ゲイツラント大陸興国記~元ヤクザが転生し、底辺の身から成り上がって建国をする!

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第三部 王国動乱 編

第十一話 思わぬ再会

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 マックスたちは裁判所を出た。
 二人ともフードを目深にかぶる。

 しばらくしてリュルブレは吐き捨てる。
「……人間はやはりどうしよもない屑《くず》だ」

 肩を並べていたマックスはうなずく。
「今回ばかりはその通りね。
こんな屑どもは初めて見たわ」

 二人は目抜き通りを人混みを避けながら歩く。

 マックスは決して人に言えるような生き方をしてきたつもりはない。
 人を騙《だま》し、脅《おど》し、殺した。
 だがそれは生き残るためだ。
 闇社会を生き抜く、なんて大袈裟なことは言わない。
 ただ裏路地で己の居場所を確保するにはすでにいた他人を足蹴《あしげ》にしなければ、入りこむことは出来ない。
 みんなで仲良く手に手をとって……なんてことは通用しない。
 正しいとか間違っているとかは、生きているからこそ判断できることだ。
 後悔も反省も、生きていればこそ意味がある。
 生き残る為には他人を犠牲にしなければならない。

 だが、ここの連中は何だ。
 他人の死を食い物にしているしか思えない。

(ここが教団の都?
裏社会の方がもっとましな秩序があるわ)

 リュルブレは口を開く。
「これからどうする。デイランを……。
やはり今夜の内に……」

「夜はもっと警備が厳重になるわ。
……出来るの?」

 リュルブレは顔をしかめ、答えなかった。

 二人で裁判の間中、絶えず隙を窺った。
 しかしどこにも星騎士が二人一組で警備に当たり、隙を見出せなかったのだ。
 それは星殿の他の場所も同じだった。

 正直、アウルを連れて来なくて本当に良かったと思っている。
 あんなくだらない茶番を目の当たりにすれば、きっとアウルは叫び、乱入していたに違いない。

 マックスは掌《てのひら》を見る。
 あの下らない茶番を見ている間中、ずっと拳を握りしめていた。
 掌に爪の痕《あと》がはっきりと残っていた。
 頭の中では、あの裁判官を何度も殺していた。

「機会は一度。
明日の朝。刑が執行される時よ」

「それまでに殺されるということはないのか。
あんな訳のわからない裁判をやるような連中だぞ」

「あんたも見たでしょう。
この街の連中にとって裁判は娯楽なのよ。
当たり前だけど、刑の執行も、ね。
刑の執行前に殺したら、それこそこの街の連中は暴動を起こすんじゃない?」

「……腐ってるな」

「ええ……。
でもその腐ってる連中のお陰で、デイランの命は明日の朝までは保証される」

 その時。
 背後で男女の悲鳴が上がった。

 マックスたちは振り返る。

「馬だ! みんなよけろ!」
「馬が暴れてるわ!」
「子どもが馬の上にっ!」

 見ると裸馬《はだかうま》の上に、子どもがしがみついているのが見えた。

 マックスはリュルブレを仰ぐ。
「何とかできないっ」

「任せろ」

 リュルブレは外套《がいとう》の下から弓を取り出し、矢をつがえる。
 素早く馬の右足めがけ、放った。

 栗毛の馬が、ヒィィィィィィンッ!と嘶《いなな》き、態勢を崩した。
 矢が右前足に突き刺さったことで、右前足が滑る。
 そして身体全体が右に傾き、必死に鬣《たてがみ》にしがみついていた子どもがふわっと宙を舞ったのだ。
 その先にいるのはリュルブレたち。

