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第七章 帰郷

第132話 神のおもちゃ

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「俺と出会った……から……だと?」

 女神が俺と出会って変わった?
 それに魔族までも?

<<そうさ。キミと出会った事で彼女は変わってしまった。感情も無くただ黙々とこの世界を管理するだけの存在だった彼女がね>>

「どう言う事だよ……? 俺がクーデリアと会ったのは聖女任命式が初めてだぜ?」

 そうだ……そうだよ。
 それまでガイア以外の神とは会った事はおろか声を聴いた事も無かったじゃねぇか。
 二十四年振りに会話した神ってのがこいつなんだしよ。

<<ヒヒヒヒ。そんな事言うなんてキミも罪作りだねぇ~。それなのにあちこち女性にちょっかい掛けて~。今じゃハーレムなんて築いちゃってまぁ~>>

「はぁ? 何言ってやがる!! 俺は女にちょっかいなんて掛けてねぇっての!! それにハーレムだと? どこに目を付けてやがんだ!! こっちは迷惑してんだよ!」

<<まぁいいじゃないか。僕はここからしっかりと楽しませて貰ってるからね。ヒヒヒヒ>>

 ハッ! なにが『楽しませて貰ってる』だ!
 そうじゃねぇかと思っていたが、マジで俺の事を神界から見てやがったんだな。

「ちっ、女神や魔族がどうだか知らねぇよ。どうせお前達が裏で操作してこうなる様に仕向けたんだろうが」

<<……酷いなぁ~。言っておくけど、今のこの状況は僕達でも想定外だったんだよ?>>

 ロキはやれやれと大袈裟な身振りをしてそう言った。
 俺は一瞬耳を疑った。
 俺に取っちゃその言葉が想定外だ……。

「はぁ? 全部お前らのシナリオなんじゃねぇのか?」

<<あのね、僕達は冒険活劇を望んでいたんだ。キミの地味ぃーーな二十年間もの隠匿生活なんてつまらないものを、誰が楽しく眺めていたいと思うんだい?>>

 ロキが腰に手を当て少し前屈み気味に顔を突き出して頬を膨らませる。
 少し眉間に皺を寄せてぷんぷんと言った表情だ。

 ………は?

 ふっふっふっ……。

「ふっ! ざけんなっ!! 知らねぇーーよ!! 俺だって好き好んでしてた訳じゃねぇ!!」

 あまりの勝手な言い草にまたもや頭に血が上って全身が沸騰しそうになる。
 全部お前らの所為だろうが!! なにが冒険活劇だ! なにが地味な隠匿生活だ!!
 ふざけんじゃねぇぞ!! それもこれも全部全部全部!!
 全部!! お前らの……!

<<い~や、全部キミの所為だよ。クーデリアが変わった事も、それに影響を受けて魔族までもが変わってしまった事も、キミの惨めな二十年もね>>

 俺の思考を遮るようにロキはそう言い切った。
 そしてその言葉は今までと打って変わって冷めた口調になっていた。

「なっ……お前らの都合を勝手に俺を所為にすんじゃねぇ!!」

<<……クーデリアはね、元々この世界の住人用魂の一つに過ぎなかったのはさっき言った通りだよ。それも予備として保管されていた在庫品デッドストック。一度も使用された事の無い無垢なる魂。楽しさも悲しさも怒りにも汚された事のない哀れな魂さ。けど力の無いモノが神としての役割を持つにはそれがベストだった。幾ら僕達が権能を分けてあげたとしてもここは彼女の世界じゃないんだからね。余計な感情なんて辛いだけなのさ>>

 ロキは俺の怒りの叫びを気にも留めずないかの様に淡々と語り出した。
 その声は更に冷たく極寒の吹雪の様に感じる。
 いつの間にかその顔には下卑た笑みはどこかへ消え去り、感情をどこかに置いて来た様な能面の如き表情となっていた。

「だっ、だから何だってんだ!! お前の昔話はもういい!! なんで俺をここに連れて来た!! 早く目的を言いやがれ!!」

 俺はその異様な雰囲気に気圧されそうになったが、全身に滾っていた怒りの炎によって何とか持ち直し気合を入れ直す。
 だが折角振り絞った力で叫んだ怒声も、ロキに通じず身動ぎすらしない。
 ただ指をスッと上げて、そして何も言わずにそのまま指を前に倒した。

「グッ! ガァッ……」

 また見えない力が俺を押し潰そうとしてくる。
 今まで以上の力だ。
 クソッ! なんだってんだよ。
 もしかして怒ってやがるのか?
 なんに対してだ?

<<……だけど、そんなクーデリアもキミに会ってしまったせいで感情が生まれた。プログラムした通りの行動をさせていたにも拘わらずね。これは本当に想定外な事だったんだ>>

「グッ……なにを……言ってやがる……んだ?」

 俺はいつクーデリアと会ったんだ?
 話した事なんてねぇ……筈だ?

