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第一章 始動

第16話 神のプログラム

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「簡単に言うと、先生の取った行動。あれは仕方が無かったんですよ」

 おいおい、朗報ってそれ?
 そんな言葉はギルドマスターから何度も言われた。
 仕方が有る無しの問題じゃねぇだろうよ。

「いや、そりゃ彼女を助ける為にやった事だが、それを仕方無いと割り切れる程腐っちゃいねぇよ。まぁ罪を償わず逃げ続けていた俺が言える話じゃないけどな」

「いや、そう言う意味じゃなくてですね。ギルドマスターにも確認したんですが、襲って来た村人の目はどうでした?」

 意味が分からんな? 村人達の目? そりゃ忘れもしない。
 奴や魔物化した大猿同様にルビーの様に赤く輝いていた。
 屍になった後も、真っ赤だったのを覚えている。

「あの魔族と同じ赤く輝いてたが、それがどうした? グレン達もなっていただろう?」

「あぁ、グレン達はまだ孵化……、あぁ俺達は、あの現象を孵化と呼んでるんですが、グレン達はまだ孵化していなかった。あれならセーフなんですよ」

「は? 孵化? まぁ、確かに瘴気の繭みたいな物に覆われていたけど、セーフって?」

 確かにあれは繭の様だった。言い得て妙だな。
 しかし、何を言っているんだ? 何故そんな事を知っている。

「そう言えばお前。あの場に来た時も奴の能力や治療方法の事を知っていたな。どうしてだ? 誰に教わった?」

「それなんですけどね。教わったとかじゃなくて、言うなれば学習したってやつですよ」

「学習……?」

「えぇ、知っての通り、俺達は討伐隊の本体として西の穀倉地帯に行っていたんですが、そこで数十の大猿達と戦ったんです。その内の何匹かがあの目をしていた。そいつに攻撃されると先生が昔言っていたように治癒魔法が効かない、つまり浄化をする必要が有るって事に気付きました」

「あぁ、確かに目が赤い奴にやられたらそうなるみたいだな。教会でも一人だけ酷い傷の奴がそうだったし、似たような傷を負ったカイの彼女もそうだった」

 そう言えば負傷者は何人か居たが、普通の大猿の攻撃と思われる怪我をした奴は瘴気に侵されていなかった。
 魔物化した奴だけが持つ攻撃方法なのか?

「暫く戦っているとですね。普通の大猿達がグレン達と同じく、黒い繭に覆われ出したんですよ。そして繭が消えた途端、赤い目をした大猿が襲い掛かって来た。牙を生やしてね」

「なるほど。じゃあ、グレン達は間一髪だったんだな。あんな牙が生えてたらグレンの奴なんてオーガと間違われるんじゃないか?」

 そうなったらカイの彼女も悲惨だよな。
 いや、カイが居るんで大丈夫か。しかし牙の生えた二人の子供はどうなるんだろう?

「そう、間一髪でした。あと少し遅かったら、

「え? 人間に戻れない?」

「はい。俺達実験したんですよ。それで繭に浄化を掛けると元の大猿に戻る事が分かりました。だから片っ端から大猿に向けて掛けて行ったんです」

 実験? 繭に掛けて戻るのはグレンで実証済みだ。恐らく繭になる前に掛けても同じ効果は有るだろう。
 では、人間に戻れないと言うのはどう言う事だ? 姿が元に戻らないって事か? 
 ……いや、この言い回しじゃあ?

「繭になる前のは予想通り元に戻り、そして正気に戻った猿達は森に逃げ帰っていきました。問題は赤目の奴です。そいつに浄化を掛けると……」

「掛けるとどうなるんだ? ……まさか?」

「えぇ、全く効きませんでしたね。危うくうちの治癒師が殺されかける所でしたよ」

 そ、そんな。と言う事は……。

「だからですね。先生はあの時最善を尽くしたんですよ。赤目になってしまった生物は戻らない。そうなったら自分が相手にやられるか、それとも相手を殺すしかない。村人達は可哀想ですが、魔物となったまま人々を襲い罪を重ねるより、せめてあそこで死ぬ方が……良かった。そう思います」

「そう……なのか? いや、しかし……」

「まぁ、先生は表面では悪ぶっていますが、心は優しいですからね。自分が許せない気持ちは仕方有りませんよ。でも俺が保証します。先生は悪くなかった。そしてそれでもまだ村人に悪いと思っているのなら、これからどんどん人助けをしていったらいいんです。その村人達の代わりに」

 ダイスは満面の笑みでそんな歯の浮くようなセリフを言い放った。
 まっ、眩し過ぎる!! けど、そんな眩しさに俺の心にも日が射したような気がした。

「はははっ、教え子にそんな事言われたら世話無いわ。俺も本当に焼が回ったな」

「そこで提案ですよ。俺のパーティーと一緒に旅に出ませんか?」

「それ却下。面倒臭ぇ」

「そんなぁ~。俺の願い聞いてくれるって言ったじゃないですか!」

「それはそれ、これはこれ、だ! いい加減俺離れしろよ」

 俺の言葉にダイスは凹んでいるが、これもこいつの優しさなんだろう。
 殺すしか無かったとは言え、命を奪ったのには違いない。
 そう簡単に割り切れないと言うのを分かっているからこそ、あえて冗談を言って俺の心を和ませようとしてくれている。
 本当に出来た生徒だな。有難い。
 
