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第一章:ゼス、ゲヘゲラーデンの論文を王宮に届けに行くのこと。

第三節:ゼス一行、パーティーを組み旅立つのこと。(前)

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 ビダーヤ村、昼過ぎ。ゼスはゲヘゲラーデンの依頼を受けたはいいものの、当然パーティーを組むあてなどなく、思い悩んでいた。
「とはいえ、パーティーなんて組んだことないしなあ……」
「ゼスくーん」
「あ、クヴィちゃん」
「クヴィちゃんいうな。ゼスくん、ししょーからミッション受け取ったんだって?」
 クヴィェチナ。村長の娘にして、同年代の間では村一番の魔法の使い手と認知されていた。
「ああ、うん。論文を王宮に届けてほしいからパーティーの設立を許可する、だって」
「えっ、じゃあゼスくん村の外に出るんだ!」
「うん、そうなる」
 村の外に出る。本来ならば村人というものは村の中で生まれ、村の中で死ぬものである。たとえ村の外に出たとしても、良くて日帰り、いくら外泊するとしてもそれはれっきとした大人であるのがふつうである。本来ならば、子供同士の村外出向など論外であるが、事情が事情であり、許可を出した人物が人物である、やむを得ないというしかなかった。
「いいなー、私なんて炎の範囲魔法とか氷の魔法とか使えるのにまだ外出許可もらってないんだよ?」
 クヴィェチナが使える「炎の範囲魔法」と「氷の魔法」、実はこの二つ、一見違う属性の魔法に見えて「炎の魔法」に要素を一つ加えてできるという意味ではどちらも同じ系統の魔法なのだ。とはいえ、範囲要素や逆要素を炎の魔法に加えることがこの年でできる時点で優秀なのには違いなかった。通常、クヴィェチナのような子供は精々一つの基本要素を作る論理力で精一杯なのだから。
「……じゃあ、一緒に行く?」
「いいの!?」
 クヴィェチナは退屈していた。無理もあるまい、村長の娘という立場は、一応取り巻きも作れるが、代わりに村の代表としての窮屈な立場でいることを幼い子供に強要していた。その立場から逃れられる。彼女がわくわくするのも無理はなかった。
「うん、だって僕も魔法使える人がいると心強いし」
「よかった!……じゃあ、あとは回復役が必要だよねえ……」
「え?クヴィェチナちゃんは使えないの?」
「え?一応使えるけどさ、できて初等のものくらいだし」
「でも、使えるんだ」
「当たり前じゃない、アンタと違って、あたしそこまで不器用じゃないもん」
「そうは言うけどさ……」
「だ・い・い・ち、あたし一応村で一番なのよ?ゼスがそこまでいきなり到達できるわけないじゃない」
「ぐっ……」
「それじゃ、回復役探しに行こっ!」
「ああ、うん」
 だが、彼らの予想に反して回復役はなかなか見つかることはなかった……。

「参ったなあ……」
 思わず、頭を抱えるゼス。無理もあるまい、回復魔法とはその修得難度の割に効率が悪かったが、逆に言えば回復魔法のあるなしとは冒険において険しい山脈を上るか、丘を歩くかの違いが存在したからだ。
「回復魔法って思ったより難しいのね……」
 クヴィェチナもその割とと整った顔を歪ませた。無理もあるまい、彼女ほどの魔法の使い手だとしても回復魔法は初歩のものしか使えないのだ、回復魔法なしで旅立つとするならば、村の回復道具を持っていく必要が存在するし、さらに言えば回復魔法なしで旅立つのならばさすがに彼女と言えども負担が大きくなるからだ。
「そりゃ、クヴィェチナちゃんが初歩の回復魔法ぐらいしか覚えられないくらいだから、難しいんじゃないかな」
「そう?魔法って簡単だよ?」
「それは「あ……あのっ!」ん?」
 反論しようとしたゼスの声を遮って突如として若い乙女特有の可憐な声が聞こえた。その声の主とは……。
「回復役を探してるって聞きまして……」
「君は?」
「私はルーチェ、神官ソーレの娘です。回復魔法といっても治癒魔法は使えませんが、正規の回復魔法と範囲回復の初歩ぐらいは使えます」
「へぇ、回復呪文なんて難しいのによく使えるね」
「はい、父が神官なので幼いころから仕込まれたんです……」
 なぜか、微笑みながらも悲しそうな目をするルーチェ。その笑みには内気以外の理由も存在したのかもしれないが、ゼスやクヴィェチナがそれを洞察するには、まだ幼く。
「よかった、僕はゼス、回復役が欲しかったんだ。一緒に来てくれるかな?」
「私で、よろしければ……」
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