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第三部 王国動乱~逃避行編
第十四話 友の想い
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霧の中を本当に手探りで、デイランたちの乗った小舟は泳ぎ、やがてある岸辺に辿《たど》り着いた。
港を出てから一時間後ほど経《た》っただろうか。
その岸辺に止まることを決めたのはマックスだ。
その頃になると、霧がようやく薄くなっていた。
マックスは微笑む。
「どうにか岸辺に着けて良かったわね」
デイランは眉をひそめた。
「……お前、確信があって漕《こ》いでたんじゃないのか」
「まあこの川の形やうねりは、とりあえず頭に入れておいたけど、いざ船を出してみると、全く分からないわよね。
転覆しなくって運が良かったわ。
流れも早くなかったし、風も強くはなかったせいもあるかもしれないけど」
クロヴィスは目を見開く。
「そ、そうだったんですか。
私はてっきり、マックスさんが何もかも知っているものだと」
マックスは茶目っ気のある表情で、王弟《おうてい》にウィンクをしてみせる。
「人を従わせるにはまず、自信を持って……よ」
リュルブレが苦笑する。
「とんだ女だな」
ロミオはうなずく。
「ですが、そのお陰で我々はこうして生き延びることが出来ました。
弟のことも……。
運であれ、それをマックスさんはもたれていたということですから」
船の中でこれまでの経緯《いきさつ》は話していた。
「そんなまっすぐ褒《ほ》められちゃうと、私としても困るんだけど……。
まあ、良いわ。とにかく行きましょう。
ちゃんと船を流して、追っ手が来ないようにして、ね」
陸に上がったデイランたちが船を押しだし、河に流す。
無人の船はゆらゆらと揺れながら、流れの中に消えていった。
マックスはロミオと、クロヴィスを見る。
「これからは歩きよ。二人とも。
馬はないから覚悟して」
地図を把握しているマックスを先頭に、デイランたちは歩いた。
追っ手のことを考えて、街道は使わない。
その為に山の獣道のような場所を通ることになる。
目的地はナフォールだ。
これはロミオたちが発言したことだ。
王都のそばにあるマリオットの領地はすでに王国軍に制圧されているであろうという考えからだった。
今の王都の状況を考えれば、どの貴族もあてにはならないと彼は断じた。
――王都を奪還するにしても教団を相手にするにしても、ともかく、我々はデイラン殿。
あなたがたにお任せします。
我が王家の唯一無二の傭兵団“虹の翼”に。
そう言われては議論などする必要もない。
動くのは朝から夕方。
日が沈んだらそこで野宿だ。
野宿の場所を決めたらロミオとクロヴィス、マックスが薪《たきぎ》を拾い、火をおこす。
そしてデイランとリュルブレが狩りに出て、獲物を取ってくる。
とはいえ、デイランはほとんどリュルブレの狩りを見守る係だった。
リュルブレは木の上まで昇ると、その眼差しでウサギや蛇、野鳥を簡単に捕らえた。
大型動物は処理は大変だからとわざわざ避けたらしい。
たき火の周りに、木の棒で指したウサギや蛇、野鳥を差して、こんがり焼いた。
これだけ見ると、野宿とは思えない豪勢さだ。
リュルブレは焼けたウサギをロミオへ渡す。
「ほら。王様」
「あ、ありがとうございます」
受け取ったロミオはウサギをじっと見る。
「何だ。ウサギを食うのは初めてか」
「い、いえ……。
食べたことはありますし、好物の部類、ではあるんですが、
このように姿焼きで食べるのは初めてなもので」
一方、クロヴィスはウサギをかぶりつき、唇を脂《あぶら》でテカテカさせた。
「兄上。脂がのっていてとても美味しいですよ。
王宮で食べるよりも私は好きです」
「そ、そうか」
ロミオも今は贅沢を言ってられないとかぶりつくなり、言う。
「本当に、美味しいですねっ!」
デイランたちも食事にうつる。
腹が満ちると、昼間の疲れが出たのか、クロヴィスがマックスの膝で眠り始めた。
ロミオは「女性の身体に触れるなんて……」と言って、起こそうとするが、マックスがやんわり止めた。
「王様も、膝枕、どう?」
ロミオはほんのりと頬を染め、
「……け、結構です」
その場にごろんと横になる。
