい声が聞こえる
『ほら、奏ちゃん
ごはんよ』
『う~ん、わかってるよ
もう起きるよ』

ガバッと飛び起きる奏
「今のは…」
暫くボゥーと考える
「おかあさん…」
哀しげにボソッと呟いた
そして慌てて時計を見る
「あ~!」
おもわず声が出る
「開店時間過ぎてる
じゃないか~!」
飛び起きて書斎机の前に
行くとメモ用紙があった
[今日はランチタイム
からの出勤でいいからな]

「時…」
メモ用紙をじっと見つめる
❨別に気を使わなくても
いいのに…❩
椅子に座り天井を見た
❨あいつには気遣い
ばかりされてる❩
煙草に火を点け
大きく息を吸った

薄暗い部屋
閉じているカーテンから
わずかばかり陽が差す
暫くベッドに座り込むが
おもいっきり伸びをして
立ち上がる奏

シャー
カーテンを一気に開ける
薄暗かった部屋が途端に
明るくなった
窓を開けるとモワッと
した空気が抜けていった
変わりに新緑の緑の匂い
を含んだ風が入り込む
その空気をおもいっきり
吸い込んだ
「さあー頑張ろう!」
自分自身に言い聞かせ
窓を閉めた

バタバタバタ
カウンターの奥から
騒騒しい音がする
どうやら奏が階段を
下りてくる音みたいだ
バタン
キッチンの扉が開いて
カウンターの方へと
足音が近づいてくる

「ごめーん、時」
頭を下げながら
時の前に立つ奏
「別に朝は常連客だけ
だから大丈夫だよ」
いつもと変わらない時
「なんだかその言い方
俺がいなくてもいい…
みたいに聞こえるよ」
捻くれた言い方をする奏

「おーい!奏
さっそくで悪いけど
オムレツを頼むよ」
右手を上げ注文する
おやじさん
「へ~え
俺のでいいの?」
拗ねたような返事をする
「当たり前だろ!」
おやじさんの一言で
キッチンへと戻る奏
いつもの場所で動きだす

「奏さん、いつもと
変わらないですよね」
安心して時に訊ねる萌
「そうだな…まぁ、少し
疲れてるだけだろ」
真っ直ぐ萌を見て言う時
「それは時さんも
一緒でしょ?」
見つめられ
少し目を逸らして聞く萌
「どうだろうね
あいつはいつだって
動き回ってるからな
でも、このごろは
萌ちゃんたちに
任せてる気はするけど…」
口もとに笑みを浮かべて
言う時

「ここに来るお客さん
優しい人だから私は
ただいるだけですよ
キッチンは双葉が
頑張ってるからね!」
「そうだな、だから
たまには奏にも
頑張ってもらうよ!」
口もとの笑みが少し
意地悪っぽくなる

「おまたせー」
出来たてのオムレツを
手に持ちキッチンから
出てきた奏、それを
受け取ろうとする萌
「いいよ!俺が直接
持っていくからさ」
軽くウインクをして
萌に言った
「たまには働かなきゃ
クビになったら困る」
そう言って時を見てから
テーブルの方へ行く奏
「奏さん 
気分害したのかしら?」
心配そうに時を見た萌
「ハハ、大丈夫だよ
そんなことを気にする
奴じゃないからね」

「長らくおまたせ
しましたー!」
陽気な声でテーブルに
オムレツを置く奏
「じゃあ、待たせた
詫びにタダにしてよ!」
「ざんね~ん
俺はここの雇われ人
そんな権利ないからな!」
「で、何かあったのか?」
真剣な様子で訊ねる
おやじさん
「何かって…?」
とぼけた顔で答える奏
「まっ、いいけど
話しぐらいなら
聞いてやるよ!」
心配気に言う
「どうぞ、ご心配なく
ほんとに何もないから…」



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