年下上司の愛が重すぎる!

文字の大きさ
17 / 60

15話

しおりを挟む
神野さんの言った通り、土日は人が多かったが、それを過ぎればすぐに人の波は落ち着いた。
それから一週間程が経ったが、幽霊を一度も見ることなく、怖いくらい平穏な日々が続いている。

そして、トラウマを克服するために触られる事に慣れる練習も続けている、のだが.....。


どうしてこうなった。


俺は今、佐原の膝の上に座っている。
それも、向かい合って。

いや、自業自得でもあるのだが。
....ここに至るまでの経緯はこうだ。

初めて同居した日からずっと、俺よりも佐原の方が早くギブアップしてしまうので、練習にならないと思った俺は、佐原がギブアップするのを禁止した。

佐原は少し渋ってはいたが、納得して今日の練習を再開した。
のだが、触り始めてすぐ「あの....、すぐに逃げれないように膝の上に乗ってくれませんか....?あと、単純に触りづらくて....」と言ったのだ。

何言ってんだこいつ、と思ったものの、一理ある、とも思ってしまった。俺のバカ。
あまり深く考えずに了承してしまい、立ち上がった瞬間に腕を引かれ、佐原の上に倒れ込んだ。


で、この状況だ。


「ま、待て...、俺は後ろ向きだと思って許可を....」

「後ろ向きだと顔が見えないじゃないですか」

だからってこれはおかしいだろ!!ちょっと...いや、かなり恥ずかしいんだが!?

「嫌ならちゃんと言ってください。.....じゃないと勘違いしそうになる」

後半はほとんど消え入りそうな声で、ぼそりと呟かれた。近かったから聞き取れたようなものだ。

「勘違い.....?.....っ!」

どういうことか聞こうとしたが、突然尻を掴まれて息を飲む。
今までは腕や足ばかりで慎重すぎる程だったから、てっきり今回も背中や肩を触って終わりだと思っていたのに。

性急な触り方に身体が強張る。
だが、本来このくらいでないと意味がない。
ぎり、と奥歯を噛んで耐える。佐原の肩に置いていた手にも、自然と力が入った。

「.......無理は、しないでくださいね」

その声があまりにも弱々しくて、思わず顔を上げると辛そうに歪んだ顔が目に入った。

なんで、そんな———。

もしかして、俺はかなり酷なことを頼んでいるんじゃないだろうか。
好きな人はできたことがないのでよくわからないが、要するに父や母に嫌がることをしなきゃいけないのと同じようことだよな?俺なら絶対に嫌だ。
佐原だって最初は嫌がっていたし、やっぱりやめた方がいいんじゃないだろうか。

「さ、佐原...、やっぱりやめよう。もういいから.....」

「...ああ、また顔に出ちゃってました?すみません。けど俺は大丈夫なんで」

「そんな顔してどこが大丈夫なんだよっ。いいから離せっ」

「俺は、姫崎さんの意思を尊重したいんです。俺の意思なんかよりずっと」

あまりにも優しい顔で微笑まれ、より一層疑問が湧く。

「なんで、そこまで......」

「好きだから、じゃ駄目ですか?」

「っ!」

そ、そもそもそこも疑問だわっ!ついこの間まで話したこともなかったのに、どうしてそれ程まで想えるのか。どうせお前も——

「——顔が好きなだけなんだろ」

「え.....?」

しまった。声に出すつもりはなかったのに。これじゃあまるで俺が拗ねてるみたいに聞こえるじゃないか。勘弁してくれ。

「っなんでもない。今日はもうやめるから離せ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!俺は別に姫崎さんの顔だけを好きになったわけじゃないですよ!?」

「....もういいって言ってるだろ」

口ではなんとでも言える。

「良くないです!」

無理矢理降りようとした俺の腕と腰を掴んで阻止された。

「はっ、離せ...!」

「嫌です」

拒否を許さないようかのような物言いと、力だ。膝の上だということもあって思ったように抵抗できない。

「離したらに逃げるでしょう?」

言い切るような言い方に、少しイラっとする。

「チッ....。逃げないから離せ。だいたいこの格好がおかしいだろ」

あきからに、確かに、という表情をしたのになかなか離してくれない。おい、と促すと渋々顔で絶対逃げないでくださいね、と念を押され腰に回されていた手が離れた。ようやく膝の上から降りられてほっとするが、未だ右手は離してくれない。

