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1. Black Sheep
4-4.
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「さっ」ヴィクターはパンッと手を叩いて、「不毛な話は終わりにして、楽しい話をしよう。せっかくこの四人が久し振りに集まったんだからね」
「その前に、仕事の話をさせてもらうわ」
ジャネットがそう言って、ジョンに振り返った。
「仕事って……なんだよ」
彼女と目が合ったジョンは至極嫌そうに身を引く。それを見たジャネットは、至極楽しそうに歯を見せた。
「ジャンヌから聞いてないの? アンタと組んで、切り裂きジャックの尻尾を掴めってさ」
「はァ? フザけんな。お前なんかいなくても――」
「いいんじゃないか? ホワイトチャペルに単身で潜るのは危険際まりないし。ジョン、キミだって手痛い思いをしたのは、ついこの間の事だろう?」
手痛いとは文字通りだな、皮肉のつもりかと、ジョンはヴィクターを睨んだ。彼の強い瞳を受けても、「事実だろう」とヴィクターは肩を竦めてやり過ごす。
「だからって、なんでこいつを寄越すんだよ、『教会』の連中は」
「アンタを管理出来るのは、幼馴染のアタシだけだろうって判断でしょ」
「……どうせ、それを押し通したのは、ジャンヌだろう」
ジョンの低い声に、「当ったりぃ」とジャネットはVサインを作り、揺り動かして見せた。
「『私の言葉に抗う為に、彼は不必要な無理を自らに強いるでしょう。良く見ていて下さいね』――ってね」
ジャネットがジャンヌの声音を真似してみせた。それが上手いから嫌だと、ジョンは頭を掻き乱す。それを見て、やはり楽しそうに彼女は笑った。
「なんだかんだ」ジュネがヴィクターの横に立ち、ジャネットに聞こえないように小さく言う。「やっぱりジョンと一緒にいるジャネットって、すごく楽しそうよね」
「そりゃあ、ジョンをイジるのは楽しいもの」
「そういう事じゃないわよ」
呆れ顔のジュネに脇を肘で小突かれ、「うっ」とヴィクターが呻く。
ヴィクターは、ジャネットと会うのはシャーロックとワトソンの葬式以来だった。茫然としたままの彼女は見ていられなかった。だから今日、彼女の笑顔を見られてヴィクターは内心ホッとしていた。
もちろん、彼女はまだ悲しみから立ち直っていないだろう。父を亡くし、妹は重症の身。悲しみを癒すに足りるだけの時間はまだ経っていない。それでも笑顔になれるならば、それは紛れもない僥倖だ。
ジョンは――彼は笑っているだろうか。ヴィクターは久しく彼の笑顔を見ていない気がした。ここ最近の印象に残る彼の表情は、歯を剥きだした怒りの顔と、それと相反するような罪の意識に囚われた沈痛な顔だった。……彼に安寧が来たることを祈るしか出来ないのかと、彼は歯噛みする。せめて久し振りに友人が集まった今日だけでも――と思い、ヴィクターは口を開いた。
「せっかくだから四人で夕飯でも食べようか」
ヴィクターの提案に、ジャネットとジュネの二人は快諾する。しかし、ジョンは浮かない顔で、
「……金が、ないんだよ…………」
彼のあまりに情けない発言に、事情は知っていても、三人は思わず絶句した。
「ジョン、真面目に仕事の話をしましょう」
「そうだな……」
頭を抱えたジャネットの言葉に、ジョンは大きな溜め息を吐いた。
「ヴィクターは食事の話は後で。あんたにしてはいいアイデアじゃん」
「お褒めに預かり光栄だ、教会科主席卒業生様」
ジャネットは「いつの話をしてんのよ」と笑って答える。
教会科とは十八歳まで通うアカデミーの中で生徒が選択する学科の一つである。そこに入学した生徒は、主に神父や修道女、祓魔師など『教会』に従事する職業を目指す者が多い。
