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プロローグ
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この世には、視える者と視えない者がいる。
ガタン、ゴトン
電車の走行音が響く車内。大半の人が携帯に目を落とし、それ以外の人も目を閉じているか友人と話をしている人ばかりで、俺と目が合う者はいない。
毎朝のルーティン。
ほとんどの人が退屈だと思うであろうこの通勤時間が、人間観察が趣味な俺にとってはそれほど嫌いな時間ではない。身なりや姿勢、話し方でどんな職業に就いているかを予想する。もちろん答え合わせはできないが、たまに電車以外で見かけて偶然答え合わせできることも楽しみのひとつだ。
———ある一点を除いては。
またか、と自分の尻を無骨な手が這う感触に、ため息が漏れる。残念なことに、痴漢をされるのもルーティン化しつつある。
誤解のないように言っておくが、俺は男だ。ただ、人にはよく綺麗な顔だと言われるのでそれが原因かもしれない。
散髪に行くのが面倒で、基本髪は肩より少し上。前髪もすぐに伸びて鬱陶しいので同じように肩より上で切り揃えているのも良くないと言われる。
良く言えば中世的、悪く言えば女顔。
だが、身長も平均には少し足りないが、百七十センチはあるし、中学から柔道をやっているので体格では間違っても女に見えないはずだ。
周りを見れば女性だってたくさんいる。それなのに何故、好き好んで男なんか。
いや、他の人が痴漢されるくらいなら俺がされた方がマシか。
そう考えたところで痴漢の手首を逃げられないように掴んで捻りあげる。
「イデデデッ!」
「はい、痴漢の現行犯で逮捕ね」
「はぁ!?」
痴漢男の声が大きい所為で視線が集中する。そんな中、慣れた手つきで警察手帳を取り出し、相手の目の前で開いた。
姫崎誠。31歳。巡査部長だ。
青ざめた顔で咄嗟に逃げようとする男の手首に手錠をかける。混み合う車内で暴れられたらたまったもんじゃない。周りの乗客には離れてもらい、扉に押しつけた。
「くそっ、離せっ!」
「大人しくしてろ。これに懲りたらもう痴漢なんてするんじゃねえぞ」
まったく、一駅しか乗らないのになんだってこんな面倒に巻き込まれるんだ。
◇◇◇
「あ、姫崎さん。おはようございまーす」
「おはよう」
ここが俺の職場で、こいつは後輩の影山蓮。27歳。巡査。少しチャラいが、やる時はやるタイプの男だ。
「おう、遅かったな。また痴漢か?」
「....ああ」
こいつは同期の千葉航輝。同い年で同じ巡査部長。顔に似合わず手先が器用で、髪の毛はいつもこいつに切ってもらっている。
「えー、またですかー?今月に入って何度目です?」
「知らねえよ。数えようと思ったことねえし」
「確か十回目だねぇ」
後ろから現れたのは俺の上司で神野護さん。47歳。警部補。落ち着いた雰囲気の頼れる上司だ。普段はにこやかだが、怒ると怖い。
ちなみに今日は十五日。神野さんの言っている事が本当なら休みを除けば、ほぼ毎日痴漢に遭っている事になる。
そして、これでメンバーは全員だ。
少数精鋭なんてかっこいいものではなく、単に人手が足りないだけ。まだ発足して半年しか経っていないこともあるが、少し特殊な部署だということも関係している。
まず、入るのに絶対必要な条件が一つあるのだ。その条件を満たしていないと、いくら優秀でも入ることはできない。逆に言えば、満たしてさえいれば誰でも入れるのだが、率先して入りたがる奴はあまりいない。
「十回目ってほぼ毎日じゃないですか!.....姫崎さんのケツってそんな触り心地いいんですか?」
「影山ぁ、バカなこと言ってないで仕事しろ、仕事」
「えー、だって気になるじゃないですか。ね、千葉さんも気になりません?」
「気にならんわ。お前と一緒にするな」
「嘘ぉ、俺は触ってみたいですけど。あわよくばその先も」
本気とも冗談ともとれるような口調でにっこりと微笑む。
......寝言は寝て言え。
「よっぽど寝技かけられたいらしいなぁ?影山」
肘を伸ばしながら近づけば、影山は青ざめた顔で後ずさる。
「じょ、冗談ですって!キレイな顔が台無しですよ!」
「よし、ケンカ売ってんな。表出ろ」
「えー!?なんでですかー!?」
影山の首根っこを捕まえた時、それまでにこにこと笑いながら見守っていた神野さんが口を開いた。
「はい、そこまで。紹介したい人がいるから集まってくれる?」
紹介したい人?まさかようやく人が増えるのか?
