Black Sheep

亜蘭炭恣意

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1. Black Sheep

11-4.

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「――そして、お兄ちゃんに出会った」
 メアリーはそう結び、俯いていた顔を上げた。

 ジョンは口元に手を当てたまま、しばらく動かずにいた。メアリーの話を反芻すると同時に、彼女に掛けるべき言葉を探した。
「…………」
 しかし、何も見付からなかった。ジョンは瞳を閉じ、大きく溜め息を付いた。

 メアリーが語った内容は、ジョンの想像や常識の範疇から外れた、言ってしまえば別世界のような話だった。彼は自分がどれだけ恵まれた環境の中にいたのかを痛感し、罪悪感すら抱いた。
 それは恐らくこの場にいるジャネット、ヴィクターも同様だ。三者三様に黙り込み、何も言う事が出来なかった。
 涙を目に滲ませたジャネットが、メアリーを抱き締めた。しばらく呆然と為すがままになっていたメアリーは、やがて顔を歪ませて涙を流し始めた。

 温かい食事。柔らかいベッド。綺麗な服。清潔な体。賑やかな声。……全てがあそこにはなかったもの。それを享受された今、湧き上がるのは喜びや嬉しさではなく、残してきた家族への申し訳なさ、罪悪感。彼らを裏切った自分が与えられてはいけないものだと、メアリーは笑顔を浮かべながら、胸の中を刺す罪悪感と闘って来た。

「あの子達を助けたい。それだけは、絶対に嘘じゃないの……」
 彼女はいつも自分でなく、他者の事ばかり考えている。それは優しさであり、枷だった。

 そこから解き放たなければ、真実、彼女は救えない。

 ジョンは閉じていた瞳を開いた。きつく結んでいた口を開けて、
「ジャネット、今すぐ『教会』へ連絡して、祓魔師の派遣を要請してくれ」
 ジョンは立ち上がって、ヴィクターの部屋のあちこちを探り出した。そんな彼の背中に訝し気な視線をやりながら、ジャネットが問う。
「どうして? 祓魔師なら今、ここに私が――」
「お前も僕も新米だ。もうコレは新米の手に負えるヤマじゃない。手遅れになる前に、別の誰かの手を借りるべきだ」
 ジャネットへ振り返らず、ジョンは淡々とそう言い、尚も物色を続ける。
 ジャネットはそんな彼に、怒りの視線をぶつける。メアリーから離れ、彼へ詰め寄った。
「何よ、アンタ。ここで諦めるつもり!?」
「現実を見ろ。僕らは弱い。あいつに手痛くやられたのを忘れたのか?」
 返すジョンの声は静かだった。努めている訳でなく、それが当然だと言わんばかりの平坦さ。感情の籠らない声で、彼はジャネットに言葉を返す。
「アンタ、本気で言ってんの!?」
「意地になって解決する問題じゃない。目指すべきは事件の終息だ。だったら、その為の最適解を取らなきゃならない。その中に僕らはいない。何故なら――、」ジョンはようやくジャネットに振り返った。「――僕らが弱いからだ」
「――――」
 限界だった。堪忍袋の緒が切れたジャネットは、その発破の勢いを拳に乗せ、ジョンの頬に叩き付けた。

「ジャネット!」抵抗すらせず床へ崩れるジョンを追撃しようとするジャネットに向けて、ヴィクターが鋭い声を上げた。「やめろ、メアリーが見ている」
「……っ!」
 ジャネットが歯を食い縛り、振り上げていた拳を下げた。
「……お前が僕を殴りに来るなんて百も承知だったよ」ジョンは床に倒れ、天井を見詰めながら口を開く。「冷静になれよ、ジャネット。僕らは弱い。ならば別の誰かの手を借りるべきなのは明白だ」
「それは――……ッ、分かってるけど、でも……!」
 ジャネットは狼狽える。ジョンが何を言おうとしているのか分からない、信じられない。こんな事は初めてだった。
「だけど、諦めるつもりも更々ねえよ」
「え……っ」
 床から立ち上がるジョンの言葉に、思わずジャネットは絶句した。
「奴らの本拠地に乗り込み、情報を得る。それを派遣された祓魔師へその場で報告して、入れ替わりに奴らを叩く。最も早く、確実に事件を終わらせるにはこれしかない」

 より効率的に。より効果的に。そして迅速に。この瞬間と次の瞬間に存在する、敵を倒す為の最適解を常に選び取る。それはジョンが父親から学んだ戦闘姿勢であり、思考サイクルだった。

「おい、ヴィクター。今すぐこの空き瓶に聖水を詰めてくれ」
 ジョンは机の上に漁り出した様々な形の瓶を並べて、言った。
「怪我人に鞭を打つねえ、キミは。よっこいしょっと……」
 ヴィクターは溜め息交じりに立ち上がり、瓶にタンクに溜めた聖水を詰め始めた。バストバンドを巻き、呼吸すら苦しそうな彼の姿を見、ジョンは申し訳なく思ったが、今は時間がない。ジョンはヴィクターの部屋を後にすると、自分の部屋に向かった。

 空虚な部屋では、探し物はすぐに見つかった。床に転がる小さなケースにはジョンが収集した「聖具」が詰まっていた。彼はその中から数個の指輪を選び取り、左右の手の中指に嵌めると、残りをコートの懐に仕舞った。

 ヴィクターの部屋へ戻った頃には、机の上に聖水の詰まった瓶が置かれていた。それらを纏めて懐に仕舞い込む。ジョンはヴィクターに礼を言い、今度はジャネットに目を向けた。
「ジャネット、さっき言った通りの手筈で頼む」
「分かった」
 頷いて、ジャネットは部屋を出る。電話が置いてあるアパートの玄関ロビーへ向かったのだ。

「……上手く丸め込んだねえ、キミ」
 完全にジャネットの姿が見えなくなってから、ヴィクターが呟いた。
「はてさて、なんの事やら」
 ジョンはそううそぶきながら、メアリーに振り返った。

「……今の内だ、メアリー。窓から下に降りるぞ」
「うん……。――うえっ?」
 何を言っているのかと、メアリーは分かり易い困惑顔だった。
「外に出て、君の家族の居場所まで案内してくれ」
 極めて真面目な顔をしているジョンを見、メアリーは彼が真剣な事に気付く。
「……うん。それで、全部終わるんだよね?」
「……ああ」
 ジョンは確かに頷いた。顔は努めた無表情だった。

 ヴィクターはそんなジョンの背中を見ながら、深い溜め息をついた。
 ――結局、誰もキミを止められない、あのジャネットでさえも。いつだってそうだ。キミはいつだって一人で全て背負い込もうとする。……残される者の気も知らないで。
 止めるべきなのかと、ヴィクターは自問する。ジョンを止めるべきなのか、否か。
 ここで彼を止めれば、彼の無力さを遠回しに指摘する事になる。しかし、それでも彼一人で敵地に向かうのは無謀だ。……逆にここで彼が何か成果を挙げられたら、彼が自分自身を取り戻す切っ掛けになるかも知れない。

 ジョンは葛藤するヴィクターを尻目に、彼の机の引き出しの中からナイフを取り出した。それを繁々と眺めた後、またも懐に仕舞い込んだ。
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