 『正太君』

 一瞬脳裏に夢の中の幼馴染の顔が浮かんだ。
 なぜこんな時にクレアの顔が……?
 いや……そんな、まさか……。

 有りもしない想像に言葉を失った俺の間抜け面を見て満足したのか、ロキは俺を押し潰すその見えない力を緩めた。
 やっと呼吸が出来るようになった俺は大きく息を吐く。
 その安堵感に先程浮かんだ馬鹿な考えは俺の思考から零れ落ちて形を失う。

<<自我に目覚めた彼女は苦しんだ。それはそれは見ているだけでこちらの胸が苦しくなるほどさ。見るに見兼ねた僕らは彼女の苦しみの根源である疑似神格を封印して、世界を管理する力を行使するだけのセーフモードで起動し直した。ただ時既に遅しってやつだね。彼女の苦しみはこの世界のシステムに重大なバグを発生させていたんだ>>

「バグだと?」

<<あぁ、僕らは慌てたよ。何とか危機一髪の所でリカバリ出来たんだけど、バグの影響は魔族にまで及んでしまっていてね。折角物語進行用に組んでいたプログラムが全部パァ。女媧なんてキミを無視して人間の王国を支配しようと思うようになってしまったんだからね>>

「じょ……女媧が俺を逃がしたのは……お前達の計画じゃねぇってのか?」

 女媧の野郎が罪人として王都まで護送されていた俺を、まるで助けるように現れてそのまま去って行きやがったのは、てっきり神達の差し金と思っていたが、それは違ったってのか?
 いや、現に俺を追ってシュトルンベルクまでやって来たじゃねぇか。
 盛大な襲撃計画までしてよ。

<<僕達が逃がした? あぁ、キミはそう思っていたのか。違う違う。あれはそうじゃない。キミの前に現れたまでは確かにプログラム通りだったけど、僕がキミを逃がそうと思ってた訳じゃない。結果そうなっただけだ。キミを見た女媧がバグを顕現させた所為でね>>

「そこまではプログラム通り……? 結果そうなっただと?」

<<そうさ。あれはキミを逃がす為に来たんじゃない。本来はあの場面が第一の覚醒イベントだったんだ。ただキミが捕まってるのは予想外だったけどね。いや~恋人を助ける為とは言え、まさか村人を惨殺するとは思わなかった>>

 な……なんだと? あれが『大消失』を起こすイベントだっただと?
 俺はロキの言葉に茫然自失となって頭の中が真っ白になった。

<<キミはあの時恋人を失い、そして事件の犯人に復讐する事を誓うんだ。その失意の帰途の途中で憎き犯人の女媧と遭遇する。だけど相手は強大な魔族。弱いキミは力及ばず死を覚悟する。しかし物語の主人公は挫けない。その時だ! 突然身体から溢れた謎の光が周囲を照らす。その輝きの中から現れたのが正義のヒーローであるキミだ……っと、僕が想定していたのはそんな筋書きだった>>

 レイチェルが死ぬのが神の想定していた筋書き……?
 そして女媧は俺を覚醒させるために護送中に襲って来たってのか?

「知らねぇぇーーよっ!! 勝手に筋書きなんて作ってんじゃねぇっ!! それにお前が言う覚醒ってのは『大消失』の事だろが! なにが正義のヒーローだ! その場にいる全員皆殺しになっちまうだろ。それこそ女媧共々な」

<<それ位の犠牲なんて大事の前の小事って奴だよ。帰途の際に想定していた生き残りの数なんて、キミが切り殺した村人の数とそう変わらないよ。それに大丈夫。女媧は地面に潜り事無きを得るんだ。その後占い師となって王宮にやって来て……まぁその辺は『旅する猫』の通り、キミが女媧を倒して国が救われるってシナリオって訳。なのに女媧ったらキミを逃がしてそのまま帰っちゃうんだもん。あれはキミを遠ざけようとしていたんだね>>

 …………今こいつなんつった?
 大事の前の小事?
 俺が殺した村人の数と変わらない?

「馬鹿野郎っ!! 数の問題じゃねぇだろが!! この世界の人間達だって生きてるんだぞ! 喜んだり悲しんだり怒ったり精一杯な。お前達が作ったとか関係無ぇ! 神だかなんだか知らねぇが、お前達のおもちゃなんかじゃねぇんだよ!!」

 俺は怒りに任せて叫ぶ。
 するとロキの顔に何処かに消え去っていた下卑た笑みが戻って来た。
 それどころか目を細め身体を身震いさせている。
 だが俺の怒りに恐怖したから震えている訳ではないようだ。
 ロキの心が読めねぇ俺でも、今ロキが何を考えてやがるのが手に取るように分かる。
 それは……歓喜だ。

<<ヒヒヒヒ。良いね~その慟哭。とってもゾクゾクするよ~。それにしても、なるほど『神のおもちゃ』か……うん、気に入ったよ。そのフレーズ。ヒーーヒッヒッヒ>>

「ガッ……ガハッ」

 ロキが今までにない笑い声を上げた途端、手振りも無しに俺の身体に圧力が掛かる。
 構える暇も無かった不意打ちに俺は一瞬気が遠くなった。
 まるで奴の全身から爆風が吹き荒れている様なこの力。
 周りの見えない壁までもが軋む音が聞こえる。
 この空間自体が悲鳴を上げ震えているようだ。

 どうやらさっきまでと違い、これは意図しての攻撃じゃねぇな。
 訳の分からねぇ言語で叫んだ時と同じ力の暴走。
 もしかして嬉し過ぎて力のコントロールが出来てねぇって事か? ふざけやがって。
 なんとかこの力の奔流に抗う方法を見付けねぇとこのまま圧死しちまうぜ。
 俺は見えない力を見極める為に、押し寄せる力に向けて全身の神経を集中させた。

 ……こ、これは……?

 俺はこの爆風の正体が分かった気がする。
 いや、ってのがと言うべきか。
 俺は狂喜に染まるロキを睨みながら呼吸を整えた。
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