 子どもはまるで吸いこまれるようにリュルブレの腕に収まった。

 馬が土埃を巻き上げながら地面に倒れる。

 そのすぐ後に、星騎士団の姿が見えた。
「そこの!
そのガキを引き渡せ!」

 マックスは瞬時に叫ぶ。
「逃げるわよ!」

 リュルブレは小さくうなずき、二人は揃って路地に飛び込み、かけだした。

                       ※※※※※

 一体どれだけの間、路地を抜け、また路地に入りを繰り返しただろう。
 気づけば、日が暮れようとして、白い街が茜色に輝いていた。

 すでに星騎士たちは追いかけてこなかった。
 あきらめたのだろう。

 マックスたちは自分たちの宿屋に戻る。
 受付ロビーで宿の人間が近づいてくる。

「お客さん方、星殿の方へ行かれましたよね。
大変ではありませんでしたか?」

 マックスはフードを外す。
「何かあったの?」

「いやあ、どうやら馬泥棒が出たそうなんですよ。
何でも騎士団様方の厩《うまや》を襲ったそうで……」

「道理で。
騎士団の方々が大通りを歩いておいでだったわ。
犯人は捕まったの?」

「いいえ。まだのようです」

「……怖いわね」

「ご安心を。
こちらはきっちり騎士団の方が守って下さいますので」

「本当に? それは良かったわ」

「はい」

「……何か面白い話を聞いたら教えてね」
 マックスはさっと路銀を握らせると、男は「もちろんでございますっ」と脂下《やにさ》がった顔をする。

 リュルブレは苦笑する。
 旅先で何度も見た光景だが、その手並みがなかなか鮮やかだ。
「……さすがだな」

「でしょう?」

 そうして二人は部屋へ戻る。

 リュルブレは外套の中から、子どもを出した。

 マックスは感心してしまう。
「そこ、何でも入る訳?」

「必要があれば、な。
おい、無事か」

 子どもはどうやらリュルブレの外套の中で眠ってしまっていたらしい。
 リュルブレは子どもを椅子に座らせた。

 金髪碧眼の、お上品な顔をしている。

(馬泥棒にしては綺麗すぎるわよね)
 それも星騎士団の厩《うまや》からなんて、命知らずも良い所だ。

 リュルブレが軽く頬を何度か叩くと、少年ははっとしたように眼を開ける。
 不安げに、マックスたちを見る。

「あ、ぼ、僕は……」

 リュルブレは言う。
「安心しろ。星騎士団はもういない」

「フードは外したら?」

「……良いのか?」

「騎士団よりマシじゃない?」

 リュルブレはフードを外す。

 すると、少年は驚いた顔をする。
「え、エルフ……?」

「そうだ。
エルフを見るのは初めてか?」

「は、はいっ」

「怖いか?」

 少年は小首を傾《かし》げた。
「いえ。
あなた方が僕を、助けて下さったのですか?」

「そうよ。
ついでに言うと、そのエルフが大活躍よ」

「でしたら、何も怖くありません」

 リュルブレは微笑んだ。
「こいつはまともそうだな」

「馬泥棒よ」

「他人の死を望むより真っ当だ」

「それはそうね」

 少年はぽつりと言う。
「……あ、兄上が、これからはエルフとドワーフとも仲良くしていくべきだと……」

 リュルブレはうなずく。
「兄もまともか……。
つまり親の教育が良いということだ」

「いえ、父上も母上も、死んでいます」

「あ、それは……悪かった」

「いえ。
でも兄上がいてくれるので、寂しくありませんっ」

「あなた、名前は?」

「クロヴィスと、申します」

 マックスはしげしげと眺める。
 身につけている物はかなり上等そうだ。
 それに膝に手をおいて、落ち着いている。
 そうかと言って、裏路地で鍛えられた子ども特有のすれたところもない。

(クロヴィス? クロ……ヴィス……?)
 
