【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第二章 黒猫の恋人

【閑話】事の顛末-前編-

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「猫実、あとは俺が引き受けるから。お前は会場に戻れ。後で連絡する。」

「あぁ、瀬田頼む。」


 猫実がそう言い残して部屋を出た後、俺は森川の向かい側に座った。

 森川は見るからに憔悴しきっていた。
 まぁ、当たり前か。

 幼馴染へ長年一途に抱いていた恋……
 ましてや、それが初恋となれば、想いの重さが相当な重さになっていた事は容易に想像が出来る。
 かく言う俺もそのひとりなので、目の前の森川の気持ちは痛いほどわかった。

 俺は運良く幼馴染への初恋が実って結婚出来たが、コイツは子供の頃から想い続けていた幼馴染と再会した途端の失恋だ。


 そんなのどう考えたってキツいに決まってる。
 その点においては同情する。
 でも、だからといって、俺はコイツの肩を持つことは出来ない。

 例え、どんなにコイツに共感出来たとしても……


 理由は、森川の初恋相手が俺の友人である猫実の恋人だからだ。



 ◇◇◇



 猫実とは、中学からの腐れ縁で、なんの縁なのか、同じ会社入り同期として今でもつるんでいる。

 猫実は昔から人との繋がりを極端に避け、いつも貼り付けた笑顔で何処か人と一線を引いて接している嫌いがあった。

 俺と猫実の関係は所謂"悪友"と言うやつだ。
 猫実は学生時代からとにかく目立ってモテるやつで、私立の大学までエスカレーターのガチガチの名門校通っていながら、男女問わず、常に周りを囲む取り巻きが居て華やかで派手な生活をしていた。

 その癖、性格は穏やかで成績は常に学年トップ。
 完璧を人にすると、こういうやつになるのだろう、というテンプレートのようなやつだった。
 最初はくそムカついたが、当時の俺は、幼馴染への初恋を拗らせて荒れていたのも相俟って、猫実と連むようになってからは、そんなアイツのことを便利なやつだと思って都合のいい様に使うようになっていた。

 自慢する訳ではないが、俺もそこそこモテる自覚はあった。
 しかし猫実とは違い、元々奥手で硬派だった俺から女を引っ掛ける様なことは出来るはずもなく…だけど、猫実といれば勝手に女は寄ってくる。猫実は来る者拒まず去るもの追わずだったから、おかげで女に苦労する事はなかった。

 そして、猫実は寄ってくる女と関係を持っても、どこか冷めていて長続きしなかった。
 相談を受けているうちに……という美味しい思いをした事も何度もあるが、猫実に咎められた事は一度もない。
 寧ろ、あっそ。それ、誰だっけ?勝手にすれば?という感じだ。

 そんな人となりだったから、アイツとはお互いに割り切った友人関係だったと思うし、正直、ここまで深い付き合いになるとは想定してなかった。


 あの日までは。


 3年前だっただろうか、もう細かい事は覚えてないが……

 突然、俺らがよくナンパに使ってた行きつけのBARのマスターに、潰れた猫実を迎えにこい、と呼び出されて、猫実を迎えに行った時の事だ。

 その日はたまたま近くで飲んでいたので、呼び出しの後、すぐにBARに向かった。

 BARに入って右端のカウンターが俺と猫実の指定席だ。
 扉を開けて、いつもの指定席を見ると、見た事ない程ボロボロの猫実が目の前にいた。

 長い付き合いだったが、相当酒に強いはずの猫実が酒で潰れるのを見たのは初めてだった。

 どんな事があっても、心乱される事無く、柔和な態度を崩さない猫実がこんな醜態を晒すとは思ってもいなかったから、正直吃驚した。

 とりあえずこの場から連れ出さないとと思い、猫実の鞄から財布を取りだし、クレジットカードをマスターに手渡すと、真っ赤になって潰れてカウンターに突っ伏している猫実に声を掛けた。


「おい、猫実、起きろ。」

「…嫌だ。」

「嫌だじゃねぇ。起きろ。」

「…なつき……」

「は?」

「……なつきがくるなら…起きる。」

「なつきって誰だよ?」

「…………俺がヘタレなのが悪いのか?どうしたら良かったんだよ。」

「おい?猫実?」

「俺が悪いんだな?わかってるよ……全部俺が悪い…ごめんな…なつき……ごめん……」


 俺の呼び掛けは綺麗に無視してそれだけ言うと、猫実は完全に沈黙した。


「あー…もしもしー?猫実?おい、弦!」


 叩いても、揺すっても何の反応も示すことはなく、完全に落ちたのがみてとれた。俺は短く嘆息して、仕方がないからその日は俺の自宅に連れ帰ったが、こんな事初めてだったので、俺も相当戸惑った。

 それに……"なつき"って誰だ?

