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1. Black Sheep
18-2.
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「気付かない程に間抜けなのかと思いきや、存外目がいいようだね、君ィ。そうでなくては、ホームズの名を継ぐに値しないと言うものだよ」
「てめえがその名を口にするんじゃねえ、ブチ殺すぞ……!」
更に圧力を増すジョンの怒気に、しかし屈する事なくモリアーティはくつくつと笑う。
「凄まじいな。シャーロックとは似ても似つかない覇気だ。彼のそれは精錬された刃物のようだったが、君は違う。もっと荒々しく、手付かずだ」モリアーティは、やはり余裕めいた笑みを崩さない。「言うならば、制御の効かない獣のようだね」
ジョンが強く地を蹴った。姿勢は低く、鋭く真っ直ぐに。更に右足を一歩前へ踏み込み、拳を振ろうと腰を切る直前、モリアーティの杖に右足の甲を押さえ付けられた。前進の力を妨げられ、ジョンの体がガクンとつんのめるように前方へと倒れる。
その最中、視界の隅でモリアーティの外套が翻るのを捉えると、咄嗟に顔の前で腕を組んだ。直後、モリアーティの後ろ回し蹴りが叩き込まれた。
地を滑りながら、ジョンが後方へと押し戻された。来たる追撃に備えようと構えを組み直すが、モリアーティはその場から動かないまま、「ふむ」と声を上げて眉を上げた。
「やはりまだ粗削りだ。シャーロックの域には遠く及ばない」
敵が零したその言葉に、ジョンが顔を上げてニィと歯を見せる。怒りに怒りを上乗せる、挑発に挑発を返す、極悪とも言えるまでの危険な笑み。
「てめえが親父を語るんじゃねえよ糞っ垂れ……ッ!」
地獄から響くような低い声に、シャーロックはフンと詰まらなそうに鼻を鳴らした。
「この世のどこに、吾輩以上に奴を語れる存在がいるのかね?」
「なんだと……?」
「吾輩はもはや奴との対決以外に、退屈を紛らわす手段を見出せなくなった。そして、奴とは何度も争った。吾輩も奴もお互いに手の内は晒し合った。奴を殺す為の姦計を、何度も何度も差し向けた。それでも、一向に決着は尽かないままだ」モリアーティは大仰に腕を広げた。「仕方がないので、最後の手段を取った。――奴にとって最も大切なモノを、囮に使う事にしたのだ」
ジョンはモリアーティが何を言いたいのかを悟った。怒りの形は荒ぶる炎から、鋭利な氷へと一変した。その冷気を吐息から零しながら、しかしモリアーティの次の言葉を待つ。
「ソレを庇いながら大悪魔と相手をするのは、骨が折れるだろうと思ったよ。しかしながら、嗚呼、まさか死んでしまうとはなァ! 全くもって笑えない、笑えないよ君ィ」
そう言いながら、モリアーティの顔には笑みが貼り付いていた。気味の悪い程気持ちの悪い、他者を煽り、嘲り、嬲り、蔑み、卑しめ、貶め、笑う笑み。
「それじゃあ、こういう事か……?」ジョンは低い声で続ける。「てめえが、親父達がこれから何をするのか、そしてどこにいるのかをベルゼブブに伝え、襲わせたって、そういう事か?」
ジョンの背後で、ジャネットが息を呑む。彼女もジョン同様に気付いたのだ。
シャーロック、ワトソン、ジェーン。三人を襲った悲劇、その原因を作ったのは―――、
「その通りだよ、君ィ。奴は君が危険とあらば、迷わず君の救出を最優先にする。君は奴にない筈の弱点、盲点、欠点。君は生まれた時から、奴の足を引っ張っていたのだよ……!」
「――お前、黙れよッ!」
跳び出したのは、今度はジャネットだった。ホルスターから拳銃を抜き出して一歩、加速の為の二歩、そして跳躍の三歩でモリアーティを射程内に捉えた。
ジャネットが振り下ろした右の拳は、モリアーティにあっさりと躱された。しかしその時点で、続く二撃目の左は振るわれている。それを躱されても、更に右が続く。
上下左右に打ち分け、速度を変え、フェイントを加え、ジャネットは攻撃を続ける。しかしそれらをことごとく躱される。一体どうなっているのかと暗い思いが胸の内に咲いた、その一瞬を、文字通り突かれた。
しかし、反撃を悟ったジャネットは自身の腹に敵の下突きが入る一瞬前に後方へと跳び退っていた。同時に左腕を振るい、握っていた拳銃を上空へ投げ飛ばした。
ジャネットの背中に隠れるようにしていたジョンが、彼女を跳び越えながら、宙を飛ぶ拳銃を握り締めた。
モリアーティは素早く顔を上げるが、しかし既にジョンは地に降り立っていた。モリアーティは目で彼を追うが、それに追いつかれるよりも早くジョンは強く石畳を踏み付け、拳銃を握る右の拳を突き上げていた。
確実に決まった――! そう実感したジョンの手はしかし、モリアーティの体を捉えた衝撃を感じ得なかった。
「危ない、危ない……。少し油断してしまったよ」
ジョンはほくそ笑むモリアーティの、その体を見遣る。彼の左胸がある筈のその位置には、ただ虚空があった。
「嘘だろ……ッ」
ジョンが言葉を失う。モリアーティはジョンが狙った筈の左胸部にある肋骨や筋肉、肺や心臓など丸ごと移動させて空間を作る事で、ジョンの拳を強引に躱していた。
