少年K少女M

黒蜜きなこ

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祝会と再会

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 居酒屋の雰囲気は嫌いではない。種類豊富な食べ物と飲み物。たわいもない会話から真剣な話までさまざまである。アルコールの力を借りれば普段物静かな人間でさえも喋り上手になれる。そしてそんな空間にいる自分に羞恥を感じる事もなくなる。久々に会った同級生となれば、会話のネタも尽きない。大学生活はどうなのか。サークルや部活動はどうなのか。趣味は。人間関係は。恋愛事情は。と。その手の会話に関してはあまり興味はでないのだが、中学時代の懐かしい話は少し楽しい。俺の中学校時代は特別目立つような存在でもなかったが、同じ部活動で頑張っていた連中との会話は楽しい。修学旅行や文化祭等のイベントも懐かしい。なのだが、正直俺はあまり会話に参加する気にはならなかった。その要因はおそらく隣に座っている祐樹しか理解していない。

「祐樹って相変わらず黒木と仲いいよな」

「中学の時もいつも一緒にいる印象だったよね」

 祐樹は凄い。久しぶりに再会した同級生ともスムーズなコミュニケーションができている。

「僕はいつも誠ちゃんにくっついてばかりだったから」

 適当なつまみを頬張りながら、グラスに入った酒を飲み干す。こうしていれば無理に会話に参加しなくても問題ない。飲み会で会話が面倒になった時の常套手段だ。
 中学の時の話を少しすると、祐樹は少し身体の弱い幼馴染だった。小学校も一緒でとある少年野球チームで知り合ったのだ。その頃は特別仲が良かったわけでもない気がするが、いつの間にか俺の近くに常に居たように思える。イタズラもゲームも苦手な運動も。俺は特別好きな事が無かったし、何となく楽しそうだからやっていた事を、祐樹と共有していた。身長差もあったし傍から見れば歳の近い兄弟に見えていたかもしれない。だから一緒にいた。気をつかわなくてよい唯一の友だった。
 祐樹が好きな女の子ができたと相談してきた時があった。陸上部の女子生徒。廊下でたまに話しをしている姿を見かけたことがある。素直に応援した。告白できずに”根性なしめ”とイラついた時もあった。結局何も起きずに中学校生活を終えて、あっさりと高校の下校中に彼女ができたと報告された時は驚いた記憶がある。

「黒木君、飲み物取ってこようか?」

「自分で行くよ」

 向かいに座っていた同級生の気遣いを遮って、重い腰を上げた。こういうのが可愛げないと言われるんだろうな。と自分でも思いながら。同級生と楽し気に笑って話す祐樹の空になったグラスをひょいと拾い上げて、歩き出す。

「誠ちゃん薄めにしてね」

 わかってるよ。とも何も言わずに注文するカウンターまで。
 後ろでは”黒木くんってあんな感じだったっけ”とか”本当仲いいんだね”とか、そんな会話が聞こえた気がした。

 カウンターでは複数の女性が一人の定員と談笑している。その定員は高身長で顔立ちも整っている。いわゆるイケメンというヤツだ。近くまで来た俺に気付いて優しい顔をした。

「誠一郎、元気だったか」

「お久しぶりです。キャプテン」

 橘雄大たちばなゆうだい。俺の二つ上。俺が一年だった時の元野球部主将。俺との関係は先輩後輩の関係であり、野球部の時代はこの人と何度かプレーしたこともある。大学後に野球を続けていたのかは知らないが、強肩の捕手で打順は三番。厳しかった印象だけが残っている。

「お前、相変わらず固ぇな。それに部活じゃないんだからキャプテンはやめろよ」

「大丈夫です」

 何が大丈夫だよ、と笑いながら置いたグラスを回収して手際よく氷を入れ替える。ハイボールの普通と薄目を注文。ドリンクができるまでの少しの間、橘の質問攻めにあった。大学はどこいったのか。野球は続けているのか。彼女はいるのか。適当にあしらいたい気持ちがありつつも逆らえずに正直に答える。同級生と再会できたことよりも、なんだか少し懐かしく嬉しい気持ちになった。

「はい、これな」

 テーブルの上に出された二つのグラスを受け取って、少し会釈して振り返った。
 二度目。走る緊張と高鳴る心臓。世界が一瞬だけ止まって何も聞こえなくなる感覚。

「黒木」

 聞き覚えている声。大人数いて声が飛び交う店内でもそれはハッキリと聞こえた。淡いオレンジの振袖と微かに香るシャンプーの匂い。まるで白黒の世界に一人だけ彩りを持った様に、この場所で一番輝いて見える様に錯覚する。何も言葉を発せずに数秒間。でも視線だけは逸らせない。
 そんな強烈な印象を今でも覚えている。

 そして、その後に彼女が発した言葉も。一言一句覚えている。

「二週間ぶり、だね。黒木」

 
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