見習いシスター、フランチェスカは今日も自らのために祈る

通りすがりの冒険者

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第40話 SKYFALL⑪

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「あー面白かった!」
 
 ふたりが映画館を出たときには、すでに日が暮れかかっていた。

「そうね。とくにラストで主人公が組織のボスを倒すところなんてカッコよかったわよね」

 路地からふたたび街路に戻ると、人が増えてきており、屋台や露店から威勢のいい呼び込みで活気に溢れていた。
 ちょうど書き入れ時なのだろう。喧騒のなか、ふたりは帰路へとつく。
 
「ねぇ先生ムダリサ
「ん、なに?」
「あのさ、おれの家に来ない?」
「え、いいけど……なんで?」
 
 アルが気恥ずかしそうにする。

おじさんババに先生のこと、紹介したいんだ」
 
 †††

 ババと呼ばれるアルの父親代わりの男の家はスークから離れたメディナにあった。
 くすんだ茶色の石壁の家まで来ると、木造の扉を叩いてから入る。
 「ただいま! ババ」とアルがアラビア語で帰宅を告げる。
 しばらくしてから奥のほうから腹の突き出た、恰幅かっぷくの良い男性がのそりとやってきた。

「帰ったかアル。ん、その女性は誰だ?」

 濃紺のジュラバに身を包んだ褐色の肌をした男性が金髪に修道服スカプラリオに身を包んだ訪問者を見ながら問う。

「ぼくの先生だよ。勉強を教えてもらってるんだ」
「勉強? お前、勉強を教えてもらってるのか?」
「うん!」

 父親代わりの男は二度まばたきしてから、ふたたび異国からの訪問者を見る。

「これはどうも、うちのアルがお世話になっているようで……ムスタファです」
「フランチェスカです。勝手にアルの家庭教師をやらせていただいてます。英語、お上手ですね」とムスタファと握手を交わす。
「ラバトの大学で学んでてね。もっとも二年で辞めましたが……アル、お前は部屋にいなさい」

 アルが「わかった!」と部屋へ駆けるのを見送ってから、ムスタファがフランチェスカへ向きなおる。

「さ、こちらへどうぞ。お茶でも入れますよ」

 通されたのは応接間にあたる部屋だった。

 「いますぐお茶を入れますので、ごゆっくり」とムスタファが部屋を出ると、ひとりになったフランチェスカは部屋を見回す。
 中央にテーブル、それを挟んでソファーが置かれている。
 壁のほうを見ると、アルとは別の子供が写っている写真が額に収められていた。
 その隣にも同じような写真が並ぶが、いずれも子供たちは年齢も性別もばらばらだ。
 
「その写真が気になりますか?」

 声がしたので振り向くとティーポットとグラスを盆に載せたムスタファが。

「彼らはみな孤児なんです。私が親代わりになって育ててきました。もう巣立っていきましたがね」
「孤児院なんですか?」
「私が勝手にやっているだけです」

 そう言うと盆をテーブルに載せ、ポットから茶をグラスへと注いで、「どうぞ」とフランチェスカへと渡す。

「ありがとうございます」
「ときに、なぜシスターがここモロッコへ来られたのですか? ただの布教活動とは思えませんが……」
「実は」

 これまでの経緯をかいつまんで話す。

「なるほど……フランス語の代理教師としてやってきた、と」
「あの、アルから聞いたのですが……」
「どんなことでしょう?」
「彼が言うには、あなたが仕事をくれるおかげで学校に行って勉強しなくてもいいと言ってましたが」
「アルがそんなことを?」

 見習いシスターがこくりと頷く。

「お恥ずかしい話ですが、私の仕事が忙しいもので、あの子に勉強を教える時間がないものでして……」

 おまけに、と付け加える。

「私の稼ぎなどたかが知れてまして、あの子を学校に通わせることなど、とても……」

 ああ、とフランチェスカが納得する。
 「余計な詮索でした」と非礼を詫び、ムスタファが「いやいや」と手を振った。

「ここに数日滞在されたならお分かりでしょうが、モロッコは貧富の差が激しく、学校に通えずに勉強が満足に出来ないのも珍しいことではないんです」
 
 そこでムスタファがミントティーのグラスを口に付ける。そしてふぅっとひと息つく。

「あの子には勉強より、生きるすべを学ぶことが大事なんです」
「でも……」
「ミスフランチェスカ、この世はすべてきれい事で済むわけじゃないんですよ。あなたはシスターだが、他人のプライバシーに口を挟む義務はないはず」

