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第十六話 愚か者共

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「兵士様……」

 俺が押し黙ってしまったのを心配したジョセフィーヌが俺に声を掛けてくる。
 背中に当てている手が震えているようだ。
 王子の婚約者だと言う事を伏せていた事に俺が怒ったと思っているのかもしれねぇ。
 だが俺はそんなジョセフィーヌの心配とは真逆の事を考えていた。
 王子の婚約者……それって……。



 すげぇ! それって実質お姫様じゃん!

 実際は違うのかもしれないが俺は小さい事には拘らない男だ。
 ジョセフィーヌがお姫様!! て事は俺はあの物語の騎士の様にお姫様を助けているって事じゃねぇか!
 なんか興奮してきたぜ!!

「安心しろジョセフィーヌ。何があろうと俺がおまえを護ってやる」

 俺は興奮する気持ちを抑えて元婚約者からの酷い言葉に傷付き耐えているジョセフィーヌに優しく言葉をかける。
 するとジョセフィーヌは俺の目を見詰め優しく微笑み頷いた。

 よし! その笑顔が有れば百人力だ! 俺は正直者だからよ、今の言葉の通り何が有ってもお前を護ってやる!

「なんだ平民? 見たところ王国兵士のようだが、何故お前が女狐を庇っているんだ? ……あぁそうか。お前も他の男と同様にその女狐に誑かされたのだな。何も知らずに騙されてかわいそうな奴だ。ふん、大人しくその淫売女をこちらに渡したらお前だけ助けてやっても良いぞ」

 金髪イケメンである王子……馬鹿王子で良いか。
 その馬鹿王子の奴が馬鹿な事を言ってきた。
 ジョセフィーヌが男を誑かした? 騙されてかわいそう? 
 何言ってんだこいつ? 言うに事欠いて淫売女とか何も知らねぇのは婚約者だったお前等の方だろ。
 ジョセフィーヌが他の男を誑かすような淫売じゃねぇ事は俺が一番知っている。
 なんたってジョセフィーヌがお前の為にと今まで護って来た純潔は俺が頂いちまったんだからよ。

 何故馬鹿王子がそんな勘違いをしてるのかは知らんが、お前のお陰でジョセフィーヌと知り合えて一つになる事が出来たんだ。
 感謝するぜ。
 ……だが、それと俺の今抱いている怒りは別の話だ。

 好き放題言いやがって! 俺の女の悪口を言うんじゃねぇ!!

 それにジェセフィーヌを渡したら助けてやる? 絶対嘘だろそれ。
 お前達の甘い言葉は全部嘘だってのはお前の横のジェイスのお陰で学習済みだしよ。
 逃げるつもりでいたが気が変った。
 誰も馬鹿王子の言葉を否定しないって事は肯定だと受け取って良いんだよな?

 よし判った。お前ら全員後悔させてやる。

 だがしかし、この人数をジョセフィーヌ護りながら相手するのはさすがに無理だ。
 野獣や魔物と違って人間は感情で生きる生物だからよ。
 本能や習性なんてその感情の所為で全く意味が無ぇ。
 ちょっとした切っ掛けでなに仕出かすか分かんねぇから面倒なんだよな。

 だがよ、その感情を逆手に取りゃ逆境を覆す事だって可能なのさ。

「お前何言ってんだ? ジョセフィーヌが淫売? 誰に騙されたんだよ。ジェイスの野郎は、ジョセフィーヌが純潔だって事は知っていたみたいだぜ?」

「何? 本当か?」

「え? い、いや、それは……」

 あははは、馬鹿王子ってマジで騙されてるのかよ。
 信じられないと言う顔をしてジェイスを睨んでいやがる。

 思った通りだぜ。

 こいつらはそれぞれが持っている情報に齟齬があるようだな。
 所謂貴族特有の悪巧みって奴かもな。
 そこを徹底的に突いて互いに疑心暗鬼にさせてやるぜ。
 あの山賊達みたいによ。

「本当も本当だぜ。王子が馬鹿な所為でやっとジョセフィーヌに手が出せると喜んでたってそいつの部下達から聞いたぜ」

「違う!! 出鱈目だ!! そこまでは言ってない」

 う~わ、最低な誤魔化し方だな。
 そこまで言っていないってのは言わなくてもそう思ってるって公言したと同然だぜ。

「貴様! そこまでとはなんだ! 殿下に対して無礼だぞ!!」

「ひっ!」

 ほらな。
 ジェイスの失言に最強騎士が怒鳴りながら剣を抜き、ジェイスの首元に剣を当てる。
 ただジェイスの失言は無礼っちゃ無礼だが、こいつも大概だな。
 いきなり剣を抜くのはお前も少なからずそう思ってるって事じゃねぇのか?