「手は....このままじゃ駄目ですか....?」

「は?逃げないつってんだろ」

「疑ってるわけじゃないんです...!ただ....、触れていたくて....」

.........こ、こいつはまたなんの恥ずかしげもなく.....!
しゅんとして上目遣いで見られると、毒気を抜かれる。
はぁ、とため息をついて隣に座った。

「......言ってなかったですけど、姫崎さんに会ったの、高校の時が初めてじゃなかったんです」

「え.....?」

「俺、5、6歳の時、幽霊に取り憑かれたことがあって....」

「!?」

「でも両親は視える人じゃなくて、俺も小さかったんで幽霊とか全然わかってなかったんです。寝れない原因調べるためにいろいろ病院回ってくれたんですけど全然わかんなくて、精神病院にも行ったんです」

精神病院って....。まさか.....。

「そこで俺、なんか大人ばっかで怖くなっちゃって、病院の隅っこで泣いてたんです。....その時声かけてくれたのが姫崎さんで」

まじか....。

「見ず知らずの俺の話をずっと聞いててくれて、あまつさえ除霊までしてくれて」

うん....。確かにいたな。そんな奴。だけどあれは、自分の作った札が正常に働くかどうか確認したかっただけだ。そんないい人みたいに語られても困るんだが....。

「......よく、俺だってわかったな....」

「最後に笑ってくれたんですよ。頭くしゃくしゃって撫でてくれて。その時の笑顔がずっと頭に残ってて、すぐにわかりました」

......俺、笑ったっけ.....?.....確か成功して嬉しかったのは覚えてるが....。——って!やっぱ顔じゃねえか!

「確かに、その...綺麗だと思ったのも事実ですけど、優しい人だなぁって」

手首を掴んでいた手が手の甲へと下りていく。

「.....言っておくが、あれはお前を助けるためにやったわけじゃないぞ。ちゃんと祓えるか試したかっただけで——」

「覚えててくれたんですかっ?」

「え?あ、ああ。佐原だってことは知らなかったが...」

「それでも嬉しいです!」

やっぱりこいつに笑顔を向けられると少し罪悪感が湧いてくる。覚えてなかった俺が悪いみたいじゃないか。

「じゃなくて!それはいいから!」

「?」

何を聞かれているのかわからないのか、きょとんとした顔で首を傾げた。

「だから、お前を助けるためにやったわけじゃないつってんの」

「それがどうかしましたか?」

どうかしましたかって!話の主旨覚えてねえだろ!こいつ!

「俺はお前が思ってる程優しくないってことだよ」

「なんでです?」

「なんでって....」

こいつ話すら聞いてなかったのか!?
もう一度説明するのも面倒で、もういい、と話を畳もうとしたとき、先に佐原が口を開いた。

「祓ってくれた理由なんて関係ないです。だって姫崎さんが助けてくれたことに変わりないじゃないですか。それに、試したかっただけなら俺の話なんて聞かなくてもよかったですよね?」

どうやら覚えていないわけでも、聞いていなかったわけでもなく、ただ単純に疑問に思っただけらしい。
佐原の言っている事はわからなくもない。....だが、俺のことを聖人君子だとでも思ってないか....?
たったそれだけの出来事で優しいとか言われても、反応に困る。はっきりと覚えていないから余計だ。

「あの時のことだけで優しいって言ってるわけじゃないですよ?」

俺の考えを見透かしたような発言に、少しドキリとした。

「下位式神しか使役できないってわかった時に言ってくれた言葉も、自分の所為にするなって言ってくれた事も、優しいなって思ってました」

自分でも何を言ったかなんて覚えていないのに、佐原はそんな事まで覚えているんだろうか。
....俺はもう少し自分の言葉に責任を持った方がいいかもしれない。

「優しいところだけじゃないですよ?仕事に対する姿勢とかかっこいいと思いますし、自分に厳しいとことかも...あ、でも厳しすぎるのはどうかと思いますけど、でもそういうところも含めて、好きなんです」

重ねられている手が、熱い。
ここまで真っ直ぐに想いを伝えられたことはなかった。
心臓が、いつもより早く動いている気がする。
それを悟られたくなくて、目を逸らした。すると、重ねられていた手にきゅっと力が込もる。

「姫崎さんのこと、知るたびに好きになってます」

「も、もういい....」

恥ずかしいとかないのか、こいつには。

「ちゃんと顔だけじゃないってわかってくれましたか?誤解されたままじゃ——」

「わかった!わかったからもういいって!」

尚も言葉を続ける佐原を慌てて止めると、なぜか嬉しそうに微笑んだ。

「よかった。....どうしますか?続けます?」

手の甲をさらりと撫でられただけなのに、敏感に反応してしまう。

「いや、今日はもういい」

なんだか怖くなったので、今日はこれで終わりにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

処理中です...