ゲイツラント大陸興国記~元ヤクザが転生し、底辺の身から成り上がって建国をする!

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第五部 王国統一 編

第十八話 巡視~マックスの元への再訪

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 デイランは街道を進み、ファインツの西部に足を伸ばす。
 
 どこの街にも民の当たり前の生活がある。
 この間、神星王国との戦いがあったとは思えぬ、のどかさだった。

 麦は青々とし、風になびく。
 まるで地面そのものが揺らいでいるかのよう。

 街道を行き交う旅人や馬車も多い。
 人間族が多いが、エルフやドワーフも見かける。
 物流は活発で、表情も明るい。

 外套《がいとう》姿のデイランが一軍の将であると分かるものは誰もいない。

 街を訪れる。
 人に紛れるように、デイランは酒場に寄った。
 まだ開店前で、店員がするどい眼差しを向けてくる。

「すみません。まだ営業前で……」
 男が背筋を伸ばす。

 デイランとは面識がある。
 何せ、先の戦いで同じ部隊で戦ったのだ。

 他の従業員も同様だ。

 デイランは苦笑した。
「おい。お前らはただの一般人なんだぞ。
そんな構えるな。
俺がデイランを騙っているやつだったらどうするんだ」

「す、すみません……。
隊長……あ、いえ、デイランさん。
ザルックさんなら、二階の事務所です」

「分かった」

 階段を上がり、“事務所”とプレートの張られた扉をノックする。

「はぁい」
のんきな声が聞こえた。

 扉を開けると、目当ての人物はそこにいて、大あくびをしていた。

「景気はどうだ、ザルック」

 はっとしたザルックはテーブルにのせていた足を下ろすと、デイランの姿に「まあまあ」と恥ずかしそうに言った。

「馴染んでるのは結構だが、気は抜くなよ」

「分かってるって。
でも、気を抜いてるくらいがちょうど良いとも思うけどな」

「ふぬけなきゃ良い」

「お前、また一人で出歩いてるのかよ。
将軍なんだから、もうちっと護衛をつけろよ。
何かあったらどうするんだよ」

「エリキュスにも言われたよ」

「そりゃ言うさ。
ま、お前は一人でもどんなところでも生き抜けそうではあるけどな。
で、何かあったのか?」

「いいや、敵さんが来るまでに最後の視察といったところだな」

「問題はない。
最近じゃ馴染みすぎて、自分が軍人なのか、酒場の経営者だか分からなくなってきたぜ」

「そうか。
ロミオの教団からの独立の決定に関してはどうだ?」

「それなんだけどさ、まあ、酒場に来るような連中だから、確定的なことは言えないけど、悪くはないみたいだ。
これまでの教団は浄財を要求してきた強突《ごうつ》く張りだけど、ここの司祭様はみーんな、欲にまみれてない。
むしろあまりに不憫《ふびん》で、寄付がしたくなるってさ」

「そうか」

 数週間前、ロミオは勅命を出した。
 それが新たな教団の独立だった。

 教皇と縁を切り、王《ロミオ》を支える教団という、本来あるべき姿に戻す、というものだ。

 司祭たちはかなり悩んだようだったが、彼らも教団の腐敗にはずっと心を痛めていた。
 そして地方からサン・シグレイヤスの腐敗に何も出来ぬ自分たちを責めていた。

 すでに教団は信仰者の集まりではなく、金の亡者とかしている。
 彼らがヴェッキヨの神《アルス》の代弁者を騙《かた》った行いを、金の為に無視してきたのだ。
 長い話し合いの結果、ロミオを支持する声明を出した。

 運営は、司祭たちによる議会制。

 人の心までは踏み込めないが、今のところ、領土内で反対する声や動きは聞かない。
 
 今度の戦いでは教団とまともにぶつかることになる。
 神《アルス》を信仰する民は多く、星騎士団への畏敬《いけい》の念は強い。

 教団と対立する。
 史上、誰もやったことのないことをしようとしている……。
 その為にはこちらも信仰を味方に付けなければならない。
 そのためのに必要な処置だった。