神野さんの後ろから現れた人物は、良く言えば可愛い、悪く言えば頼りなさそうな男だ。髪の毛は、癖っ毛なのか少し巻いている。年齢も若そうだ。影山が小声で「可愛い系とか俺とキャラ被ってません?」とかわけのわからないことを言っているが無視した。
「今日から配属になった佐原警部だ。警部、ご挨拶をお願いします」
「はぁ!?」
「警部!?」
「キャリア組かよ!」
俺、影山、千葉はそれぞれ似たようなリアクションをした。この若さで警部、神野さんより上の階級ということはキャリア組以外ありえない。キャリア組は所謂国家公務員で我々ノンキャリア組とは出世街道がまるで違う。
仕事内容も異なり、現場には出ないはずだ。人手不足だというのに現場に出ない奴を寄越してどうする。
「神野さん!どういうこと——」
「うん、ちょっと静かにしようか」
「はい.....」
顔は笑っているのに声のトーンがかなり低い。たったそれだけのことで、背中がぞくりと震える。
「すみません。どうぞ」
「あっ、ありがとうございます。本日付で配属になりました佐原壱です。皆さんと仲良くなれたらと思っています。若輩者ですが、よろしくお願いします!」
「はい、拍手ー」
「...........」
「...........」
「...........」
いやいやいやいや。
神野さんが拍手をしているので、仕方なく俺らも形だけの拍手をするが疎らだ。
「ちょっと待ってください!神野さん!」
「人手が欲しいって言ってたじゃない」
「言いましたけど!だからなんでキャリアなんですか!俺は現場に人が欲しいって言ったんですよ!」
「彼、現場に行きたいってよ?」
「はあ!?」
いや、無理だろ!現場もろくに知らないお坊ちゃんなんて足手纏いにしかならない。それなら居ない方がマシだ。
「あのっ、俺、姫崎さんに憧れてここに来ました!何でもするのでよろしくお願いします!」
警部が下っ端に何でもするとか言っちゃダメだろ!てか憧れってなに!?まさか自分から希望したのか!?い、意味がわからない...。
「待ってください、だとしてもキャリアなんて現場に連れていけません!」
「まあまあ、何事も経験だし、本人も行きたいって言ってるんだから」
嘘だろ...!?
「とりあえず、ようこそ!幽霊課へ!」
.....そのネーミングもここが敬遠される一つだと思う。
ガタン、ゴトン
電車の走行音が響く車内。大半の人が携帯に目を落とし、それ以外の人も目を閉じているか友人と話をしている人ばかりで、俺と目が合う者はいない。
毎朝のルーティン。
ほとんどの人が退屈だと思うであろうこの通勤時間が、人間観察が趣味な俺にとってはそれほど嫌いな時間ではない。身なりや姿勢、話し方でどんな職業に就いているかを予想する。もちろん答え合わせはできないが、たまに電車以外で見かけて偶然答え合わせできることも楽しみのひとつだ。
———ある一点を除いては。
またか、と自分の尻を無骨な手が這う感触に、ため息が漏れる。残念なことに、痴漢をされるのもルーティン化しつつある。
誤解のないように言っておくが、俺は男だ。ただ、人にはよく綺麗な顔だと言われるのでそれが原因かもしれない。
散髪に行くのが面倒で、基本髪は肩より少し上。前髪もすぐに伸びて鬱陶しいので同じように肩より上で切り揃えているのも良くないと言われる。
良く言えば中世的、悪く言えば女顔。
だが、身長も平均には少し足りないが、百七十センチはあるし、中学から柔道をやっているので体格では間違っても女に見えないはずだ。
周りを見れば女性だってたくさんいる。それなのに何故、好き好んで男なんか。
いや、他の人が痴漢されるくらいなら俺がされた方がマシか。
そう考えたところで痴漢の手首を逃げられないように掴んで捻りあげる。
「イデデデッ!」
「はい、痴漢の現行犯で逮捕ね」
「はぁ!?」
痴漢男の声が大きい所為で視線が集中する。そんな中、慣れた手つきで警察手帳を取り出し、相手の目の前で開いた。
姫崎誠。31歳。巡査部長だ。
青ざめた顔で咄嗟に逃げようとする男の手首に手錠をかける。混み合う車内で暴れられたらたまったもんじゃない。周りの乗客には離れてもらい、扉に押しつけた。
「くそっ、離せっ!」
「大人しくしてろ。これに懲りたらもう痴漢なんてするんじゃねえぞ」
まったく、一駅しか乗らないのになんだってこんな面倒に巻き込まれるんだ。
◇◇◇
「あ、姫崎さん。おはようございまーす」
