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第三部 王国動乱~逃避行編

第十五話 野盗に脅かされた村

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 リュルブレが声を上げた。
「デイラン! あれを……。
村ではないか?」

「本当だ。
こんな山の中にも村があるんだな。
ひとまず、あそこに行こう。医者はいなくても、治療が出来るかもしれない」

 クロヴィスが、肩を貸している兄を仰ぐ。
「兄上。もう一踏ん張りですよ」

 マリオットもうなずく。
「陛下。どうぞ、お気を確かに」

「……も、申し訳ございません。みなさん。
足を引っ張ってしまって……」
 ロミオは目を伏せる。
 彼は足を引きずっていた。靴擦れを起こしていたのだ。

 ロミオはこの程度大丈夫だと言ったが、デイランがやめさせた。
 靴擦れも無理をすれば化膿し、ひどければ歩けなくなることだってある。

「おい。マリオット。これからは言葉を考えろよ。
陛下、なんて違和感がありすぎる。
通報されたらおしまいだぞ」

「では陛下を御名《おんな》で呼べと」

「主君を危うくしたいのか?」

「……では陛下、一時、ロミオ様と呼ぶことを」

 ロミオは苦笑する。
「マリオット。ロミオで構わない」

「そんな。
お、畏《おそ》れ多い……」

 ロミオは忠臣に言う。
「お前のような年長者が、私に様や殿と言うのは不自然だろう?」

「……わ、分かりました」

「ロミオ。お前たちはここにいろ。
安全を確かめて合図を出したら来い」

「分かりました」

「リュルブレ。援護を頼む」

「分かった」
 リュルブレは木の上に飛び乗り、ピョンピョンと身軽に渡っていった。

 デイランは道なりに、村へと向かう。

 村はおおよそ二十軒くらいの家が並んだ小さな集落だった。
 見回す限り、人気も無い。
 男たちが狩りに出ているにしても、女子ども、老人くらいはいても良いはずなのに。
 それに、庭先には鶏の姿もいない。
 こんな山奥では雌鳥の産む卵も大切な食糧だろうに。

