【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第一章 黒猫の恋

第39話 本音

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「名月…?名月は俺の物じゃないの?」


 頑固でわからず屋な名月に翻弄され、頭の中が酷く残忍な想いでいっぱいになっている俺は、表情を変えることなく名月の目を見つめて答えを問う。

 暫しの沈黙の後、名月はおずおずと俺の目を見つめ返して答えを言った。


「そ、そうだけど……」


 酒に酔うでもなく快楽に溺れながらでもない、完全に素面の状態での是の返答だから、取り繕っている訳でも嘘をついている訳でもないだろう。

 尻窄みではっきりとした肯定ではない答えに若干の不満はあるが、まぁ概ね満足だ。
 とはいえ、何度も俺を拒否して振り回した事に変わりはない。後できっちりとお仕置きをすることにして、ここは手打ちにしよう。

 切り替えると、俺は冷たい表情から一転、にっこりと笑顔を浮かべて荷造りを再開した。

 あまりの変わり身の速さに吃驚して、その様子をぽかんと眺めている名月に俺は発破をかけると、名月も慌ててカバンにノートPCや本などを詰め始めた。
 一心不乱に荷物を詰める名月の様子を見て、拒絶されてる訳ではないと一安心するも、やはり何度も拒否された事によって少しばかり胸が痛んだ。


「ていうかね、大事な名月をこんな所に置いておけないし、第一、俺がもう一時たりとも名月と離れるのが嫌なんだよ。」


 俺は気持ちをポツリと吐露すると、作業をしている名月をじっと見つめた。その視線に気がついた名月は、一度こちらを見た後、俯いて作業の手を止めると、しきりに何かを考えていた。


 "私まだ一緒に住むっていってないんだけど"


 気を緩めるとふと先程の名月の言葉が頭を過ぎり、今更ながらその言葉が心に刺さり、そして抉られる。

 こんなにも名月の事を愛しているのに、名月に俺の想いは微塵も伝わっていないのではないかとさえ思ってしまう。

 こんなにも弱気になるなど俺らしくない。
 らしくないのだが、名月に拒絶されるのは心が壊れてしまう程に辛い。

 立地が心配だとか、元彼の残滓がとか、なんだかんだ御託を並べてはみたが、詰まるところ……

 俺が名月と一緒にいたい、片時も離れたくない

 が本音なのだ。

 だけど、名月は少しもそうは思ってくれていないのだろうか……
 一緒にいたい、離れたくないと思っているのは俺だけなのだろうか……
 まだ付き合って半日の名月にそこまで求めるのは酷なのだろうか……

 焦燥感と不安に思考が支配され、俺が短く嘆息すると、暫く何かを考えていた名月もふうと息を吐いた。


「嬉しい…よ?嬉しいけど、色々と急過ぎて頭がついて行かない…」


 名月が伏し目がちにそう言うと、何故だか急に彼女との間に、見えない距離があるように感じた。

 瞬間、ドクンと心臓が跳ね上がる。
 激しい動悸と共に頭がガンガンし、背中に冷たい物が流れた。

 嫌だ!嫌だ!
 名月俺を見て。俺の事嫌いにならないで。
 頼むから、俺から離れて行かないでくれ。


「名月は強引なのはいや?こんな俺は嫌い?」


 こいねがうような視線を投げるが、名月は相変わらず俯いたまま、視線は絡むことはなく、1分1秒がまるで1時間のように長く感じる。

 心が引き裂かれてしまいそうな程苦しく、そして悲しかった。

 俺はそのまま名月から視線を外す事ができず、痛む胸を抱えてただ呆然と彼女を見ていることしか出来なかった。

 やがて、名月は顔を上げると、トコトコと俺の正面にやってきて、俺の背中に腕を回してぎゅっと抱きついた。

 突然の事に吃驚して固まっている俺の胸に頬を擦り寄せ、ゆっくりと深く息を吐くと、名月は俺を見上げて言った。


「そんなことないよ……好きだよ。」


 言い終わると、また名月は俺の胸に頬を寄せて、不安にさせてごめんなさい、と小声で付け足した。

 その彼女の行動で、名月が離れて行かないという事をなんとなくだが理解して、身体の緊張が解けていく。

 そして、名月の言葉が痛んだ心にゆっくりじんわりと染み込んで、先程まで感じていた不安や痛みが癒されていくのを感じた。
 同時にゆるゆると歓喜の波が押し寄せ、俺は腕の中の名月を抱きしめ彼女の温かさを味わう。

 俺は6年も彼女を思い続け、彼女だけを欲しいと思ってきたが、彼女が恋心を認識したのはつい昨日の事。

 俺との想いの重さが違うのは当たり前だし、最初から俺と同じだけの想いを返して欲しいと思う方が烏滸がましかったのだ。

 気持ちを返して貰えただけで、満足すべきだった。

 名月の事を愛し過ぎる余り、少々おかしくなっていたのかもしれない。

 たかだか女の事くらいでこんなにも気持ちが乱高下するなど、今までの俺からすれば、気がふれたとしか思えない。
 でも、それはあながち間違いでもなく、俺は名月に関してだけは気がふれているのだと思う。

 俺は抱きしめた名月の頭に顎を載せ深く溜息を吐くと、少しだけ身を離して名月の瞳を見つめて訊ねる。


「じゃあ……愛してる?」


 『好き』じゃなくて、『愛してる』と言って欲しかった。
『好き』ではなんだか離れて行きそうで、より重い『愛してる』をわざと選んで使った。

 名月、愛してるって言って。
 ちゃんと言葉にして。

 俺はそんな願いを込めて、名月を見つめ続けた。
 名月はそんな俺を見てふわりと笑い、言葉を紡いだ。


「うん、愛してるよ。心の底から。」


 それは俺が心から欲しかった言葉だった。
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