文学作品現代超解釈

II-IIG【ツツジ】

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『杜子春 - 芥川龍之介』1

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  一

 或る春の日暮れ。
 京都駅程近くのロータリー、一人の若者がぼんやりと空を眺め、立ち竦んでいた。
 若者の名は杜子とししゅん。出自は金持ちの血筋であるものの、両親を失った今は財産を費い尽くし、その日暮らしのような憐れな生活を送っていた。
 此の頃京都はインバウンド需要に依って嘗てないほどに繁昌を極め、仕切無く人や車の往来が続いている。油のように光る夕日の中に、人種の垣根を越え入り混じり、絶えず流れる容子ようすなど、まるで画のような美しさである。
 然し、対比するように杜子春は相も変わらず、壁に身をもたせ、ぼんやりと空だけを仰いでいた。夕暮れ時ということもあり、空には薄らと細い月が顔を覗かせている。然様な、他の誰もが気にも留める必要もない些細な事柄だけが、彼の世界に於ける唯一の変化であった。

 ───日は暮れるばかりで腹は減る。昨今では寝泊りできるような場所は排除されつつある。こんな思いをして生きる位ならば、一そ鴨川に身を投げた方がマシかもしれない。
 と、このような取り留めもない事を杜子春は思い巡らせていたわけだ。
 すると、ふっと湧いて出てきたように、突然彼の目の前に片目を髪で隠す青年が現れた。
 夕日の光を遮り大きな影を杜子春の顔に落とし、

「お前、今何考えてんの?」

 と、横柄に言葉を掛けた。

「僕ですか?んー……今夜寝る場所も無いんで、どうしたもんかなと考えてましたよ」

 杜子春は、青年の唐突な問いに思わず一瞥なく正直に答えてしまう。
 自らと同じ境遇───生活困窮者同士の他愛もない世間話かと思ってのことだったからだ。
 然し今一度、青年の顔に向き直してみると、立ち振る舞いや風貌、身に着ける雅な京風袴、そのどれをとっても宿無しの其れではなかった。
 それを踏まえて、先の台詞を考えてみれば単なる一般人の冷やかしにも取れる。考え無しに返事をするのではなかったと、杜子春は少しだけ後悔した。
 それと同時に、馬鹿にされていると終ぞ知らぬ阿呆と、さぞ嘲笑されるだろうと、起こり得る次に、焦って目を伏せる。
 然し、裏腹に青年は暫く考えている様子であった。

「そっか。ソレは可哀そうやなあ」

 そして、徐に往来に射す夕日の光を指差し、

「じゃあ俺が好いことを教えてやるよ。この夕日の中に立って、お前の影の頭に当たる部分を覚えておけ。夜中に再び訪れれば、その場所にきっとお前が生きるのに困らぬ程度の金が在る筈だ」
「え、マジすか」

 杜子春は驚き、伏せていた眼を挙げた。すると、不思議なことにあの青年は居らず、影も形も見当たりはしなかったのだ。
 その代わり、空の月の色はなお白くなり、止め処ない往来の人通りの上には、もう気の早い蝙蝠が二三匹ひらひらと舞っていた。
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