「殿下~誰に騙されたんですか~? もしかして一緒に馬に乗ってる女性が原因じゃないですか~?」

 俺はあえてイラつかせるような口調で馬鹿王子に声を掛ける。
 そいつが誰かは分からんが、今の言葉はハッタリじゃなく少し自信があった。
 だって俺がジェイスに揺さぶりかけた時に、その女の顔からイヤらしい笑みが消えて焦り出したしよ。
 私が犯人です! と証言しているようなもんだ。
 その証拠に今も俺の事を睨んでるしよ。

「何を馬鹿な事を言っている! 無礼者め! 私の愛するマチュアがそんなことする訳無いだろう」

 ほう……その女の名前はマチュアと言うのか。
 まぁ一応美人っちゃ美人だが、ジョセフィーヌを捨てて選んだにしちゃしょぼすぎねぇか?
 そこら辺の町娘に居そうなレベルだろ。

 ん? 町娘? 平民? マチュア? ……平民でマチュア?
 ちょっと待て、まさかマチュアなのか?
 なんでそいつが馬鹿王子の前に座ってんだ?
 いや、そう言えば少し前に平民の癖に貴族の通う学園に入ったって聞いたな。
 だからって、なんでこんな事になってんだよ。

 俺はジッとマチュアと呼ばれた奴の顔を見る。
 するとスッと目を逸らしやがった。
 あぁ思い出した、やっぱり間違いねぇ。
 化粧してたから分からなかったが、俺はこいつを知っている。
 向こうは知っているかは知らんが、俺達平民の間じゃ知らない奴は居ねぇ。
 それは名声じゃなく悪名って奴でだけどな。

 俺が知るマチュアって奴はセイクリッド商会の一人娘。
 大層な商会名だが、実際は悪魔のような連中だ。
 貴族以上に平民を虐げ金を巻き上げると言う所謂悪徳商人で、こいつの所為で路頭に迷った奴等を幾度も見た。
 噂じゃ凡そやっていない悪事は無いと言われちゃいるが、絶対に捕まる事は無い。
 なぜなら巻き上げた金を貴族達に貢いで手を回しているから手配されねぇって話だとよ。
 下級兵士である俺も一応捜査側の人間だからよ、そう言う話は何度も耳にしたんだ。

 こいつ等が何か事件を起す度に悔しくさに何度憂さ晴らしの為に城の壁を殴った事か。
 そして何度壊した壁の修復をさせられた事か。
 修繕費として給金もごっそり天引きされてよ。
 思い出しても腹が立つぜ。

 そんな悪党の娘も勿論悪党だ。
 気に入らない人間はゴミ扱いは当たり前。
 気になる男が見付けりゃ恋人が居ようが構わず手を出すて飽きたらポイの放蕩娘。
 まぁ俺は一度も声掛けられた事無いけどな。
 そんな奴が王子の恋人って一体何の冗談だっての。

 まぁいい、なんにせよこいつら親子共々の悪行で人生狂わされた奴は幾らでもいるんだ。
 今までの悔しかった思いをここで晴らしてやるぜ。

「あっはっはっ! マチュアってあのセイクリッド商会の一人娘、俺達平民の間じゃ悪名高い淫乱悪女のマチュアか! なんだってお前が王子様の前にちょこんと座ってんだよ。平民達に飽きたからって今度は王宮の連中を惑わそうってのか?」

 俺の言葉よって周囲に動揺が走る。
 ジェイスに最強騎士、それに他の奴等まで俺の揺さぶりが利いたのか目を見開いてマチュアを見ている。
 どうやら俺の言葉に心当たりがあるようだな。
 もしかして周りの奴等も既にマチュアに誑し込まれてるのかもな。

「おいおい、もしかして周りの奴等も既に手を出したってのか? はぁお盛んだねぇ」

 俺の挑発に顔を真っ赤にして睨んで来るマチュア。
 周囲の奴等の気まずそうな顔と、王子の狼狽える顔。
 あまりに滑稽で噴出しそうになる。

「マ、マチュア? 君は……」

「……」

「お~い、なに黙ってんだよ。噂じゃすごいテクを持ってるって話しだし、俺もお相手してもらいたかったぜ」

 あっごめん、今のは嘘だから。
 お願いだからジョセフィーヌ、背中に当ててる指の爪を立てないでくれ。
 凄く痛いから。

「誰があんたなんてしょぼい男を相手するかってんだ! 一昨日きやがれ!! ……あっ!」

 度重なる挑発にとうとうキレたのかマチュアは怒りに打ち震えた顔で、俺に怒鳴りつけた。
 おうおう、怖い怖い。
 そうだそれがお前の本性だよ。
 言い切ってから気付いたようだが、もう遅いっての。

「マチュア……今のは?」

 王子が今のマチュアの迫力にビビッて震えている。
 その様子からどうも王子にはまだ手をつけていないらしい。
 周りは自慢のテクで垂らし込んでおきながら、王子の前でだけ猫ぶっていたんだな。
 なんだか王子が可哀相に哀れに見えて来たぜ。
 ジョセフィーヌを悪く言ったてめぇは絶対許さねぇがな。

「ち、違うんです。全部あの男のデタラメです。あんなほら吹き男なんてあの悪女と共に成敗して下さい!」

 うおっ! 強引に話を進めやがったぞ!
 幾らなんでもちょっと無理があるだろ。
 どんな肝っ玉してやがるんだ?