「そう言えば先生。あの賢者タイムって言葉なんですが……」

 俺がしみじみとダイスの気持ちに感に入っていると、急に話題を変えて来た。
 まだあの言葉を引き摺っていたのか。こいつらしいと言えばそうなんだけど。

「仲間に聞いたらですね、皆にやにやし出したんですよ。けど誰も教えてくれませんでした」

 マジか……。その反応って事は仲間達は意味を知ってるっぽいな。
 こいつがいい歳して世間ズレしていない天然ピュアなだけで、この世界には『賢者タイム』って言葉は有るんだな。
 あの神の事だからなんでこんなパワーワードを持ち込まなかったんだ? と思っていたが……。

「そこで寝ないで考えたんです。アレって要するに凄い魔法を唱えた後の虚脱感ですね? あの必殺技凄かったですし!」

 寝ないでって……。もしかしてその目の下の隈は宴で引っ張り凧だったとか、俺の過去を調べて出来た物じゃなく、そんなしょうもない事の為に付いた隈なのか?
 しかし、その推測は、まぁ当たらずとも遠からず?

「あぁ、そうそうそんな感じ」

 取りあえず説明するのも面倒臭いので肯定しておいた。
 出会った頃は、悪ガキだったが、方面にはかなり疎かったからな。
 それに関しちゃ、俺も大きい口を叩ける訳じゃ無ぇが。

「やっぱりそうですか! 良かった良かった。これで胸の痞えつかえが取れました」

 ふ~。本当にこいつは馬鹿なのか賢いのか。
 いや、これが大物って事だろう。
 幸せ者だぜ。

「あっ、そうそう。もう一つ報告しないといけない事が有るんですよ」

「え? まだ有るのか?」

「えぇ、これなんですが……」

 ダイスはそう言うと腰のポーチから何かを取り出した。
 布に包まれたソレは丸く、大きさはソフトボール位だろうか。

「何だそれ? 水晶球か?」

「いや、なんか奴を倒したら胸の所から出て来たんですよ」

「なっ! 捨てろ! そんな物騒な物! 拾ってくるなよ!」

 なんてモノを持って来てるんだよ! 呪われたりしたらどうするんだ。
 いや、確実に呪われる自信がある。

「いや~、そう言っても、そのまま置いておく方が怖いじゃないですか。誰かが拾って、もしもの事が有ったらと思うと……」

「まぁ、確かに手が届く範囲で監視した方が良いっちゃ良いんだが。それで何なんだ?」

「えぇ、玉のようですが、そうじゃないんです。これを見て下さい」

 そう言って、ダイスは包んでいた布を開き中の物を見せた。
 それはプレート? の様な物が中央に浮かんでいる玉……?
 いや玉じゃない。実体が有る訳じゃなく、浮かぶプレートの周りに力場の様な輝く光で覆われている。

 なんだこれ? えぇと、プレートに何か書いているな。
 何々?『1st』ん? 『ファースト』って事か? その後は見た事が有ると言うか、久々に見た文字だ。
 とても懐かしい。俺が生前使っていた文字だ。はっきり言うと漢字が書かれている。
 この世界には古今東西色々な文化が混ざっているが、言語は統一されており、それは漢字なんかじゃない。
 つまり、この世界には漢字は存在してねぇんだよ。
 それなのに、目の前にあるそれにはしっかりと漢字が書かれている。

 おいおい、なんか嫌な予感がするぞ? 

 読みたくないんだが、そう言う訳にもいかないか。
 書かれていた漢字、それは『女媧』。
 ええと、確か中国の神様だっけ? 人首蛇体で土から人を生み出したとか言うそんな感じ。

 『1st 女媧』

 ははは……。これモロじゃん。完全に神の仕業じゃん。

 
「お、おいおいおいおい! それマジでどっか捨ててこい! おい! 近付けるなって!」

「何故かこの力場で弾かれて、中のプレートには触れないんですよ。先生ならもしや? と思って」

「おい! じりじり詰め寄るなって! 絶対ヤバい奴だからそれ! ……あっ」

 手でダイスを振り払おうとしたら、偶然指先がに触れてしまった。

 ……? あれ? 何も起こらない?

 そう思った途端プレートを覆っていた力場の光が、凄い勢いで窓から飛び出し北の方角に飛んで行った。
 それと共に浮力を失ったプレートが床に落ちた。

「…………」

「…………」

 俺達は今起こった事に呆気に取られお互いの顔を見合わせた。

「ははっ」

「はははっ」

「「あはははははは」」

「って、お前これ絶対アカン奴だろ! アレ仲間呼ぶ奴だ!」

「すみません先生!!」

 『1st』後は『2nd』……。嘘だろ? もしかして他の魔族が来なかったのってそう言う事か?

「でも大丈夫ですよ! 次も俺達で倒しちゃいましょう!!」

 能天気なダイスの言葉など右から左。 
 俺はとうとう動き始めた神の計画プログラムに気が遠くなっていくのを感じた。


 あぁ、のんびり暮らしたい……。 そんな事を思いながら。
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