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第6話 KINDERGARTEN SISTER④
しおりを挟む「はぁ……」
よろよろとフランチェスカが職員室に入ってくる。やっと保育士としての一日が終わったのだ。
噂には聞いてたけど、保育士ってタフね……。
「お疲れさま。疲労困憊って感じね?」
パンジー組の福永先生が労いの言葉をかける。この幼稚園では長く勤務しているベテランだ。
「もぅね、子どもたちの体力って無尽蔵よ……」
ごつんと机に突っ伏す。
「たったいまシスターの次になりたくない職業にランクインしたわ」
あははと福永先生が笑う。
「フランチェスカちゃんお疲れさまでーす」
サルビア組の相原先生が後ろから抱きしめる。フランチェスカと年が近い保育士だ。
「あれ? フランチェスカちゃんの髪、くしゃくしゃだよ?」
ヴェールから伸びる金髪をつまむ。
「金髪が珍しいってことで子どもたちにつままれたのよ」
はふぅ……と溜息をひとつ。
「まっかせて! 櫛で梳かしたげる!」と相原先生が櫛を取り出す。
「それにしてもよくこの仕事続けられますね?」
髪を梳かしてもらいながらフランチェスカが聞く。
「そうねぇ……もともと子ども好きだったのと、子どもに関する仕事をしたいのもあったからねぇ。そりゃ最初は大変だったわよ? あちこち走り回ったり、なかなか言うこと聞かなかったりで」
でもね、と続ける。
「子どもたちと遊んだりして彼らが笑ってくれると、疲れなんて吹っ飛んじゃうの。こんなにやりがいのある仕事ってなかなかないわよ」
福永先生の言葉に相原先生がうんうんとうなずく。
「だからね、楽しみながら仕事すればいいのよ。自分が楽しくなかったら、子どもたちも楽しいとは思わないもの」
「楽しみながら、か……」
ふと思い出したことがあった。
「そういえば、まさとくんって全然喋らないんですけど、何かあったんですか?」
これには相原先生が答える。
「又聞きだけど、あの子の父親が暴力を振るう最低な人だったみたいよ。毎晩毎晩お母さんが殴られてるのを見て、それがストレスになって喋らなくなっちゃったんだって」
今はすでに離婚して母親との二人暮らしだそうな。
「そっか……」
あの子、そんな辛い体験してきたのか……。
ふとスペインにいる両親を思いだす。厳格な父親に毎日叱られ、その度に母親が慰めてくれたものだ。
ママどうしてるかな……?
「はい、終わったわよ」
梳かし終えた相原先生がぽんと肩に手を置く。
「ん、ありがと……」
「肩凝ってるねぇ。そんなに肩肘張らなくても大丈夫だよぉ」
今度は福永先生がフランチェスカの頭をぽんぽんと優しく叩く。
「さっきも言ったけど、この仕事を続ける秘訣は楽しむことよ」
頭を撫でられて思わず頬が緩む。
「ん、やってみる……」
翌朝、フランチェスカがカトレア組の教室の戸を開く。
相変わらず園児たちの嬌声が響く。
「ふらんしぇんしぇーおはよーございます!」
「しぇんしぇー、またるいくんがまさとくんぶったー」
「きょうはなにしてあそぶのー?」
「ドレミのうた、うたって!」
おもちゃが散乱するなかで園児たちの混声合唱。
「みんなおはよう。おもちゃ片付けないとダメでしょ?」
「やだー! まだあそぶの!」
「めんどくせー!」
「あとででいいじゃーん」
混声合唱団の文句が教室内に響く。フランチェスカがやれやれと首を振る。
「ん、じゃこうしましょう。今日はお外で遊びましょ?」
今度は「わーい!」とハモった。ただひとりまさとくんだけは相変わらず口を閉ざしているが。
フランチェスカがおもちゃ箱からサッカーボールを取り出して庭へと出る窓を開ける。
「さ、みんな遊ぶわよ!」
青空の下、サッカーボールがぽん、ぽんとリズムよく跳ねる。
「よっ、ほっ、と」
フランチェスカが膝を巧みに動かしてリフティングするその様はプロ顔負けだ。ぽんっと高くボールを上げると今度は頭の上に載せてのリフティングだ。
ころころと頭上で左右に転がしていくたびに園児たちが拍手する。
「スゲー!」
「おねーちゃんすごーい!」
だが気が緩んだのか、ボールが後ろへと落ちてしまう。
「ああー!」と園児たちが叫んだ瞬間、背中越しにヒールキックを決めたのでまた園児たちから拍手喝采だ。喋らないまさとくんも驚きのあまり口をあんぐりと開けている。
「ねーねーどーしてこんなことができるの?」
「おれにもおしえろ!」
人差し指の上でサッカーボールを回転させるフランチェスカに園児たちが尊敬の眼差しで見る。
「スペインにいたとき、近くに住んでいたルイスっておじさんに教えてもらったのよ。もっといろんなの見せてあげるけど、そのかわり、ちゃんとお片づけすること!」
「「「はーい!!!」」」
※ルイス・スアレス・ミラモンテス
スペイン、ア・コルーニャ出身の元ミッドフィルダープレーヤー。1960年代にスペイン選手として初のバロンドールに選出された。
エレガントで優雅な彼のプレーは観客の心を掴んで離さなかったと言われている。1975年に引退。
フランチェスカと園児たちがきゃいきゃいとはしゃぐのを園長が園長室から見ていた。
「はい。ええ、大丈夫そうですよ。みんなフランチェスカ先生のこと好きみたいですし」
受話器の向こうでマザーがほっと安堵の息を漏らす。
「それは何よりです。あの子自身、子どものようなものですからね……」
「そうですわね。あの子こそ、神様が遣わしてくださった天使ですわ」
ちらりとまたフランチェスカたちを見る。
「これならあの件もお願いしてよさそうですわね」
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