 そうして半ばまで進んだ所で、デイランは腰の剣の柄に手をかけた。

 前後を挟まれていた。
 そこには男達が六人、三・三に別れて、デイランを挟み込んでいた。

 男達は手に木の棒を握りしめている。

 男の一人が、震える声を上げる。
「おい!
武器を捨てろっ! こ、殺されたくなかったら、荷物をおいてけっ!」

 一目見て、男達が素人だと分かった。
 おそらくこの集落の人間たちだろう。

 デイランは刺激しないように、剣の束から手を離した。
「落ち着け。
俺は山賊じゃない」

 別の男が叫ぶ。
「うるせえ!
聞こえなかったのか! 
荷物を全部おいてけっ! ぶ、ぶっ殺すぞ!」

「ここのまとめ役はどこにいる。
話がしたい」

「うるせえ!」
 男衆のうち、一番若いだろう男が木の棒を振りかぶってきた。

「ヨータ!」
 男衆の誰かが叫ぶ。

 デイランは打ちかかってきた男をあっさり交わすと、足を引っかけて転ばした。
「そんなへっぴり腰じゃ、カカシも倒せないぞ」

「ひいい!」

「く、くそ、よくもヨータをっ」
 男衆達がいきり立つ。

 デイランは溜息をつく。
「ただ転ばしただけだ。
話がしたいんだ。まとめ役は誰だ?
……まあこの中にいるとは思えないが」

「うるせえ!」
 男たちが一斉に来ようとした瞬間、シュンッ!と風切り音と共に、男たちの足下に矢が突き立った。

 男たちは揃って、その場で尻餅をついた。

「そこまでだ!」
 リュルブレが叫ぶ。
「動くな」

 しかし男の一人が立ち上がり、デイランへ猛然と襲い来る。

 リュルブレが冷静に矢を射る。

 射られた矢は、男の裾を貫く。

 男が情けなく声を上げて、すっころんだ。
「ひい!」

 リュルブレは目を鋭くさせる。
「今のはわざと外した。
だが、次は眉間を射貫《いぬ》く。武器を捨てろ」

 村人たちは木の棒を捨てた。

 デイランはもう一度言った。
「……で、この村のまとめ役は?」

「儂《わし》じゃ」
 
 民家の一軒から、六十代ほどと思しき白髪頭の老人が現れた。
 老人と言っても背筋はピンと伸びて、山暮らしの人間らしい矍鑠《かくしゃく》としていた。

「村長!」
 尻もちをついたままの男達が口々に叫ぶ。

 村長と呼ばれた老人が「じゃから、馬鹿なことはやめろと言っただろう」と呆れたように言う。

「で、でもよぉっ!」

「儂らは野盗ではない。それが人様から何かを盗むなど……。
山に棲《す》まう人間として恥ずべきことだ」

 男達は顔を伏せた。

 村長はデイランを、それから木の枝の上で警戒を続けているリュルブレを見る。
「ほう、エルフと人間のう。
珍しい組み合わせじゃな。
――おい、みんな、出てこい」

 すると、母親に抱きしめられた子どもたちや、老人たちが恐る恐るという風に出てくる。

 村長は言う。
「で、儂に話ということぢゃそうだが」

「突然、押しかけてしまって申し訳ない……。
実は怪我人がいる。治療できるものを提供して欲しい。
無論、代価は払う。ここに幾ばくかの銀がある」

「銀なぞ、山の中ぢゃクソの話もならない」

「なら、代わりに出来る限りのことはする。
とにかく助けてもらいたい」

「ではその怪我人を連れて来い。
自然の中において人間は無力ぢゃ。
ぢゃから、山の中ではたとえ余所者《よそもの》であっても助ける。
それがこの村の掟《おきて》ぢゃ」

 デイランは深々と頭を下げた。
「感謝する」

「ふむ。まともな人間のようぢゃな」

                   ※※※※※

 ロミオを連れて、村長の家に入る。

 寝台へ座るよう言われたロミオは足を見せる。
 靴擦れをしばらく黙っていたせいで、少し化膿していた。

「まあこれくらいは誰でもなるもんぢゃ」
 と村長は言い、家の隅にある瓶から緑黒い何かを取り出す。

 様子を見ていたマリオットが恐る恐るたずねる。
「ご老人。それは何ですか?」

「ん? 薬草を寝かせたもんじゃよ。怪我によく効く」

「……その薬草の名前は」

「ナオル草ぢゃ」

「ナオル……?
聞いたことがないのですが」

「そりゃそうぢゃ。儂らが勝手にそう読んどるだけぢゃから。
怪我がよく治るから、ナオル草」

「あいや、ご老人! お待ち下さい!
そのようなものはいくらなんでも……」

 マリオットを、ロミオがやんわりと止めた。
「マリオットさん。大丈夫ですから。
村長さん、やってください」

「お前さんの連れは口うるさい奴ぢゃのう。
染みるが我慢してろ」

 薬が塗りつけられる。

「う!」

 クロヴィスがはっとした顔をする。
「兄上!
大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫……。し、染みただけだから……っ」
 ロミオは片目を閉じ、顔を顰《しか》める。

 それから手早く布を巻いていく。
 怪我の治療は馴れているらしかった。
「よし。これで良い。後はおとなしくしていればそのうち治る」

「ありがとうございます」
 ロミオとクロヴィス、マリオットは揃って頭を下げる。

 その様子を見守っていたデイランは話しかける。
「で、あんたらは普通の村人だっていうんなら、どうしてあんなことをしたんだ。
訳はあるんだろう」

 村長は溜息をついた。
「山賊ぢゃよ。
連中がこの近くの山に巣くってのう。
そいつらが時々下りてきては、目に付くものを全てもっていく……。
それであらかた物を強奪していき、次は女だと要求してきた。
そこへあんたが来た。
若い男どもが考えも無しに突っ走ったんぢゃよ。
あんたからなにがしか奪えれば……と思ったんぢゃよ」

 ロミオが言う。
「山賊? 
王国軍に依頼すればよろしいではありませんか。
山を下りて街の方へ……」

 すると、村長は笑う。
「この坊ちゃんは相当な世間知らずぢゃのう」

 デイランはロミオに言う。
「山賊は別名、傭兵って言うんだよ」

「えっ」

「傭兵は戦争があってなんぼだ。
戦争がなけりゃ部下達を養えない。
だから戦争が無いときには村を襲い、食い扶持《ぶち》を稼ぐ」

 村長は同意する。
「その通り。そして連中は王国軍の指揮下にあった。
王国としては帝国との戦いも控えているからこそ、傭兵に頼らざるを得ない。
その傭兵を潰してしまったら損をするのは自分たちぢゃ」

「……そんな」
 ロミオは言葉を失い、マリオットを見る。

 マリオットは曇った表情のまま、うなずきを返した。

 ロミオは、デイランを見る。
「デイラン殿。
何とか……いえ、山賊どもを倒すことは出来ますか」

 村長は驚いたようだ。
「あんた方が腕の立つのは分かる。
しかし相手は数も多い。その上、武器もあるんだぞ?」

「だが、連中は俺たちの存在を知らない。
それはこっちからすれば有利なことだ。
それに、うちの雇い主を助けて貰って礼をしたい。
銀で受け取れないなら、力仕事で負担する」

 クロヴィスも立ち上がる。
「私もお手伝いします。
兄上を助けて頂いたご恩がありますっ」

「クロヴィス、それは……」

「マリオットさん、大丈夫。
私も何かしらお役に立ちたいのです」

 村長はぽかんとした顔で、デイランたちを眺める。
「あんたら、一体……」

 デイランは苦笑し、リュルブレを見る。
「リュルブレ、どうだ?」

「エルフは恩義は忘れない」

「決まりだ」
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