火の番はデイランと、リュルブレが交互に務めることになっていた。
今はデイランの番で、マックスもまだ起きていた。
マックスはクロヴィスを微笑ましそうに眺め、頭を撫でる。
「何だか、母性に目覚めそう」
「そうだな」
デイランは微笑ましくなって口元を綻ばせる。
「何よ。らしくないって言いたいわけ?」
「そうじゃないさ。
よく似合ってるって思ったんだよ。
まあお前は何だかんだ、面倒見が良いからな」
「……そ、そう」
マックスは目を伏せた。
「どれくらいでナフォールにはたどりつきそうだ?」
「この具合だと、運良くて二十日、かな」
「そんなにか?」
「私たちの旅を思い出してよ。
ナフォールまで行くのに、だいたい十日前後でしょう。
街道を行ってそうなんだから、こんな山道もあるとね」
「まだまだ先は長いか。
ナフォールは、アウルがいるから良いだろうな」
少し黙ると、たき火で小枝の弾けるパチパチという音が小気味よく響いた。
空を見れば、無数の星が瞬《またた》いている。
それこそ天の川でもあるのかと勘違いしてしまうほどだ。
と、マックスがぽつりと言う。
「……ねえ、牢でひどいこと、されなかった」
デイランは木の枝をくべる。
「ムショよりもまあ悪くはなかったかな」
「ムショ?」
「いや、何でも無い。
まあまあってところだ」
「……デイランがどんな目に遭っているか、考えるだけで怖くなったわ。
イグレシヤスに辿りつくまでに、あなたにもしものことがあったらって。
考えないようにしなきゃって思っても全然駄目なの。
あなたに……その……」
「マックス」
「寝ても覚めても、あなたのことを考えていた。
いつかなんて、あなたが殺されることを夢に見たわ。
これまで私たちはそれなりの修羅場を何度も乗り越えてきた。
最初は私とデイラン、アウル……三人きりだったのに、いつの間にか人を使う立場にもなった。
なのに、今回は本当に、駄目、かと……」
マックスの声が震え、彼女はうつむく。
デイランは、マックスの目尻に浮いた涙をそっとぬぐい取る。
マックスは泣いていることを自覚していなかったのだろう。
はっとした顔をして、恥ずかしそうに目を拭《ぬぐ》い、誤魔化すように笑う。
「ご、ごめん……。
変な所見せちゃった」
「ありがとうな。心配してくれて……。
お前たちがいてくれたから、俺はこうして今も生きている」
「本当よ。
……今度捕まったらもう助けないかもしれないから、あんな無茶なことは二度としないでよ。
あなたがいなくなったら、みんなが……」
マックスは言葉を切り、そして言う。
「私が嫌だから」
「分かった」
マックスは微笑む。
「嘘つき。
同じ事があったらもう何度だって同じようにするくせに」
デイランは苦笑する。
「そうだな。
でも、お前が俺に死んで欲しく無いって思ってくれていることは頭に入った。
忘れないよ」
「それなら、良かったわね。
そろそろ寝るわ」
「おやすみ」
「……おやすみ」
※※※※※
軍馬の嘶《いななき》きと共に、星騎士団の集団が街道を闊歩《かっぽ》する。
その中にはエリキュスの姿もあった。
彼らは、デイラン及び、ロミオたち捜索の為に派遣されていた。
街道は厳重な監視下におかれているが、今のところ発見の知らせは来ていない。
小舟が漂着した所には部隊が派遣されているが、そちらも成果はないようだった。
そもそも小舟は何艘《なんそう》も漂着しており、騎士団側はそのせいでかなり攪乱《かくらん》されてしまった。
エリキュスは、指揮を執《と》っているフィリッポスに馬を寄せた。
「サンフェノ卿。
やはり街道ではなく、山に分け入ったのではありませんか」
フィリッポスは首を横に振った。
「連中だけならまだしも、一行には王族もいるのだぞ。
山道を耐えられるはずがない」
「では卿はどう逃げたとお考えですか?」
「……分からんが、王族だ。
伝手《つて》をたどってどこかの街に潜伏しているのだ。
そもそも奴らがどこに行こうというのだ?」
「デイランたちの部下がいる場所へ……」
フィリッポスは鼻で笑う。
「行ってどうするのだ?
連中と共に立ち上がって王国軍と我が教団を相手にしようと言うのか」
「それは」
「エリキュス。確かにあのデイランという男は剣の腕に光るものがあったのだろう。
だが、それがどうした?
それで戦が勝てるのか? 無敵の英雄にでもなれると思っているのか?
