上 下
10 / 103
第二部 ロザバン居留地平定戦

第一話 襲撃者

しおりを挟む
 王都を発《た》って十日――。

 マックスが指をさした。
「見えたわ。あの山! 巨人山《きょじんさん》よっ!」

 マックスの指さした先には、霞んだ山脈が地平線の向こうに見えた。
 
 人間がこの大陸にやってくるよりも遙か昔、まだエルフ、ドワーフたちの力が全盛を迎えていた頃、この大陸には小山のような体躯《たいく》を持った巨人が存在していたという伝説がいる。
 巨人はあらゆるものを食らい、大地をも貪った。
 自分たちの居場所を守る為、エルフや、ドワーフたちは死力を尽くして巨人を打ち倒した。
 巨人は死ねば岩になる。
 あの山はかつてはその巨人だという伝説があり、誰からともなく巨人山と呼ぶようになったのだった。

 そしてあの巨人山が見えるということは、今やデイランたちの領土である王領ナフォールに入ったということだ。

 デイランたちは馬の背に荷物を載せ、外套姿だった。

 アウルが馬上で両腕を突き上げて、大きく伸びをした。
「ったく、ようやくかよぉっ! 遠いったらねえぜっ!」

 マックスも、きつめの美人顔を少しは緩める。
「まったく。お尻が痛くて痛くてしょうがないわよ……。
ねえ、デイラン。とりあえずもう野宿はしなくても良いのよね?」

「ああ。そうだ。ここはもう俺たちの領内だからな。
王様からの通達書もあることだしな」

 他の街では下手な騒動を避ける為にわざわざ野宿をしていたのだ。

「とりあえず、近くの街へ行くか。ここから近いのは?」

「近くに村があるはずよ」

「よし。じゃあそこで休憩だ」

 ロザバン居留地には真っ直ぐ向かわず、まずはナフォールを管轄する貴族に助力を求めるという算段になっていた。

 エルフ・ドワーフと、人間族は交わらないというのは表向きの話で、実の所を言えば、民間人同士は細々とした交易を行っている。

 エルフ・ドワーフの棲まう居留地は、最初こそ貧しい地域だったが、彼らの努力により肥沃な大地へ生まれ変わっていた。
 時が経ち、土地の開発や森の現象により元々豊かだったはずの王国領のほうが土地としては貧しくなった。
 居留地では野菜や川魚などが豊富で、品質も良い。
 人間側としても喉から手が出るほど欲しいものだ。
 代わりに人間側は加工した宝飾品や、農機具などを融通していた。

 そういう秘密裏な交わりがあればこそ、時には人間の世界に入り込むエルフやドワーフがおり、彼らによってハーフという者も産まれるようになったのである。

 そういうこともあってナフォールではエルフやドワーフに対する偏見は、他の地域に比べると少ない。

 アウルは王道――王国によって整備された石畳の道――を進みながら、辺りを見回す。
「本当に何もねえなぁ」

 マックスもキョロキョロしながら同意する。
「そうね。でも緑がいっぱいあって良いじゃない。空気も澄んでるし」

 アウルは顔をしかめた。
「そうかぁ? 俺は分かんねえけど」

「あんたみたいな粗忽者《そこつもん》何かに分かるはずないでしょ?」

「へーへー。どーせ、俺は粗忽者だよっ!」

 デイランは二人のやりとりを微笑ましく眺めながら、見渡す限りの草原に目を細めた。
 日射しを浴びて、鮮やかな緑色をきらめかせている。

「こんだけ広い土地があれば、大きな街を作ることも出来るしな。
みんなの為にも何が何でもエルフとドワーフには静まってもらわないとな……」

 しばらく進むと、彼方の方で黒煙が上がっていることに、デイランは気づく。
 
 マックスやアウルと目を合わせて、うなずきあえば、馬を疾駆させる。
 そして黒煙の上がる場所を見下ろす丘で素早く馬から下りるや、下草に身を伏せた状態でそっと覗き込んだ。

 眼下に小さな集落があったが、その家々からは火の手が上がり、黒煙を絶えまず噴き上げていた。

 デイランたちは丘の斜面を駆け下り、集落へと足を踏み入れる。
 瞬間。濃厚な血の臭いを嗅《か》いだ。

 集落の畦道《あぜみち》には何人もの村人が血の海の中に突っ伏して、事切れていた。
 男も女も、子どもも関係無かった。
 あまりにも、むごたらしい光景だった。

(野盗の仕業か?)