 ジロジロ眺めていると、リュルブレからたしなめられた。
「おい、いくら子どもが相手でも不躾《ぶしつけ》すぎるぞっ」

 はっとした。
 記憶がはっきりと蘇った。

「あんた、陛下の弟じゃない!?」

「え……」

「忘れちゃったかもしれないけど、一度会ってるわ。
戦いに勝った後のパーティーの席で……。
デイランと一緒に」

 クロヴィスははっとした。
「マックス、さんですか!?」

「そうよ」

「あ、かなり格好が違ったので、分かりませんでした」

「まあ、あの時は念入りに化粧もしてたしねえ」

 リュルブレは一人置いてけぼりにされて眉をひそめる。
「どういうことだ?」

「この子は、アリエミール王国の王様、ロミオの弟なのよ」

「ほう……。
で、どうしてその王族が馬泥棒になるんだ」

 マックスとリュルブレの視線を受け、クロヴィスは言う。
「どうかお助けください!
実は、兄上が捕まってしまったのですっ!」

「どういうこと。もっと詳しく話して」

「分かりません。いきなり、部屋に兵が踏み込んできました。
そしてマリオットが捕まって」

「マリオットがあなたを逃がしたの?」

「違います。私は勝手についてきたんです……。
あの、兄上の衣服を入れた長持ちに、隠れて」

「呆れた……。
じゃあ、陛下はあなたがここにいることも……」

「知らないと思います」

「どうしてそんな無茶なことをしたのよ」

「デイラン殿が捕まったと聞いたからです!
デイラン殿のお陰で、今の国はあるんだと、兄上は言っておられます!
私も何かお手伝いが出来たらと思って……それで……」

 リュルブレは興味深そうに少年を見る。
「で、馬に乗って逃れたのか。
裸馬に乗ったことは?」

「馬に乗ったことはあります。
でも鞍《くら》のない馬に乗るのは初めてで」

「しかし、こうして生きている。
これも天の差配かもしれないな……。
マックス、どうする?」

「どうするもこうするもないわ。
デイランを助ける。陛下も助ける。それしかないじゃない。
デイランを失っても、陛下を失っても、私達は立ちゆかない」

 クロヴィスに笑顔が戻る。
「マックス殿、えっと……」

「リュルブレだ」

「リュルブレ殿!
ありがとうございますっ!」

「……それじゃあ王子様。
大人しくしていてね」
 マックスはリュルブレと共に立ち上がった。

「どちらへ?」

「この街を出る手段を調達しにいくのよ」

「私もお付き合いします。
星騎士団も諦めたでしょうし、それに、子ども連れの方が怪しまれないと思います」

 マックスはリュルブレを見る。リュルブレはうなずく。
「陛下と同じでよく頭が回るのね。じゃあ、行きましょう」

 そうしてマックスたちは一度街を出て、街のそばを流れる運河へ足を向けた。

 そこには幾つもの桟橋《さんばし》があり、船が停泊している。
 この港はサン・シグレイヤスの生命線でもある。
 今も大きな船が何艘《なんそう》か停泊して、荷下ろしをしており、活気に満ちていた。

 マックスは船乗りに声をかける。
「この港の責任者はどちら?」

 男はマックスの姿を爪先から天辺まで眺め、笑みを浮かべた。
 が、コブつきだと知るなり、無愛想に港の一画にある小屋を指さした。

 クロヴィスは不思議そうな顔をする。
「あの方はどうしたんですか……?」

「さあね」

 マックスは小屋を訪れる。

「ん? 何だ、あんたら」
 たくましい体格をし、立派な髭《ひげ》を生やした男がいた。

「船を借りたいんだけれど」

「船? 駄目だ。ここは全部、教団様のものだからな。
俺たちが勝手にはできん」

「短い間で良いのよ。明日一日だけ」

 男は不審な顔をする。
「あんたら、一体……」
 マックスは無駄な言葉を用いず、男のふんぞり返った机の上に、銀のたっぷり入った袋を叩きつけた。
 巡礼者を装ったことで節約できた路銀である。

「明日一日……か。
まあ良いぞ」

「さすがに小舟一艘だけじゃ割に合わないから、ついでに他の船も貸して。
いつもどれくらいの船が朝方には残ってるの?」

「でかいのは全部、出払ってるな。まあ、小舟が何艘《なんそう》かくらいか……」

「じゃあ、それを明日一日借りるわ。
別に教団の人たちは小舟なんか使わないでしょう」

「まあ……良いが……」

 男の目は銀のたっぷり入った袋と、マックスの顔をとを交互に見る。

「あんたら、朝、乗るか?」

「ええ。その予定よ」

「やめた方が良い。
朝は霧が深い。腕を伸ばした先すら見えなくなるほどだ」

 マックスは笑みを大きくした。
「なおさら好都合だわ」

「は?」

「いいえ。こっちのことよ。
ついでに船の操り方も教えて欲しいの」

「あんたが動かすのか?」

「櫂《かい》を操るのでしょう?
別に女にだって出来ないことはないと思うけど」

 と、クロヴィスが一歩前に出た。
「僕にも教えて下さい。
よ、宜しいですよね、母上……?」

 マックスは一瞬、虚を突かれたが、表情には出さなかった。
 むしろクロヴィスの言葉にうなずき、慈しみのある笑顔を見せて、クロヴィスを優しく抱き寄せた。

「子どもには色々なことをさせたいのよ。
情操教育の一環なの。ね、あなた」
 マックスはリュルブレを見る。

 リュルブレは肩をすくめる。
「まあな」

「あ、ああ……。
分かった。じゃあ、人を呼ぶ。そいつに教えてもらえ」

                   ※※※※※

 一方、王都、リュエンス――。

 今や王宮は上を下への大騒ぎになっていた。
 どこをどう探しても王弟クロヴィスがいなかったのだ。

 上は騎士から、下は厨房《ちゅうぼう》の小間《こま》使いにいたるまでが総出となって捜索に励《はげ》んでいるのが、今の所、行方はつかめていない。

 宮宰《きゅうさい》、ルードヴィッヒは自分の書斎で部下たちを前に、憤りに拳を震えさせていた。
「何と言うことだ!」

 側近達はみな、ルードヴィッヒの怒りに肩をすくめている。
 これは全くの誤算だった。
 クロヴィスの乳母《うば》も問い詰めたが、知らないと言うばかり。
 ルードヴィッヒが直々に問い詰めたが嘘をついているようには見えず、彼女自身は己の監督不行を恥じるばかりだった。

 ロミオに王位を剥奪《はくだつ》し、クロヴィスを新たな王として即位させる。
 そしてルードヴィッヒはその後見役として全権を振るう。

 ルードヴィッヒが、教団の枢機卿ビネーロ・ド・トルスカニャと目論んだものをこれだった。

 何が何でも捜し出せ――ルードヴィッヒはとにかく、声を上げた。
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