良いか。戦は数だ。
連中が帝国に勝てたのは帝国が王国を甘くみていたからだ。
もしロミオたちが我々と戦おうと言うのならば、それなりの大貴族を頼らねばならない。
その為には都市へ行かなくてはならず、街道を通らずどうにかすることは不可能なのだ。
まあじきにあぶり出されるだろう」
エリキュスはそれでも執拗《しつよう》だった。
「では、私に単独行動をお許し下さい。
私にはどうしてもそうとは思えません」
フィリッポスはわずらわしそうな顔をし、溜息をつく。
「……分かった。
だが絶えず連絡は使者は送ってこい」
「分かりました」
港を出てから一時間後ほど経《た》っただろうか。
その岸辺に止まることを決めたのはマックスだ。
その頃になると、霧がようやく薄くなっていた。
マックスは微笑む。
「どうにか岸辺に着けて良かったわね」
デイランは眉をひそめた。
「……お前、確信があって漕《こ》いでたんじゃないのか」
「まあこの川の形やうねりは、とりあえず頭に入れておいたけど、いざ船を出してみると、全く分からないわよね。
転覆しなくって運が良かったわ。
流れも早くなかったし、風も強くはなかったせいもあるかもしれないけど」
クロヴィスは目を見開く。
「そ、そうだったんですか。
私はてっきり、マックスさんが何もかも知っているものだと」
マックスは茶目っ気のある表情で、王弟《おうてい》にウィンクをしてみせる。
「人を従わせるにはまず、自信を持って……よ」
リュルブレが苦笑する。
「とんだ女だな」
ロミオはうなずく。
「ですが、そのお陰で我々はこうして生き延びることが出来ました。
弟のことも……。
運であれ、それをマックスさんはもたれていたということですから」
船の中でこれまでの経緯《いきさつ》は話していた。
「そんなまっすぐ褒《ほ》められちゃうと、私としても困るんだけど……。
まあ、良いわ。とにかく行きましょう。
ちゃんと船を流して、追っ手が来ないようにして、ね」
陸に上がったデイランたちが船を押しだし、河に流す。
無人の船はゆらゆらと揺れながら、流れの中に消えていった。
マックスはロミオと、クロヴィスを見る。
「これからは歩きよ。二人とも。
馬はないから覚悟して」
地図を把握しているマックスを先頭に、デイランたちは歩いた。
追っ手のことを考えて、街道は使わない。
その為に山の獣道のような場所を通ることになる。
目的地はナフォールだ。
これはロミオたちが発言したことだ。
王都のそばにあるマリオットの領地はすでに王国軍に制圧されているであろうという考えからだった。
今の王都の状況を考えれば、どの貴族もあてにはならないと彼は断じた。
――王都を奪還するにしても教団を相手にするにしても、ともかく、我々はデイラン殿。
あなたがたにお任せします。
我が王家の唯一無二の傭兵団“虹の翼”に。
そう言われては議論などする必要もない。
動くのは朝から夕方。
日が沈んだらそこで野宿だ。
野宿の場所を決めたらロミオとクロヴィス、マックスが薪《たきぎ》を拾い、火をおこす。
そしてデイランとリュルブレが狩りに出て、獲物を取ってくる。
とはいえ、デイランはほとんどリュルブレの狩りを見守る係だった。
リュルブレは木の上まで昇ると、その眼差しでウサギや蛇、野鳥を簡単に捕らえた。
大型動物は処理は大変だからとわざわざ避けたらしい。
たき火の周りに、木の棒で指したウサギや蛇、野鳥を差して、こんがり焼いた。
これだけ見ると、野宿とは思えない豪勢さだ。
リュルブレは焼けたウサギをロミオへ渡す。
「ほら。王様」
「あ、ありがとうございます」
受け取ったロミオはウサギをじっと見る。
「何だ。ウサギを食うのは初めてか」
「い、いえ……。
食べたことはありますし、好物の部類、ではあるんですが、
このように姿焼きで食べるのは初めてなもので」
一方、クロヴィスはウサギをかぶりつき、唇を脂《あぶら》でテカテカさせた。
「兄上。脂がのっていてとても美味しいですよ。
王宮で食べるよりも私は好きです」
「そ、そうか」
ロミオも今は贅沢を言ってられないとかぶりつくなり、言う。
「本当に、美味しいですねっ!」
デイランたちも食事にうつる。
腹が満ちると、昼間の疲れが出たのか、クロヴィスがマックスの膝で眠り始めた。
ロミオは「女性の身体に触れるなんて……」と言って、起こそうとするが、マックスがやんわり止めた。
「王様も、膝枕、どう?」
ロミオはほんのりと頬を染め、
「……け、結構です」
その場にごろんと横になる。
火の番はデイランと、リュルブレが交互に務めることになっていた。
今はデイランの番で、マックスもまだ起きていた。
マックスはクロヴィスを微笑ましそうに眺め、頭を撫でる。
「何だか、母性に目覚めそう」
「そうだな」
デイランは微笑ましくなって口元を綻ばせる。
