58 / 60
番外編:二人の距離 佐原視点
しおりを挟む念願叶って、ようやく姫崎さんと付き合えるようになった。
劇的に何かが変わったというわけではないけれど、付き合ってからの姫崎さんは意外とたちが悪い。
「お疲れ様です、警部」
「あ、影山さん。お疲れ様です」
珍しく事務作業の多かった日の夕方、給湯室に入ったタイミングで影山さんに声をかけられた。
「影山さんも飲みますか?」
「いえ、俺は大丈夫です」
「....なにかありましたか?」
何も飲まないのに給湯室に来たということは、俺に用事があるのだろう。それも、俺だけに。
良くない知らせか、と一瞬身構えたが、重苦しい空気ではなく影山さんも笑顔だ。
「おめでとうございます」
「へ?」
突然述べられたお祝いの言葉に、間の抜けた声が漏れる。
誕生日でも、昇進したわけでもない。心当たりがなくて首を捻った。
「姫崎さんと付き合い始めたんですよね?」
付き合っていることを隠すつもりもなかったが、あえて言う必要もないだろうということで、聞かれたら答えるスタンスでいこうと姫崎さんとあらかじめ決めていた。
いつかバレるだろうとは思っていたが、予想よりも早い。隠すつもりはなくても、バレたらバレたで気恥ずかしいものがある。
「あー...、はい。ありがとうございます。姫崎さんに聞いたんですか?」
「ははっ、姫崎さんが言うわけないじゃないですかぁー。見てればわかりますよ」
確信的な言い方だったのでてっきり姫崎さんに聞いたのかと思ったけど、どうやら違うらしい。はたから見てもやっぱりそう見えてるんだろうか。
「しっかし、姫崎さんって結構甘えん坊だったんですね。距離近すぎません?」
「やっぱりそうですよね!」
自分が意識しすぎているだけかもしれない、という考えも少なからずあったため、思わず食い気味で反応してしまった。
「あからさますぎて砂吐きそうですよ。もしかしてあれって無意識ですか?」
「....たぶん.....。俺が触ろうとすると逃げるんで」
「えー!かわいそー!」
大袈裟なリアクションとともに、気の毒そうな視線を向けられる。
本当に、俺もそう思う。
外でも家でも、俺が触ろうとすると何かしら理由をつけて遠ざけるのに、自分からは無防備に近づいてくるのだ。
べたべた、という程ではないにしろ、今まで広げていた両手を下ろしているようなものだ。それも、俺だけに。そんなのもう、調子に乗るなと言う方が無理な話ではないだろうか。
触れる距離にいるのに、触らせてくれないなんて拷問以外の何物でもない。本人は煽っている自覚などないから余計だ。
「文句とか言わないんですか?」
「...言ったら、近づいてさえもらえなくなっちゃうじゃないですか」
「うわっ、健気ー!っていうか忠犬?」
確かに、今の状態は大好物を目の前に"待て"をさせられている犬のようなものだ。
「あーあー、いいなぁー。俺も恋人ほしくなってきたなぁー」
冗談とも、本音ともとれる物言いで、給湯室の外へ目を向けた。ここからでは見えないが、きっと、その視線の先には姫崎さんがいる。
「.....あの、失礼を承知で聞いてもいいですか...?」
「どうぞ?」
「....影山さんって、....姫崎さんのこと、好き、ですよね...?」
ずっと、気になっていた。いつも冗談っぽく振る舞ってはいるが、時折見せる、熱を帯びた表情。その視線の先は、いつだって姫崎さんだった。
「ははっ、姫崎さん取られるかもって心配でもしてるんですか?」
冗談にしてかわそうとする影山さんを、無言で見据える。
それでも誤魔化そうとするのなら、これ以上踏み込むつもりはなかった。けれど、軽くため息をついた影山さんの顔から笑顔が消える。
「まー、正直に言うと後悔はしてますね」
「後悔?」
「元々姫崎さんの顔は好みだったんですけど、ガードめちゃくちゃ堅いじゃないですか」
誤魔化されているかもしれない、とは思いつつもこれには頷く。
「だから、無理だと思ってたんですよ。警部も。それなのに姫崎さんの雰囲気どんどん柔らかくなってくし、俺がその顔させてみたかったなーっていう後悔」
そこで一度言葉を切ると、真面目な顔から含みのある笑顔へと一変した。
「まぁ、でも安心してください。他人が磨いたものを欲しがるようなみっともないまねはしませんよ」
それじゃお幸せに~、と止める間もなく手を振って給湯室を出て行ってしまう。
結局、直接的な回答はもらえず、はぐらかされたような感じになってしまったが、気がかりはなくなった。
83
あなたにおすすめの小説
忠犬だったはずの後輩が、独占欲を隠さなくなった
ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)
「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」
退職する直前に爪痕を残していった元後輩ワンコは、再会後独占欲を隠さなくて…
商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。
そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。