 俺ですら、名前を覚えて貰うのに1年以上かかったし、下手したら歴代に食った女達の名前なんてひとりも覚えてないんじゃないか?というくらいに、今まで他人に興味を示した事のなかった猫実から出た名前。……しかも、明らかに女だ。

 必然的に誰なのか、どんなやつなのか興味が湧いた。

 俺は管理本部所属という立場から、方々に顔が利く為、社内での猫実の様子や交友関係に探りを入れた。
 だけど、この時の猫実は既に女遊びを卒業していたから、合コン仲間などからは有益か情報を得られず、特定は容易ではなかった。

 しかし、それから数ヶ月後、俺は思わぬ所で"なつき"の手掛りを得ることになる。


 うちの会社は年棒+インセンティブ制度の為、特にボーナス等はないのだが、12月の期末に決算賞与という形で社員全員に支給される。ただし、社への貢献度によっては賞与額が格段に違い、当然、貢献度の高い高額支給者のほとんどが営業部に所属している。
 毎年金額確定前に、各事業部長宛に対象者と金額についての確認のためにリストが配布される。
 その高額支給者予定のリストが本部長に回ってきた時だった。


「今年もツートップは猫実と仲原か……。凄いなコイツら。」


 本部長はそう言うと、回ってきたばかりのリストを俺に手渡した。
 このリストは本来、マネージャー以上しか閲覧出来ないリストなのだが、次の人事考課でマネージャーとなる事が決まっていた俺は、少しずつマネージャーの仕事を割り振りされていて、個人情報の結構際どい所まで閲覧ができるようになっていた。

 手渡されたリストに視線を落とすと、上から支給額の高い順に名前が並べられていて、勿論、トップは猫実だった。

 うわー、ツートップはえぐい金額だな。

 初めてみた資料だったのだが、このふたりに関しては他の奴らと支給額が0の数が1桁違う。正直、目玉が飛び出た。

 これは、支給されたら奢って貰わないとな。

 そう思い眺めていると、何か引っかかるものがあった。
 何だろう、この胸がザワザワして落ち着かない感じ。
 もう一度、上からリストの名前に目を通していく。

 猫実弦……仲原名月……吉澤…え?
 仲原名月……なかはらなつき……

 "なつき"か!!!

 俺は、仲原さんの名前をまじまじと見た。
 まだ確証はないのだが、猫実の言う"なつき"はもしかしたら、第一営業部のエース仲原さんのことかもしれない。
 こんな偶然そうそうあるものではない。

 しかし、仲原さんと猫実の接点…案件上での接点は何度か見ているが、入社時期も年齢も、部署も役職すら離れているふたりの接点がわからなくて、イマイチ確信が持てない。

 アイツ、社内の人間には手を出さないはずじゃなかったのか……いや、遊びでなければどうなんだ?
 そもそも、猫実が仲原さんを見初めたのはいつだ?


 仲原さんは合コンなどの飲み会には一切顔を出さないのは有名な話だ。
 であれば、合コンは有り得ない、というか、例え他部署相手でも、社内同士の合コンなんて猫実は参加しない。

 そして、そもそもの話だが、猫実はナンパはおろか、最近社外との合コンにすら参加してなかった。

 あれ?いつからだ?

 何でも本気の恋愛をしてるとかしてないとか噂になった事があった。
 猫実と長い付き合いだった俺は、猫実の人となり知っているから、そんな根も葉もない噂を全く信じていなかったが。

 でも、確か、その噂の直後から猫実は合コンや女遊びを辞めていた……

 それがちょうど仲原さんの入社した年だと気がついたその時、俺の中での点と線が繋がり、確信に変わった。

 "なつき" は 仲原 名月だ。

 なるほど、あの時の噂は本当だったというわけか。
 まさかその相手が一営の仲原さんの事だとは夢にも思わなかったが……

 確信したとはいえ、まだ猫実本人からの言質はとれていない。

 さて、どうしたものか。

 どうやって猫実から情報を引き出すか……そんな事を考えていると、本部長がふと何かを思い出したように言った。


「あ、そうそう。このリスト見て、気持ちが固まったよ。ちょうどいいから、"了承した"って、猫実に伝言頼めるかな?」

「はぁ、何を了承したんですか?」

「うぅん、まぁそれは…猫実に聞いた方が早いんじゃないか?それと、例の件…交換条件に猫実に依頼しておいて。じゃあ、僕は帰りますから。後はよろしくね、渉くん。」


 そう言うと、本部長はさっさとオフィスを出て行った。

 本部長が退勤すると、すぐに俺は1フロア下の第三営業部に向かうため、階段を降りる。

 この日はノー残業デーの為、第三営業部に残っている人は疎らで、そこに猫実の姿は無かった。


「猫実は?」


 猫実直属のサブマネージャーが残っていたので、訊ねて見ると、荷物は残っている、とのこと。

 と、言うことは……

 猫実の定時後の残業前の定位置といえば、関係者以外立ち入り禁止の屋上の一角だ。

 第三営業部のすぐ隣に喫煙所があるにも関わらず、タバコの為だけに猫実はわざわざ屋上まで上がっている。

 猫実曰く、

「喫煙所は人間関係めんどくさい。タバコくらいひとりでゆっくり吸わせろ。」

 との事だ。

 そんな事なので、この時間に部署にいなければ大概は屋上で一服してるはずだ。

 俺は迷うことなくすぐに屋上へ向かった。
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