「何よ。らしくないって言いたいわけ?」
「そうじゃないさ。
よく似合ってるって思ったんだよ。
まあお前は何だかんだ、面倒見が良いからな」
「……そ、そう」
マックスは目を伏せた。
「どれくらいでナフォールにはたどりつきそうだ?」
「この具合だと、運良くて二十日、かな」
「そんなにか?」
「私たちの旅を思い出してよ。
ナフォールまで行くのに、だいたい十日前後でしょう。
街道を行ってそうなんだから、こんな山道もあるとね」
「まだまだ先は長いか。
ナフォールは、アウルがいるから良いだろうな」
少し黙ると、たき火で小枝の弾けるパチパチという音が小気味よく響いた。
空を見れば、無数の星が瞬《またた》いている。
それこそ天の川でもあるのかと勘違いしてしまうほどだ。
と、マックスがぽつりと言う。
「……ねえ、牢でひどいこと、されなかった」
デイランは木の枝をくべる。
「ムショよりもまあ悪くはなかったかな」
「ムショ?」
「いや、何でも無い。
まあまあってところだ」
「……デイランがどんな目に遭っているか、考えるだけで怖くなったわ。
イグレシヤスに辿りつくまでに、あなたにもしものことがあったらって。
考えないようにしなきゃって思っても全然駄目なの。
あなたに……その……」
「マックス」
「寝ても覚めても、あなたのことを考えていた。
いつかなんて、あなたが殺されることを夢に見たわ。
これまで私たちはそれなりの修羅場を何度も乗り越えてきた。
最初は私とデイラン、アウル……三人きりだったのに、いつの間にか人を使う立場にもなった。
なのに、今回は本当に、駄目、かと……」
マックスの声が震え、彼女はうつむく。
デイランは、マックスの目尻に浮いた涙をそっとぬぐい取る。
マックスは泣いていることを自覚していなかったのだろう。
はっとした顔をして、恥ずかしそうに目を拭《ぬぐ》い、誤魔化すように笑う。
「ご、ごめん……。
変な所見せちゃった」
「ありがとうな。心配してくれて……。
お前たちがいてくれたから、俺はこうして今も生きている」
「本当よ。
……今度捕まったらもう助けないかもしれないから、あんな無茶なことは二度としないでよ。
あなたがいなくなったら、みんなが……」
マックスは言葉を切り、そして言う。
「私が嫌だから」
「分かった」
マックスは微笑む。
「嘘つき。
同じ事があったらもう何度だって同じようにするくせに」
デイランは苦笑する。
「そうだな。
でも、お前が俺に死んで欲しく無いって思ってくれていることは頭に入った。
忘れないよ」
「それなら、良かったわね。
そろそろ寝るわ」
「おやすみ」
「……おやすみ」
※※※※※
軍馬の嘶《いななき》きと共に、星騎士団の集団が街道を闊歩《かっぽ》する。
その中にはエリキュスの姿もあった。
彼らは、デイラン及び、ロミオたち捜索の為に派遣されていた。
街道は厳重な監視下におかれているが、今のところ発見の知らせは来ていない。
小舟が漂着した所には部隊が派遣されているが、そちらも成果はないようだった。
そもそも小舟は何艘《なんそう》も漂着しており、騎士団側はそのせいでかなり攪乱《かくらん》されてしまった。
エリキュスは、指揮を執《と》っているフィリッポスに馬を寄せた。
「サンフェノ卿。
やはり街道ではなく、山に分け入ったのではありませんか」
フィリッポスは首を横に振った。
「連中だけならまだしも、一行には王族もいるのだぞ。
山道を耐えられるはずがない」
「では卿はどう逃げたとお考えですか?」
「……分からんが、王族だ。
伝手《つて》をたどってどこかの街に潜伏しているのだ。
そもそも奴らがどこに行こうというのだ?」
「デイランたちの部下がいる場所へ……」
フィリッポスは鼻で笑う。
「行ってどうするのだ?
連中と共に立ち上がって王国軍と我が教団を相手にしようと言うのか」
「それは」
「エリキュス。確かにあのデイランという男は剣の腕に光るものがあったのだろう。
だが、それがどうした?
それで戦が勝てるのか? 無敵の英雄にでもなれると思っているのか?
良いか。戦は数だ。
連中が帝国に勝てたのは帝国が王国を甘くみていたからだ。
もしロミオたちが我々と戦おうと言うのならば、それなりの大貴族を頼らねばならない。
その為には都市へ行かなくてはならず、街道を通らずどうにかすることは不可能なのだ。
まあじきにあぶり出されるだろう」
エリキュスはそれでも執拗《しつよう》だった。
「では、私に単独行動をお許し下さい。
私にはどうしてもそうとは思えません」
フィリッポスはわずらわしそうな顔をし、溜息をつく。
「……分かった。
だが絶えず連絡は使者は送ってこい」
「分かりました」
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