「そ、そうだな。おい! 私の愛するマチュアを汚した罪は許しがたい! この場で処刑してやる!!」

 って、王子は王子で信じるのかよ!! 
 恋は盲目って奴なのか? クソッたれめ。

「汚したって酷いな。それ言うならお前の周りの奴等の方が汚してんじゃねぇの? 周りの奴等の顔を見てみなよ」

「なに? そんな訳……ど、どうした皆? なぜ目を逸らす」

 思った通りって奴だな。
 俺の言葉に従って周囲に目を向けた王子だが、皆心に疚しい事情があるみてぇで顔を逸らしてやがる。

「そ、そこの不埒千万な悪党め! これ以上殿下とマチュア殿を貶める暴言を許す事は出来ない。お前には過分な名誉となろうが王国最強である私の剣で成敗してくれる!!」

 俺の思惑通りのギスギスした空気が漂い出した時、それを打ち払うかのように俺の因縁相手が声高に叫んだ。
 そして馬を前に進ませて俺を睨み、手に持った剣をこちらに突き出した。
 これ完全に『意訳:これ以上喋られたら困るので、口封じの為に殺す。』って事だな。
 平民嫌いの最強騎士様と有ろう者が、平民相手に手玉に取られてるなんて滑稽だぜ。

 だが、なんとか理想的な流れに持っていけた。
 一度に全員で襲って来られたらどうしようもなかったが、一騎打ちならなんとかなる。
 こんな国でも騎士とは名誉を重んじるものだからな。
 一騎打ちに横槍はご法度だ。
 その間はジョセフィーヌにさえ手を出す事は無いだろう。
 戦っている隙に次の手に移らさせてもらうさ。
 何としても一騎打ちに持ち込む為に俺との因縁を利用させてもらうか。

「よお! 久し振り。俺のこと覚えているか?」

「なんだ? 馴れ馴れしい奴め。平民如きが私相手に聞いていい言葉じゃないぞ」

 あれ? 本当に俺のこと忘れてるのか?
 まるで心当たりも無いって顔してやがるぞ?

「おいおい、つれねぇな。俺とお前の仲じゃないか。九年年前の事を忘れたのかよ。てっきり俺がジョセフィーヌの御者に選ばれたのもお前のお陰かと思ってたんだぜ?」

「九年前? ……なっ! まさかお前は!」

 訝しげな目で俺を見ていた最強騎士はやっと俺の事を思い出したようで目を見開きたじろぎ出した。
 う~ん、なんかえらくビビッているみたいだがどうしたんだ?

「いや~、あん時俺の事を自分の手で殺すと言っていたからいつ殺しに来るかと待ってたんだぜ? いつまで待たせんだよ。てっきりお前の指示で御者に選ばれたと思ったのに違うのか?」

「し、知らん! そ、そう言えば兵士長の奴が御者選定は楽しみにして欲しいとか言っていたが……そう言う事か。ちっ、余計な事を」

 あ~兵士長の差し金か~。
 やっぱり俺嫌われてんな~。
 恐らく俺の死を手土産に取り入ろうとしたんだろうな。
 でも残念だったな、どうやら最強騎士の奴は怒ってるみてぇだぜ?

「なぁ、どうしてずっと俺を放っておいたんだ? 寂しかったぜ? あの時の雪辱を晴らしたいんだろ?」

「くっ……」

 思ったのと違う反応だ。
 俺に気付いた時からそうだが明らかに様子がおかしい。
 冷や汗を掻いて狼狽するなんて最強騎士様の名が泣くぜ?

「あっ! 分かった! お前もしかして俺の負けたのがトラウマになってんだろう」

「なっ! ち、違う! お前になんて負けていない! あれはお前が卑怯な手を……」

 慌てて否定しているが、こりゃ正解だな。
 どうやらこいつはあの時の敗北がトラウマになって俺に手を出せなくなっているようだ。
 俺が母ちゃんに勝てる訳ねぇと思い込んでいるのと同じで、心が敗北を認めちまってビビッてるってこった。
 卑怯だなんだと言っておきながら、実力で負けたと言う事を理解してるんだろう。
 『俺の手で殺す』と宣言した以上、他の貴族達も俺に手を出せない。
 だから俺は今まで無事だったと言う事か。
 なんか複雑だぜ。

 最強騎士の動揺を見て周りに衝撃が走る、
 目の前の男は最強騎士より強いのか?
 周りの奴等はそう思って居る筈だ。
 そんな訳が無いと否定しようとも、俺と最強騎士の態度を見れば一目瞭然。
 ここまで舞台が整えば一騎打ちから逃げない……いや、逃げられないだろう。
 逃げたら騎士の名誉って奴は地に落ちるからよ。

「じゃあ、もう一度あの日の試合をやり直すか! ここで正々堂々としようじゃないか」

 俺は腰の剣を抜きながら最強騎士に宣戦布告をした。


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