ゲイツラント大陸興国記~元ヤクザが転生し、底辺の身から成り上がって建国をする!

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第五部 王国統一 編

第十七話 戦支度

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日に日に暑さが厳しくなっていた。

 デイランは夏が好きだ。
 それはこの世界でだけではなく、前世でも。

 どこまでも突き抜けた青空が広がり、目の前では青々とした草原がまるで大海のように広がる。
 空の蒼《あお》と、大地の碧《あお》。
 それが地平線で交わる風景は、いつまでも見たいと思えるものだ。

 サロロンの街から馬で五日の距離、ファインツの西部の丘陵地帯に、数百人の人間がいた。
 男が中心で、誰もが上半身裸で鍬《くわ》や鋤《すき》を手に、大地を掘り返している。

 それは来《きた》る神星王国軍を迎え撃つ為の防御陣地である。
 進捗《しんちょく》はまだ六割といったところ。

 幾重にも渡って空堀《からぼり》を巡らし、起伏を利用し、陣地にする。
 まだ設置はされていないが、馬防柵《ばぼうさく》を用い、敵騎馬隊の進撃を阻《はば》み、弓矢で狙い撃つのだ。

 集められた人々は農家の次男三男であったり、流れ者であったり、他の街からの応援だったりと様々だ。
 無論、間者《かんじゃ》も紛れこんでいるだろう。
 そのために、エリキュスとリュルブレをここに駐屯《ちゅうとん》させ、マックスの配下も加え、目を光らせている。

 人間が集まれば、さらに商売をしようとするものも集まる。
 休憩となれば待っていましたとばかりに物売りが声を上げ、労働者を目当てにした春を売る女性たちも姿を見せる。

 工事現場のそばにはいくつもの建物がつくられている。
 食堂や娼館《しょうかん》、兵士の駐屯する衛所、訓練場。

 それはさながら、野原に突然生まれた街だ。

 デイランが近づくと、二人の騎兵と槍を構えた歩兵が駆け寄ってきた。
「何者だ」

「ごくろう。
デイランだ。
エリキュスやリュルブレには早馬を送っておいたが……」

 兵士たちは慌てて背筋を伸ばした。
「し、失礼いたしました!
隊長ならば、衛所でお待ちです」

「そうか。ありがとう」

 空けられた道を駆け、デイランは衛所へ向かった。
 丁度、昼時で物売りの声が響き、食堂はやかましいくらい賑《にぎ》わっていた。

 もちろん、娼婦たちも自分の存在をアピールし、食欲よりも性欲を満たしたい労働者を引き込んでいる。
 そこには、人間、エルフ、ドワーフの種族たちが渾然《こんぜん》一体となっている。

 衛所に入ると、エリキュスとリュルブレがいた。

 エリキュスが言う。
「デイラン、来たか」

「少し遅れたか」

「いや。
食事をしながら話そう」
 エリキュスは部下に命じて食事の準備をさせ、三人で卓《たく》を囲んだ。

「想像以上の賑わいでびっくりしたぞ」

 エリキュスは苦笑する。
「まったく、どこから嗅ぎつけてきたんだか。
勝手に建物を作るものもいて、大変だ。
今はだいぶ落ち着いてはいるが」

 リュルブレは肉を食いながら言う。
「まあ、こういうことは秘密にしようと思っても、どこからか漏れるものさ。
無理に止めるだけ無理というものさ」

 エリキュスは溜息をつき、ぼやく。
「達観をするのは勝手だが、こっちはそれを取り締まるのが任務だからな。
全く……」

 リュルブレがここにいるのは弓部隊を実戦に近い環境に慣れさせるためでもある。

 訓練場はここから数キロ離れた場所にあり、そこは特に警備を厳重にしてあった。
 この秘密を守ることこそ、エリキュスたちの本来の役割だ。

 エリキュスが言う。
「それにしても、デイラン。
お前、供の何人かはつけろ。
お前の身に何かがあれば……」

「一人の方が楽なんだ。
それに俺のあとなんてついているくらいだったら、やるべきことなんさ腐るほどあるんだ。
――リュルブレ、兵たちのほうはどうだ?」

「環境が変わって多少は戸惑う奴もいるが、まあおおむね順調だな。
ただし、ここは訓練場のように高い壁はない、ふきっさらしだからな。
風を読むことが訓練場よりも重要だ」