その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げた。
2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず…
後半甘々です。
すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。
山法師
BL
南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。
彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。
そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。
「そーちゃん、キスさせて」
その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。
恋人と別れるために田舎に移住体験に行ったら元二股相手と再会しました
ゆまは なお
BL
東京生まれ東京育ちの富和灯里(ふわとうり)は、6年付き合った恋人と別れるために田舎への移住を決意する。ところが移住体験に行ってみれば、そこには4年前に別れた二股相手、松岡一颯(まつおかかずさ)がいた。驚いて移住は取りやめようと思った灯里だが、恋人とは別れてくれず勢いで移住を決意してしてしまう。移住はしたが、松岡とは関係を疎遠にしておこうとする灯里の意思に反して、トラブルが次々起こり、松岡とは距離が縮まっていく……。
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
【オメガバース】替えのパンツは3日分です
久乃り
BL
オメガバースに独自の設定があります。
専門知識皆無の作者が何となくそれっぽい感じで書いているだけなので、マジレスはご遠慮ください。
タグに不足があるかもしれません。何かいいタグありましたらご連絡下さい。
杉山貴文はベータの両親の間に生まれたごく普通のベータ男子。ひとつ上の姉がいる29歳、彼女なし。
とある休日、何故か姉と一緒に新しい下着を買いに出かけたら、車から降りてきたかなりセレブな男と危うくぶつかりそうになる。
ぶつかりはしなかったものの、何故かその後貴文が目覚めると見知らぬ天井の部屋に寝ていた。しかも1週間も経過していたのだ。
何がどうしてどうなった?
訳の分からない貴文を、セレブなアルファが口説いてくる。
「いや、俺は通りすがりのベータです」
逃げるベータを追いかけるアルファのお話です。
ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。
みどりのおおかみ
BL
「強情だな」
忠頼はぽつりと呟く。
「ならば、体に証を残す。どうしても嫌なら、自分の力で、逃げてみろ」
滅茶苦茶なことを言われているはずなのに、俺はぼんやりした頭で、全然別のことを思っていた。
――俺は、この声が、嫌いじゃねえ。
*******
雑兵の弥次郎は、なぜか急に、有力武士である、忠頼の寝所に呼ばれる。嫌々寝所に行く弥次郎だったが、なぜか忠頼は弥次郎を抱こうとはしなくて――。
やんちゃ系雑兵・弥次郎17歳と、不愛想&無口だがハイスぺ武士の忠頼28歳。
身分差を越えて、二人は惹かれ合う。
けれど二人は、どうしても避けられない、戦乱の濁流の中に、追い込まれていく。
※南北朝時代の話をベースにした、和風世界が舞台です。
※pixivに、作品のキャライラストを置いています。宜しければそちらもご覧ください。
https://www.pixiv.net/users/4499660
【キャラクター紹介】
●弥次郎
「戦場では武士も雑兵も、命の価値は皆平等なんじゃ、なかったのかよ? なんで命令一つで、寝所に連れてこられなきゃならねえんだ! 他人に思うようにされるくらいなら、死ぬほうがましだ!」
・十八歳。
・忠頼と共に、南波軍の雑兵として、既存権力に反旗を翻す。
・吊り目。髪も目も焦げ茶に近い。目鼻立ちははっきりしている。
・細身だが、すばしこい。槍を武器にしている。
・はねっかえりだが、本質は割と素直。
●忠頼
忠頼は、俺の耳元に、そっと唇を寄せる。
「お前がいなくなったら、どこまででも、捜しに行く」
地獄へでもな、と囁く声に、俺の全身が、ぞくりと震えた。
・二十八歳。
・父や祖父の代から、南波とは村ぐるみで深いかかわりがあったため、南波とともに戦うことを承諾。
・弓の名手。才能より、弛まぬ鍛錬によるところが大きい。
・感情の起伏が少なく、あまり笑わない。
・派手な顔立ちではないが、端正な配置の塩顔。
●南波
・弥次郎たちの頭。帝を戴き、帝を排除しようとする武士を退けさせ、帝の地位と安全を守ることを目指す。策士で、かつ人格者。
●源太
・医療兵として南波軍に従軍。弥次郎が、一番信頼する友。
●五郎兵衛
・雑兵。弥次郎の仲間。体が大きく、力も強い。
●孝太郎
・雑兵。弥次郎の仲間。頭がいい。
●庄吉
・雑兵。弥次郎の仲間。色白で、小さい。物腰が柔らかい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる