【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第二章 黒猫の恋人

第55話 新卒営業研修

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 今年も沢山の新卒社員が入社してきて、私達役職者はてんやわんやだ。

 私はあの会議の後の部会で、どれだけ自分が研修担当に向いていないか力説したにも関わらず、結局断りきれずに第一営業部の担当になる事が決定してしまった。
 自信がなさすぎて、早くも今から戦々恐々としているが、もうここまできたらなるようにしかならない。
 さっさと腹をくくって準備に取り掛かるのが賢明だと判断し、今に至る。

 現在は2ヶ月後の研修に向けて、普段の営業活動に加えて資料作成にも勤しんでいるため、業務量の増加で残業が格段に増え、平日は20時を過ぎる日がほとんどだ。
 引越しをしてから徒歩で帰ることが出来るようになり通勤時間の負担は減ったが、その分遅くまで仕事をしてしまうので、最近は弦がフロアまで迎えに来るようになった。

 そして、今日もいつものように弦がコーヒー片手に迎えにやってきて、空いている隣の席に座る。


「名月、お疲れ様。そろそろ帰れる?」

「あ、弦…。あと少しでキリがいい所だから、もうちょっと待って貰ってもいいかな?」


 弦はふわりと笑い、いいよ、と言って私の横にコーヒーを置き、頬杖をつきながら私を見つめる。


「……コーヒーありがとう。私ももっと効率良く仕事が出来るようになりたい……弦みたいに。」


 弦から差し入れられたコーヒーはまだ温かく、残業で遅くなるのがわかっていてわざわざ買ってきてくれたようだ。
 そのさり気ない気持ちが嬉しく、激務で疲れきっていた私の心をそっと癒してくれた。

「出来るよ、名月なら。」


 弦は笑みを崩さずに私の頭をぽんぽんと撫でながら、デスクトップの画面を見て言った。


「……あ、ここ、数字一桁多いよ?」

「えっ!?嘘……」


 吃驚して手元の資料とデスクトップを見比べると、確かに一桁多かったが、この短時間でこの間違いを見つけるのは、至難の業ではない。常日頃各方面にアンテナを張り、自分の中の情報を最新に更新し続けないと、気が付かないだろう。それだけ仕事に真摯に向き合っている弦の事を私は深く尊敬している。いや、尊敬を通り越して、最早崇拝したい程、彼の仕事に惚れ込んでいる。
 そう考えると、どれだけ弦は仕事が出来るのだろう、私が弦のようになるには、まだまだ道程が遠いようだと思い知り、ガックリと肩を落とした。


「はぁぁぁ……敵わないなぁ……」


 天井を仰ぎ見て盛大に溜息を吐くと、弦は不思議そうな顔をして肩を竦めると、頭を抱えた私を見ながらコーヒーを口に運んだ。



 ◇◇◇



 6月になって基礎研修も終わり、とうとう新卒社員が営業部に配属になった。

 それぞれ営業部毎にターゲットが違うため、この後の研修は各営業部に別れての研修となる。今年の第一営業の配属は本社30人支社15人の合計45人で、本社メンバーは1ヶ月間午前中、支社メンバーは2週間みっちりの営業研修なので、私は1ヶ月間研修にかかりっきりになる。

 まさに今日がその初日である。

 第一営業部は一番の大所帯で配属も多いため、研修は25階の大会議室で行われる。
 大会議室でのプレゼン経験はあるが講義は初めての経験で、ましてや新人相手となると、きちんと出来るか不安になってきた。
 ひとつ不安事項が出てくると、次から次へと不安が出てくる訳で、この為に2ヶ月間掛けて作ってきたこの資料についても今更ながら自信がなくなってくる。

 何としてもやり遂げて、この子達を立派な営業に育てなければならないという凄いプレッシャーに押し潰されそうになり、扉の前で緊張で思わず足が竦んだ。

 気持ちを奮い立たせて会議室に入ろうとしたその時、ポケットの中のスマホが震えた。
 取り出して見るとメッセージの通知画面に弦の名前のみ表示されており、本文が表示されていなかった。

 なんだろと思い、メッセージアプリを開くと、可愛い黒猫の頑張れスタンプが画面いっぱいにポップアップされる。
 続けて、I Love you! と黒猫が叫んでいるスタンプも送られてきた。

 弦からの可愛いスタンプに、吃驚すると同時に自然と頬が緩み、気持ちもリラックスした。

 よし、頑張ろう!

 私は深く深呼吸をして、会議室の扉を開いた。

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