 村人たちにの背中には斬り傷や、矢が突き刺さっていた。
 大半は敵襲から逃げようとしたのだろうと推測できたが、男の何人かは手に鋤や鍬を握っている人間たちは腹や喉に致命傷を負っていることから、立ち向かおうとしたのだろうことが予想できた。
 三人で手分けをして生きている人間を見つけようとしたが、全滅だった。

 アウルが顔を歪める。
「何てむごいことをしやがるんだ……。女や子どもまで……」

 マックスも、嘆息する。
「こんな小さな村を襲って何が目的なの? こんなところを襲った所で手に入れられるものはたかが知れてるはずなのに」

 デイランは即座に決める。
「寄り道はなしだ。真っ直ぐ、州都のアルゼンに向かう」

 アウルが声を上げる。
「おい。こいつらを、このままにしておくのかよっ!」

 デイランは空を見上げる。
 太陽の位置から正午だ。
 城門の閉まるのは夕方だ。まだ余裕はある。

「分かった。埋めよう」

 そこら辺に転がっている農機具で丘の上に穴をいくつか掘り、そこに村人たちを埋め、積んだ野花を供《そな》え、村を後にした。

 州都に向かって馬を走らせて間もなく、左右を緩い丘陵に挟まれた細い道に到った時。

 デイランは強い殺意を感じた。鳥肌が立つ。
 それは他の二人も同様に感じたようで、デイランと横並びになる。

 アウルがうなる。
「左右から挟み撃ちにされるぞっ」

 デイランは叫んだ。
「すぐに反転する。
――今だっ!」

 デイランたちはすぐに馬首を返し、駆け出す。
 すると左右から迫り上がっている丘陵の頂きから馬上の人影がわらわらと現れるのが見えた。
 総勢、十騎以上。
 
 最早隠れることもせず、土埃を蹴立てて、デイランたちに追走した。
 そのうちの何旗かが斜面を滑ってくる。

(ドワーフ!?)

 自分たちの身の丈よりも二回りも大きな馬を乗りこなし、手には戦斧《せんぷ》を握っている。
 馬はぐんぐんと速度を上げて肉迫する。

 アウルはすかさず、馬に乗せていた鉄棒を掴み取ると、片腕で軽々と操るや、ドワーフめがけ振るった。
 ドワーフに戦斧を構えさせる暇もなく、鉄棒を受けて落馬する。
 
 さらにもう一騎が追いすがった。

 マックスはナイフを取ると、それを投げつける。
 投擲《とうてき》されたナイフは馬の右前足の付け根に突き刺さり、馬が悲鳴を上げてつんのめり、ドワーフを巻き込みながら崩れた。

 さらにデイランたちの行く手を遮るように二騎のドワーフが立ちはだかる。

 デイランは剣を抜き、足で鐙を踏みしめ、右手には剣を、左手に鞘を掴んだまま、ドワーフたちの元へむかう。

 ドワーフたちも戦斧を突きだしてくる。
 デイランは鞘と剣を器用に操り、戦斧を跳ね上げた。そして電光石火の早業で剣を薙ぎ払って一人のドワーフの脇腹を切り裂き、落馬させる。

 ドワーフが怒りに顔を真っ赤にして雄叫びを上げる。
「この人間がっ!」
 
 ドワーフが戦斧を突き出そうとするが、それよりも早くデイランは一人目を斬り倒した勢いを借りて剣を薙《な》ぎ、馬より落とした。

 瞬く間に四人を失ったドワーフたちは、矢を繰り出し、次々と高所より矢を射かけてくる。
 降り注ぐ矢の雨を、剣や鉄棒で弾きながら、デイランは「走れ!」と声を上げた。

                 ※※※※※

 どうにかこうにか逃げおおせたデイランたちは念の為に丘陵の影に身を隠す。
 さすがにアウルやマックスは肩で息をし、馬も今にも倒れる寸前で口から泡を滲ませていた。
 馬の身体にも弾ききれなかった矢が何本か刺さっていた。

(助かったか……)

 アウルが唾を吐き捨てる。
「あの村を襲ったのはあいつらか?」

 水筒を呷《あお》るマックスは怒りの声を漏らす。
「そうに決まってるわ! 私たちのことを誰何《すいか》もせずに攻撃を仕掛けてきたのよ?」

 デイランは、太陽がかなり傾いていた。間もなく日が沈んでしまう。
「とりあえず今日はここで一晩過ごそう
しおりを挟む

処理中です...