ジェーンもジャネットも教会科の卒業生であった。そしてヴィクターは医学科、ジュネは工学科だった。
ジョンはと言うと、彼も教会科だった。探偵を目指すからには、悪魔に関する知識を身に付けなければならない。教会科の卒業は、免許を取得する為に必要不可欠だった。しかし、神を信仰しない彼にとって、学生時代は苦痛と苛立ちの日々だった。その日々を乗り越えられたのは、友人達に恵まれたからだ。
……出来るならばあの日々に戻りたいと、ジョンは思う時がある。あの頃はまだ何も失っていなかった。
「ボーッとしてんじゃないわよ」
コツンとジャネットの拳で頭を押され、ジョンは我に返った。
「おお……、悪い」
対面に座るジャネットに、ジョンは手を上げて謝る。……なんだ、まだこんな風に気安い仕草が出来るじゃないかと、彼は安心した。同時に、安心を感じてしまうそれ自体に違和感を持つ。彼女にそんな事をしていいのか、自分は彼女の大事なモノを守れなかったくせに――。
ジェーン、シャーロック、ワトソン。三人が奪われた夜、ジョンは彼らの傍にいた。しかし、その時の記憶は断片的で、ジョンはほとんど覚えていなかった。だが自分が何も出来なかったことだけは知っていた。結果からすれば、自分を守る為に、三人は犠牲になったのだ。
何も出来なかった。足手まといにしかならなかった。今までの鍛錬や修行はなんだったのか。ジョンは一夜にして、今まで培ってきた全てを恩人達と共に失ったのだ。
「言った傍からそんなんじゃあ、先が思いやられるっての」
ジョンはハッとして、顔を上げる。目の前に呆れ顔で腕を組むジャネットがいた。両手で自分の顔を叩いて、彼は激しく頭を振った。
「悪い。――で、仕事の話だな」
今はただ「今」を見詰めろ。ジョンは自分に言い聞かせる。
過去を引き摺ったまま今を歩き続けるというのは、途方もないことであると彼は知らない。知りたくない。歩みを止めた時、彼は底のない罪の意識に沈んでいくだろう。そして、やがて罰を求める。――――それこそ、底無しの。
「その前に、仕事の話をさせてもらうわ」
ジャネットがそう言って、ジョンに振り返った。
「仕事って……なんだよ」
彼女と目が合ったジョンは至極嫌そうに身を引く。それを見たジャネットは、至極楽しそうに歯を見せた。
「ジャンヌから聞いてないの? アンタと組んで、切り裂きジャックの尻尾を掴めってさ」
「はァ? フザけんな。お前なんかいなくても――」
「いいんじゃないか? ホワイトチャペルに単身で潜るのは危険際まりないし。ジョン、キミだって手痛い思いをしたのは、ついこの間の事だろう?」
手痛いとは文字通りだな、皮肉のつもりかと、ジョンはヴィクターを睨んだ。彼の強い瞳を受けても、「事実だろう」とヴィクターは肩を竦めてやり過ごす。
「だからって、なんでこいつを寄越すんだよ、『教会』の連中は」
「アンタを管理出来るのは、幼馴染のアタシだけだろうって判断でしょ」
「……どうせ、それを押し通したのは、ジャンヌだろう」
ジョンの低い声に、「当ったりぃ」とジャネットはVサインを作り、揺り動かして見せた。
「『私の言葉に抗う為に、彼は不必要な無理を自らに強いるでしょう。良く見ていて下さいね』――ってね」
ジャネットがジャンヌの声音を真似してみせた。それが上手いから嫌だと、ジョンは頭を掻き乱す。それを見て、やはり楽しそうに彼女は笑った。
「なんだかんだ」ジュネがヴィクターの横に立ち、ジャネットに聞こえないように小さく言う。「やっぱりジョンと一緒にいるジャネットって、すごく楽しそうよね」
「そりゃあ、ジョンをイジるのは楽しいもの」
「そういう事じゃないわよ」
呆れ顔のジュネに脇を肘で小突かれ、「うっ」とヴィクターが呻く。
ヴィクターは、ジャネットと会うのはシャーロックとワトソンの葬式以来だった。茫然としたままの彼女は見ていられなかった。だから今日、彼女の笑顔を見られてヴィクターは内心ホッとしていた。
もちろん、彼女はまだ悲しみから立ち直っていないだろう。父を亡くし、妹は重症の身。悲しみを癒すに足りるだけの時間はまだ経っていない。それでも笑顔になれるならば、それは紛れもない僥倖だ。
ジョンは――彼は笑っているだろうか。ヴィクターは久しく彼の笑顔を見ていない気がした。ここ最近の印象に残る彼の表情は、歯を剥きだした怒りの顔と、それと相反するような罪の意識に囚われた沈痛な顔だった。……彼に安寧が来たることを祈るしか出来ないのかと、彼は歯噛みする。せめて久し振りに友人が集まった今日だけでも――と思い、ヴィクターは口を開いた。
「せっかくだから四人で夕飯でも食べようか」
ヴィクターの提案に、ジャネットとジュネの二人は快諾する。しかし、ジョンは浮かない顔で、
「……金が、ないんだよ…………」
彼のあまりに情けない発言に、事情は知っていても、三人は思わず絶句した。
「ジョン、真面目に仕事の話をしましょう」
「そうだな……」
頭を抱えたジャネットの言葉に、ジョンは大きな溜め息を吐いた。
「ヴィクターは食事の話は後で。あんたにしてはいいアイデアじゃん」
「お褒めに預かり光栄だ、教会科主席卒業生様」
ジャネットは「いつの話をしてんのよ」と笑って答える。
教会科とは十八歳まで通うアカデミーの中で生徒が選択する学科の一つである。そこに入学した生徒は、主に神父や修道女、祓魔師など『教会』に従事する職業を目指す者が多い。
ジェーンもジャネットも教会科の卒業生であった。そしてヴィクターは医学科、ジュネは工学科だった。
ジョンはと言うと、彼も教会科だった。探偵を目指すからには、悪魔に関する知識を身に付けなければならない。教会科の卒業は、免許を取得する為に必要不可欠だった。しかし、神を信仰しない彼にとって、学生時代は苦痛と苛立ちの日々だった。その日々を乗り越えられたのは、友人達に恵まれたからだ。
……出来るならばあの日々に戻りたいと、ジョンは思う時がある。あの頃はまだ何も失っていなかった。
「ボーッとしてんじゃないわよ」
コツンとジャネットの拳で頭を押され、ジョンは我に返った。
「おお……、悪い」
対面に座るジャネットに、ジョンは手を上げて謝る。……なんだ、まだこんな風に気安い仕草が出来るじゃないかと、彼は安心した。同時に、安心を感じてしまうそれ自体に違和感を持つ。彼女にそんな事をしていいのか、自分は彼女の大事なモノを守れなかったくせに――。
ジェーン、シャーロック、ワトソン。三人が奪われた夜、ジョンは彼らの傍にいた。しかし、その時の記憶は断片的で、ジョンはほとんど覚えていなかった。だが自分が何も出来なかったことだけは知っていた。結果からすれば、自分を守る為に、三人は犠牲になったのだ。
何も出来なかった。足手まといにしかならなかった。今までの鍛錬や修行はなんだったのか。ジョンは一夜にして、今まで培ってきた全てを恩人達と共に失ったのだ。
「言った傍からそんなんじゃあ、先が思いやられるっての」
ジョンはハッとして、顔を上げる。目の前に呆れ顔で腕を組むジャネットがいた。両手で自分の顔を叩いて、彼は激しく頭を振った。
「悪い。――で、仕事の話だな」
今はただ「今」を見詰めろ。ジョンは自分に言い聞かせる。
過去を引き摺ったまま今を歩き続けるというのは、途方もないことであると彼は知らない。知りたくない。歩みを止めた時、彼は底のない罪の意識に沈んでいくだろう。そして、やがて罰を求める。――――それこそ、底無しの。
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