「そうか。
とにかく今回の戦いにおいてはどれだけ弓で削れるかの勝負だからな」

「分かっている」

 エリキュスが言う。
「デイランの策がはまれば、とは思うが……」

 策はすでに一週間前にエリキュスたち将軍たちには伝え、部隊も動いている。

「うまくいくように立ち回る。
大軍を引き受けるにはこの防御陣地を使うしかない。
――それよりも、エリキュス。
お前こそ……大丈夫か?
お前はやはりサロロンの守備に」

 エリキュスは首を横に振った。
「やめてくれ。
いくら今度の敵の主体が教団だからといって、今さら、怖じ気づいたりはしない。
これは私が決め、私が選んだ道なのだ。
神《アルス》も守護聖人たちも、見守ってくれていると信じている」

「分かった」

 マックス自身は療養中でも、その部下たちは忙しなく動いている。
 帝国に動きはなく、王国に急速に戦の気配が膨らんでいると教えてくれた。

 彼らが見るのは、軍の動きではない。
 市場の値動きだ。
 戦が近くなれば食料品や、日用品などの値が急騰《きゅうとう》する。
 数万の兵が動くのだ。

 その影響は大きい。
 そればかりではない。
 マックスたちの情報網は娼館にもある。
 むしろ有益な情報はそこから得られるのだという。

 戦が近くなると、前金を手にした傭兵たちが目当ての女性たちのもとへわっと押しかける。
 契約している娼婦たちが寝物語《ねものがたり》に情報を引き出し、金銭と引き替えにマックスたちが手に入れる。

 傭兵たちからは軍の規模や、愚痴混じりの参戦している人間たちのことが聞ける。
 星騎士団が主力だというのもそこから得られた。

 軍の規模はおおよそ六万。
 神星王国と教団の連合軍だ。

 前回の一件で、帝国との関係が悪化するのではないかと期待したが、教団が間に入ることで、その難局を乗り越えたらしい。

 しかしますます教団の浸食が進んでいることは分かる。
 これはロミオが、何よりも危惧《きぐ》していたことだ。

 リュルブレが独りごちる。
「人間というのは難しいな。
よりどころとするべき教えに振り回されるとは」

 エリキュスは言う。
「確かに……。
日々を生きる為に必要なことが、自分自身を縛る枷《かせ》になってしまい、周りが見えなくなってしまうからな。
エルフに信仰はないのか?」

「全ての自然に神が宿り、我々は生かされている――そういう考え方はある。
だから自分たちが食べる以外の獲物はとらないし、大地を穢《けが》すこともしない。
そうかと言って、目には見えない神に自分の生《せい》を左右されたりはしない」

 エリキュスは苦笑する。
「左右か。
人間はそういう風に見えるか?」

「もっと楽に生きろとは思う」

 デイランが言う。
「まあ、それが人間の強さにつながることもある」

 エリキュスはうなずく。
「今のところ、あまり良い方向に転がってはいないけれど、な・
……信仰は戦ではなく、戦が終わった時にこそ真価を発揮してくれると信じている。
荒んだ心をいやしてくれる。
全く赤の他人に私たちの言葉は通じにくいかもしれないが、信仰はどんな人間とでも語り、心を通わせることのできる共通の言葉だ」

 リュルブレは肩をすくめる。
「そういう風に信仰に意味を与えることが、楽に生きろ、ということなんだ。
信仰はしたいからする、それだけだろ?
信仰を守ったらどうかとか、そういうことは二の次だと俺は思う」

デイランはうなずく。
「それも一つの考え方だろう。
なあ、エリキュス」

 エリキュスはうなずく。
「……そうだな」

 リュルブレは立ち上がった。
「俺はそろそろ訓練に戻る」

 エリキュスも立ち上がった。
「デイランはどうする?」

「他の街の部隊の具合を見て回ろうと思う」
 デイランは言い、二人と別れた。
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