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『杜子春 - 芥川龍之介』2
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二
杜子春は一日の内に、京都は疎か日本でも唯一という程の大金持になった。
あの青年の言葉通り、夕日に影を映して見てみると、その頭に当たる部分は駅のロッカーであった。そして、夜中にそっと開けてみれば、其処にはHDDが一つ置かれていた。
その中身は今も尚高騰を続ける仮想通貨で、青年は〝生きるのに困らぬ程度の金〟と表現していたが、時価で云えば百数億にも上った。
大金持となった杜子春は、すぐに鴨川沿いの億越え町家を買い取り、平安の帝にも引けを取らぬ程の贅沢の暮らしを始めたのであった。
仏蘭西のソムリエから希少な自然派ワインを買い取るやら、龍眼等の世界中の希少な果実を旬毎に空輸させるやら、牡丹を植えた庭園に時間帯によって色を変化させるプロジェクションマップを施すやら、ブランド品を片端に買い占めるやら、屋久杉の原木を削ってEVリムジンの内装に用いるやら、その贅沢を一々書いては、この話が終わらぬ位であった。
すると何処から噂を聞いたのか、今迄連絡も寄越すこともなかった友人等が、朝夕遊びに来るようになった。
それも一日毎に数を増し、半年経つ内には、関西を拠点とする女優や女子アナウンサー、インフルエンサー等のありとあらゆる美女の中に、杜子春の家へ来訪したことのない者は一人としていない位であった。
杜子春は彼、彼女らを相手に毎日パーティーを開いた。その盛んさも語るに尽きぬ程である。搔い摘むとすれば、先のワインを価値の判らぬ有田焼で吞みながら、海外より呼び寄せた奇術師の芸に見惚れていると、その周りには二〇人の女子達が、十人は翡翠の蓮の花の様な、十人は瑪瑙の牡丹の花の様な衣装を身に纏い、曲に合わせて踊っているという景色である。
然し幾ら大金持と云えど、元手が存在しただけで稼ぎがある訳でもない。御金には際限があり、贅沢家の杜子春も一年二年と経つ内にその資金に底が見え始めた。
暗号資産で得た富を、暗号資産で増やそうとも試みたが、学や知識があるわけではなく余計傷を拡げるだけであった。ならば、と投資に手を出すも、似たような結果になった事は語るに及ばない。
そのように彼是としている内に、追い打ちを掛けるように、仮想通貨換金に伴う所得税が最大の五十五パーセント、固定資産税等の多数の税に依って、直ぐに貧乏へと成り果てた。
ともなれば人間は薄情なモノで、昨日まで毎日訪れていた友達も、SNSの返信は疎か〝いいね〟さえもありはしなかった。
況して三年目の春。
又杜子春は以前と同じ一文無しへと返り咲き、この京の都の中で、彼に宿を貸そうという家は一軒も無くなっていた。厭、宿を貸す所か、今では椀に一杯の水も恵んでくれる者でさえも居なかった。
或日の夕方、彼はもう一度あの京都駅程近くのロータリーに行き、ぼんやりと空を眺めながら、途方に暮れて立っていた。するとやはり昔の様に、片目を髪で隠す青年が、何処からか姿を現し、
「お前、今何考えてんの?」
と、声を掛けた。驚くことに三年前と一言一句違わず、そしてその容姿さえも変わらず、まるでドラマの再放送を映すように青年は其処に居た。
杜子春はその青年の顔を見ると、恥ずかしそうに下を向いた儘、暫くは返事をすることはなかった。
自らの三年が濁流の様に脳裏を支配する。所謂〝合わせる顔も無い〟という表現が相応しい。彼への恩義など、その三年の間に沸き起こる事はなかったのだから。
だが、そんな心中が伝わる訳も無く、青年はその日も親切そうに同じ言葉を繰り返す。
その言葉言葉に折れる形で、此方も以前と同じように
「……僕ですか。今夜寝る場所も無いんで、どうしたもんかと考えてました」
と、恐る恐る返事をした。
「そっかあ。ソレは可哀そうやなあ。
じゃあ俺が好いことを教えてやるよ。この夕日の中に立って、お前の影の胸に当たる部分を覚えておけ。夜中に再び訪れれば、その場所にきっとお前が生きるのに困らぬ程度の金が在る筈だ」
青年はそう伝えると、今度も亦人混みの中へ、搔き消すように隠れてしまった。
そして、杜子春はその翌日より、忽ち天下第一の大金持へと蘇った。と同時に、昨日の後ろめたさなど嘘の様に、仕放題な贅沢を始めたのだった。