「おはよう」
ここが俺の職場で、こいつは後輩の影山蓮。27歳。巡査。少しチャラいが、やる時はやるタイプの男だ。
「おう、遅かったな。また痴漢か?」
「....ああ」
こいつは同期の千葉航輝。同い年で同じ巡査部長。顔に似合わず手先が器用で、髪の毛はいつもこいつに切ってもらっている。
「えー、またですかー?今月に入って何度目です?」
「知らねえよ。数えようと思ったことねえし」
「確か十回目だねぇ」
後ろから現れたのは俺の上司で神野護さん。47歳。警部補。落ち着いた雰囲気の頼れる上司だ。普段はにこやかだが、怒ると怖い。
ちなみに今日は十五日。神野さんの言っている事が本当なら休みを除けば、ほぼ毎日痴漢に遭っている事になる。
そして、これでメンバーは全員だ。
少数精鋭なんてかっこいいものではなく、単に人手が足りないだけ。まだ発足して半年しか経っていないこともあるが、少し特殊な部署だということも関係している。
まず、入るのに絶対必要な条件が一つあるのだ。その条件を満たしていないと、いくら優秀でも入ることはできない。逆に言えば、満たしてさえいれば誰でも入れるのだが、率先して入りたがる奴はあまりいない。
「十回目ってほぼ毎日じゃないですか!.....姫崎さんのケツってそんな触り心地いいんですか?」
「影山ぁ、バカなこと言ってないで仕事しろ、仕事」
「えー、だって気になるじゃないですか。ね、千葉さんも気になりません?」
「気にならんわ。お前と一緒にするな」
「嘘ぉ、俺は触ってみたいですけど。あわよくばその先も」
本気とも冗談ともとれるような口調でにっこりと微笑む。
......寝言は寝て言え。
「よっぽど寝技かけられたいらしいなぁ?影山」
肘を伸ばしながら近づけば、影山は青ざめた顔で後ずさる。
「じょ、冗談ですって!キレイな顔が台無しですよ!」
「よし、ケンカ売ってんな。表出ろ」
「えー!?なんでですかー!?」
影山の首根っこを捕まえた時、それまでにこにこと笑いながら見守っていた神野さんが口を開いた。
「はい、そこまで。紹介したい人がいるから集まってくれる?」
紹介したい人?まさかようやく人が増えるのか?
神野さんの後ろから現れた人物は、良く言えば可愛い、悪く言えば頼りなさそうな男だ。髪の毛は、癖っ毛なのか少し巻いている。年齢も若そうだ。影山が小声で「可愛い系とか俺とキャラ被ってません?」とかわけのわからないことを言っているが無視した。
「今日から配属になった佐原警部だ。警部、ご挨拶をお願いします」
「はぁ!?」
「警部!?」
「キャリア組かよ!」
俺、影山、千葉はそれぞれ似たようなリアクションをした。この若さで警部、神野さんより上の階級ということはキャリア組以外ありえない。キャリア組は所謂国家公務員で我々ノンキャリア組とは出世街道がまるで違う。
仕事内容も異なり、現場には出ないはずだ。人手不足だというのに現場に出ない奴を寄越してどうする。
「神野さん!どういうこと——」
「うん、ちょっと静かにしようか」
「はい.....」
顔は笑っているのに声のトーンがかなり低い。たったそれだけのことで、背中がぞくりと震える。
「すみません。どうぞ」
「あっ、ありがとうございます。本日付で配属になりました佐原壱です。皆さんと仲良くなれたらと思っています。若輩者ですが、よろしくお願いします!」
「はい、拍手ー」
「...........」
「...........」
「...........」
いやいやいやいや。
神野さんが拍手をしているので、仕方なく俺らも形だけの拍手をするが疎らだ。
「ちょっと待ってください!神野さん!」
「人手が欲しいって言ってたじゃない」
「言いましたけど!だからなんでキャリアなんですか!俺は現場に人が欲しいって言ったんですよ!」
「彼、現場に行きたいってよ?」
「はあ!?」
いや、無理だろ!現場もろくに知らないお坊ちゃんなんて足手纏いにしかならない。それなら居ない方がマシだ。
「あのっ、俺、姫崎さんに憧れてここに来ました!何でもするのでよろしくお願いします!」
警部が下っ端に何でもするとか言っちゃダメだろ!てか憧れってなに!?まさか自分から希望したのか!?い、意味がわからない...。
「待ってください、だとしてもキャリアなんて現場に連れていけません!」
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