 デイランはザルックに問いかける。
「お前はどう思ってる? お前も信仰があるだろ」

「そういってもなー。
俺にとってはサロロンの司祭様が全てだったし。
ガキん頃からの習慣みたいなんもんなんだよ。
朝、歯磨きとか顔を洗わないと気持ち悪い気がするのと同じ。
信仰心なんて、あったとは思わないさ。
そういう奴、多いと思うぜ。
デイランは? 信仰は?」

「俺も、お前と同じような感じだな」

「そうなのか?
戦いが終わったら敵味方関係なく兵士を埋めるから、すっげえ敬虔《けいけん》な奴かと思ったけど……」

「……信仰心があるから、人を悼《いた》む訳じゃない。
死者に対する礼儀っていうのを、信仰は教えてくれるんだと思う」

「……言いたいことは分かる。
今日はここに泊まるのか?」

「これからまだ回らなきゃいけないところがあるからな」

「マックスか。
前回の戦いの一番の功労者だが、サロロンに送らなくても良いのか。
このあたりは戦場になっちまうかもしれねえだろ?」

「それは本人が判断するだろう。
無理に動かそうとすれば、噛まれるかもな」

「うぉ、こぇーっ!」

「そうだ、あいつは怖いんだ」

「まあ、よろしく言っといてくれ」

「分かった」

                     ※※※※※

 マックスの病室を尋ねると、

「……暇なの?」
 それが最初の言葉だった。

 デイランは苦笑する。
「そういうわけじゃないんだけどな。
近くまで来たからな」

「将軍の口から出たとは思えぬ言葉」

「にしても、あいかわらず……休むってことを知らないな」

 マックスはベッドの周りに、机をもってこさせ、すでに部下からの書類や指示をとばしているようだった。
 病室も、マックスにかかればあっという間に執務室だ。

「デイランに言われたくないわね。
またあんたは……」

「護衛をつけてないのは一人が楽だからだ」

 先を読んで言うと、マックスは「でもそれには同意」と肩をすくめた。
「部下が増えるのも考えもんってかなり贅沢な悩みよね」

「そうだな」
 元々一緒に裏社会でやってきたメンツもいるが、そいつらにはそれぞれ仕事が割り振られ、一緒に行動というのは少なくなった。
 それだけ優秀なメンツが揃っていたとも言えるが、やはり、少人数で一致団結して事に当たっていた頃への懐かしさはやはり、ある。
 贅沢《ぜいたく》な悩みだ。

「……来てくれて良かったわ。
正直言うと」
 マックスは笑みまじりに言った。

「そうか、なら、足を伸ばした甲斐があった」

 語るべき言葉は決して多くは無いが、デイランもまたマックスに対すると胸の奥が安らぎ、穏《おだ》やかな気持ちになっていくのを自覚していた。

「欲しいものはあるか?
何でも言え」

「一つだけ」

「もっと欲張っても良いんだぞ」

「ううん、一つだけで十分よ」

「何だ?」

「戦いが一段落してから、言うわ。
だからその時はちゃんと話を聞いて。逃げたりしないで、ね?」

「そんなことを言われると、怖いな。
別に今からでも良いぞ。時間はまだある」

 マックスは頭を横に振った。
「今は良いわ。
大事な時なんだし。縁起も悪いし」

「お前が縁起をかつぐ人間とは知らなかったな」

「私だってそういう時もあるのよ」

「十何年間一緒にいて、初めてだな」

「うっさいわね」

「……ふうん」

 デイランは、マックスの額に手を当てた。

「な、何よ」
 マックスはびっくりしたように身を引いた。
 頬《ほほ》が少し赤い。

「熱はないな」

「どういう意味?」

「お前にしちゃ、しおらしいと思ってな」

 マックスは苦笑する。
「失礼ね。
私は慎ましいのよ。
昔っからね」

 デイランは笑った。
「そうしておくか」

「デイラン、だから絶対に無事に戻って来るのよ」

「当然だ。
約束を破ったら怖いのは昔から、だからな」

「約束」

「ああ」

 マックスから差し出された手を、デイランは包み込むように握りしめた。
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