驚愕に思わず体を固めるジョンを、モリアーティは「フン」と強く息を吐き、掌底撃ちで突き飛ばした。ジョンは背中から倒れ、ゴロゴロと無様に転がった。
「てめえがその名を口にするんじゃねえ、ブチ殺すぞ……!」
更に圧力を増すジョンの怒気に、しかし屈する事なくモリアーティはくつくつと笑う。
「凄まじいな。シャーロックとは似ても似つかない覇気だ。彼のそれは精錬された刃物のようだったが、君は違う。もっと荒々しく、手付かずだ」モリアーティは、やはり余裕めいた笑みを崩さない。「言うならば、制御の効かない獣のようだね」
ジョンが強く地を蹴った。姿勢は低く、鋭く真っ直ぐに。更に右足を一歩前へ踏み込み、拳を振ろうと腰を切る直前、モリアーティの杖に右足の甲を押さえ付けられた。前進の力を妨げられ、ジョンの体がガクンとつんのめるように前方へと倒れる。
その最中、視界の隅でモリアーティの外套が翻るのを捉えると、咄嗟に顔の前で腕を組んだ。直後、モリアーティの後ろ回し蹴りが叩き込まれた。
地を滑りながら、ジョンが後方へと押し戻された。来たる追撃に備えようと構えを組み直すが、モリアーティはその場から動かないまま、「ふむ」と声を上げて眉を上げた。
「やはりまだ粗削りだ。シャーロックの域には遠く及ばない」
敵が零したその言葉に、ジョンが顔を上げてニィと歯を見せる。怒りに怒りを上乗せる、挑発に挑発を返す、極悪とも言えるまでの危険な笑み。
「てめえが親父を語るんじゃねえよ糞っ垂れ……ッ!」
地獄から響くような低い声に、シャーロックはフンと詰まらなそうに鼻を鳴らした。
「この世のどこに、吾輩以上に奴を語れる存在がいるのかね?」
「なんだと……?」
「吾輩はもはや奴との対決以外に、退屈を紛らわす手段を見出せなくなった。そして、奴とは何度も争った。吾輩も奴もお互いに手の内は晒し合った。奴を殺す為の姦計を、何度も何度も差し向けた。それでも、一向に決着は尽かないままだ」モリアーティは大仰に腕を広げた。「仕方がないので、最後の手段を取った。――奴にとって最も大切なモノを、囮に使う事にしたのだ」
ジョンはモリアーティが何を言いたいのかを悟った。怒りの形は荒ぶる炎から、鋭利な氷へと一変した。その冷気を吐息から零しながら、しかしモリアーティの次の言葉を待つ。
「ソレを庇いながら大悪魔と相手をするのは、骨が折れるだろうと思ったよ。しかしながら、嗚呼、まさか死んでしまうとはなァ! 全くもって笑えない、笑えないよ君ィ」
そう言いながら、モリアーティの顔には笑みが貼り付いていた。気味の悪い程気持ちの悪い、他者を煽り、嘲り、嬲り、蔑み、卑しめ、貶め、笑う笑み。
「それじゃあ、こういう事か……?」ジョンは低い声で続ける。「てめえが、親父達がこれから何をするのか、そしてどこにいるのかをベルゼブブに伝え、襲わせたって、そういう事か?」
ジョンの背後で、ジャネットが息を呑む。彼女もジョン同様に気付いたのだ。
シャーロック、ワトソン、ジェーン。三人を襲った悲劇、その原因を作ったのは―――、
「その通りだよ、君ィ。奴は君が危険とあらば、迷わず君の救出を最優先にする。君は奴にない筈の弱点、盲点、欠点。君は生まれた時から、奴の足を引っ張っていたのだよ……!」
「――お前、黙れよッ!」
跳び出したのは、今度はジャネットだった。ホルスターから拳銃を抜き出して一歩、加速の為の二歩、そして跳躍の三歩でモリアーティを射程内に捉えた。
ジャネットが振り下ろした右の拳は、モリアーティにあっさりと躱された。しかしその時点で、続く二撃目の左は振るわれている。それを躱されても、更に右が続く。
上下左右に打ち分け、速度を変え、フェイントを加え、ジャネットは攻撃を続ける。しかしそれらをことごとく躱される。一体どうなっているのかと暗い思いが胸の内に咲いた、その一瞬を、文字通り突かれた。
しかし、反撃を悟ったジャネットは自身の腹に敵の下突きが入る一瞬前に後方へと跳び退っていた。同時に左腕を振るい、握っていた拳銃を上空へ投げ飛ばした。
ジャネットの背中に隠れるようにしていたジョンが、彼女を跳び越えながら、宙を飛ぶ拳銃を握り締めた。
モリアーティは素早く顔を上げるが、しかし既にジョンは地に降り立っていた。モリアーティは目で彼を追うが、それに追いつかれるよりも早くジョンは強く石畳を踏み付け、拳銃を握る右の拳を突き上げていた。
確実に決まった――! そう実感したジョンの手はしかし、モリアーティの体を捉えた衝撃を感じ得なかった。
「危ない、危ない……。少し油断してしまったよ」
ジョンはほくそ笑むモリアーティの、その体を見遣る。彼の左胸がある筈のその位置には、ただ虚空があった。
「嘘だろ……ッ」
ジョンが言葉を失う。モリアーティはジョンが狙った筈の左胸部にある肋骨や筋肉、肺や心臓など丸ごと移動させて空間を作る事で、ジョンの拳を強引に躱していた。
驚愕に思わず体を固めるジョンを、モリアーティは「フン」と強く息を吐き、掌底撃ちで突き飛ばした。ジョンは背中から倒れ、ゴロゴロと無様に転がった。
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