その贅沢とは全て、既に昔辿った道。ともなれば、再び得た資金も又三年ばかり経つ頃には、すっかりと無くなっていたのであった。
杜子春は一日の内に、京都は疎か日本でも唯一という程の大金持になった。
あの青年の言葉通り、夕日に影を映して見てみると、その頭に当たる部分は駅のロッカーであった。そして、夜中にそっと開けてみれば、其処にはHDDが一つ置かれていた。
その中身は今も尚高騰を続ける仮想通貨で、青年は〝生きるのに困らぬ程度の金〟と表現していたが、時価で云えば百数億にも上った。
大金持となった杜子春は、すぐに鴨川沿いの億越え町家を買い取り、平安の帝にも引けを取らぬ程の贅沢の暮らしを始めたのであった。
仏蘭西のソムリエから希少な自然派ワインを買い取るやら、龍眼等の世界中の希少な果実を旬毎に空輸させるやら、牡丹を植えた庭園に時間帯によって色を変化させるプロジェクションマップを施すやら、ブランド品を片端に買い占めるやら、屋久杉の原木を削ってEVリムジンの内装に用いるやら、その贅沢を一々書いては、この話が終わらぬ位であった。
すると何処から噂を聞いたのか、今迄連絡も寄越すこともなかった友人等が、朝夕遊びに来るようになった。
それも一日毎に数を増し、半年経つ内には、関西を拠点とする女優や女子アナウンサー、インフルエンサー等のありとあらゆる美女の中に、杜子春の家へ来訪したことのない者は一人としていない位であった。
杜子春は彼、彼女らを相手に毎日パーティーを開いた。その盛んさも語るに尽きぬ程である。搔い摘むとすれば、先のワインを価値の判らぬ有田焼で吞みながら、海外より呼び寄せた奇術師の芸に見惚れていると、その周りには二〇人の女子達が、十人は翡翠の蓮の花の様な、十人は瑪瑙の牡丹の花の様な衣装を身に纏い、曲に合わせて踊っているという景色である。
然し幾ら大金持と云えど、元手が存在しただけで稼ぎがある訳でもない。御金には際限があり、贅沢家の杜子春も一年二年と経つ内にその資金に底が見え始めた。
暗号資産で得た富を、暗号資産で増やそうとも試みたが、学や知識があるわけではなく余計傷を拡げるだけであった。ならば、と投資に手を出すも、似たような結果になった事は語るに及ばない。
そのように彼是としている内に、追い打ちを掛けるように、仮想通貨換金に伴う所得税が最大の五十五パーセント、固定資産税等の多数の税に依って、直ぐに貧乏へと成り果てた。
ともなれば人間は薄情なモノで、昨日まで毎日訪れていた友達も、SNSの返信は疎か〝いいね〟さえもありはしなかった。
況して三年目の春。
又杜子春は以前と同じ一文無しへと返り咲き、この京の都の中で、彼に宿を貸そうという家は一軒も無くなっていた。厭、宿を貸す所か、今では椀に一杯の水も恵んでくれる者でさえも居なかった。
或日の夕方、彼はもう一度あの京都駅程近くのロータリーに行き、ぼんやりと空を眺めながら、途方に暮れて立っていた。するとやはり昔の様に、片目を髪で隠す青年が、何処からか姿を現し、
「お前、今何考えてんの?」
と、声を掛けた。驚くことに三年前と一言一句違わず、そしてその容姿さえも変わらず、まるでドラマの再放送を映すように青年は其処に居た。
杜子春はその青年の顔を見ると、恥ずかしそうに下を向いた儘、暫くは返事をすることはなかった。
自らの三年が濁流の様に脳裏を支配する。所謂〝合わせる顔も無い〟という表現が相応しい。彼への恩義など、その三年の間に沸き起こる事はなかったのだから。
だが、そんな心中が伝わる訳も無く、青年はその日も親切そうに同じ言葉を繰り返す。
その言葉言葉に折れる形で、此方も以前と同じように
「……僕ですか。今夜寝る場所も無いんで、どうしたもんかと考えてました」
と、恐る恐る返事をした。
「そっかあ。ソレは可哀そうやなあ。
じゃあ俺が好いことを教えてやるよ。この夕日の中に立って、お前の影の胸に当たる部分を覚えておけ。夜中に再び訪れれば、その場所にきっとお前が生きるのに困らぬ程度の金が在る筈だ」
青年はそう伝えると、今度も亦人混みの中へ、搔き消すように隠れてしまった。
そして、杜子春はその翌日より、忽ち天下第一の大金持へと蘇った。と同時に、昨日の後ろめたさなど嘘の様に、仕放題な贅沢を始めたのだった。
その贅沢とは全て、既に昔辿った道。ともなれば、再び得た資金も又三年ばかり経つ頃には、すっかりと無くなっていたのであった。
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