 カツンとグラスを置く。

「余計な希望は抱かせないでください」

 どうかお引き取りくださいと会話を一方的に打ち切られる。

「私は」
 
 そう言ってフランチェスカがすっくと立ち上がる。

「私はべつに憐れみで、勉強を教えたわけじゃありません。ただ……」
 
 すうっと息を吸ってさらに続ける。

「人はみな、平等に学ぶべき機会があるはずですわ」
 
 ムスタファがふるふると首を振る。

詭弁きべんですな。御用が済んだらどうぞお帰りを」
「あなたがなんと言おうと、私はここにいる間は彼に勉強を教えます!」

 見習いシスターがぷいっとそっぽを向いて部屋を出る。
 するとそばにアルが立っていた。

「先生、ケンカしたの?」

 英語がわからないアルはそう尋ねる。

「なんでもないわ、大丈夫よ。それより……」

 屈んでアルと同じ目線になるようにすると、こっそりと耳打ちを。

「いつも通り、あたしのとこに来てね。もうすぐしたら海に連れてってあげる。オーケー?」

 こくりと頷いたので「よし」と立ち上がる。

「じゃ、またね」
「うん、またね……」

 アルが手を振ってフランチェスカを見送り、ぱたりと扉が閉まると手を下ろす。

「アル!」

 後ろから険のある声が。くるりと振り向くと、険しい表情のムスタファがいた。
 
「なぜこのことを黙ってた?」
「ごめんなさい……おじさんを驚かせたくて」
「もう彼女のところには行くな」
「でも……」
 
 頬に平手が飛ぶ。

「口答えするな! 誰のおかげで飯が食えていると思ってるんだ?」
「ごめんなさい……」と叩かれた頬を押さえる。

「アル」

 ムスタファが屈んで少年の両肩に手を置く。

「すべてはお前のためにやっていることなんだよ。お前がひもじい思いをしないようにね」
 
 わかるな? と手に力をこめると、アルがこくこくと頷く。

「よし。良い子だ。さぁ部屋に戻りなさい」

 アルが部屋のほうへ歩くのを見送ると、電話が鳴った。
 ムスタファは踵を返して、応接間の隣の書斎に入った。
 ジリリリとなる卓上電話から受話器を取って耳に当てる。

「はいムスタファです。はい、ええ……こちらは順調です。は健康そのものです。はい、分かりました……では近いうちに……」

 商談がまとまり、受話器を戻すとムスタファはにぃっと口を歪める。
 その笑みは醜悪そのものであった。
 
 †††

「ただいま……」
「おかえり……ってあんた、ひどく疲れたような顔してるわよ」
 
 リヤドに戻ったフランチェスカをファティマおばさんがそう声をかける。

「うん……今日はいろいろあってね……ただいま、マリク」

 番犬ならぬ番猫のマリクを抱きかかえる。

「そう……あんまり根をつめないほうがいいわよ」
「ん、そうする」

 適当に返事して階段を上り、部屋のドアを開けてマリクを下ろすと、すぐさまベッドに倒れ込む。
 
 疲れた……今日はホントいろいろあった日だったわ。

 ごろりと仰向けになって額に手をやる。
 しばし天井を眺めたのち、フランチェスカは起きあがってシャワーを浴びるべく、バスルームへと向かった。

 
 一時間後、部屋のドアからノックの音。フランチェスカが「どうぞ」と許可するとファティマおばさんが入ってきた。
 おばさんは入るなり、目を丸くした。
 シャワーを浴び終えて、ベッドの上にいるフランチェスカは下着のみのあられもない姿だ。

「まっ! なんてはしたない!」
「いいじゃない別に。お客はあたしだけなんだし。ねー? マリク♡」
  
 ごろりと仰向けになってマリクを抱き上げる。白猫がにゃーと鳴く。
 
「マリクもそうだと言ってるわ」
「あんたがあたしの娘だったら、そのお尻をひっぱたいてるところよ」
 
 ファティマおばさんが近寄ってマリクをベッドから下ろす。

「いったいどうしたのよ? あんたらしくないわ」
「ん、今日ね……」

 今日の出来事をかいつまんで話す。

「大見得きっといてなんだけど、あたしのしてることって、あの子のタメになってんのかなって……」
 
 ぼすんとファティマおばさんが腰かけたので、ベッドが揺れた。

「難しいことはわからないけど、あんた、仮にも先生でしょ? 先生なら自分の行いに胸を張りなさい。しゃんと背筋を伸ばして」
「うん……」

 見習いシスターが首を曲げるとこきりと鳴った。

「肩こってるようね。明日、良いところに連れてってあげましょうか?」
「いいところ?」
「それは明日になってからのお楽しみよ。それよりご飯出来てるから、さっさと服着ておりてらっしゃい!」
 
 そう言うと、ぴしゃんと見習いシスターの形の良いお尻を叩く。

「きゃいっ!」
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